8. 白馬の女神様(ご招待・後篇)
第20話です。
やっと伯爵様とアリアドネさんが大人の会話できる事になりますが……
子供達(11歳)にお膳立てされてますーーー!
伯爵様あなた(一応)大人ーーー!
7日めのお茶会を始めようとしていたマーサとハンナを、僕らは呼び止めた。
「明日、ピクニックってのに行かないか」
僕もよく知らないからな、ピクニックってのがどんなものか。
「ピクニック?お兄さま、それ楽しいんですか?」
……どうなんだろう?
「楽しいですよ!いろんな食べ物持っていって外で食べたり、遊んだりするんです」
クロード君が助けてくれた。
「行きます!ハンナも、どう?」
「ええ、行きます!アリアドネさんも……」
やっぱりきたか!
「あの、ハンナ様。このピクニック、実は僕が御者をやる馬車で行くんです。僕は4人乗りの馬車しか使えないんで、マーサ様とハンナ様と侍女さんお2人でいっぱいになっちゃうんです。母は今後いつでも乗せられるんで、まずはマーサ様とハンナ様からお乗せしたいなと」
「え、じゃあお兄さまは?」
「僕は馬で、護衛騎士の真似ごとして行くよ」
作戦成功、したかな?
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明日、お嬢さまがたはお茶会ではなくピクニックに行かれます。
お食事はピクニックランチ。お客さまのクロード様と、シャルル様・マーサ様・ハンナ様と侍女2名と御者のクーパーの分を用意します。
お客さまのアリアドネ様と旦那様はピクニックにご参加なさいませんので、お昼ですが正餐に準ずるお食事をご用意するようオルトランから指示が出ています。
いいですね、ほぼ正餐……大人のお食事ですよ。
テーブルウェアはどんなものをご用意したらいいでしょうね?
花瓶もよいものを出してきて磨いておかなければ。
花は何を活けましょう?ああ匂いのきついものはお食事にあいませんね。
……浮かれすぎ、ですか?
そりゃ浮かれもいたしますよ!
2人分の正餐なんて、かれこれもう10年以上ご用意してきていないのですよ!
侍女長たる私が少し位浮かれたってバチは当たらないでしょう。
この指示を出してきた筆頭執事オルトランも、かなり浮かれていましたからね。
これだけはハッキリ言っておきます……私だけではないですから。
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朝。
クロードが御者をする馬車でマーサ様とハンナ様はお出かけするというのは、昨日のお茶会できいていましたけど。
いざ出発を見送ろうと車寄せへ出てみたら……凛々しい姿の息子がとても誇らしげに見えたのに、思い出したくもない姿まで重なって見えてしまって。
「大丈夫でございます、アリアドネ様。ご子息の安全は隣に座ります熟練者のクーパーが必ず守りますので」
オルトランさんが声をかけてくれた……少し険しい顔になってたのね、私。勘違い、させてしまったわ。
「よろしくお願いいたします」
クーパーさんにもご挨拶して。
「さあ、いってらっしゃい。クロード、いつもみたいに男3人のピクニックじゃないんだから気をつけなさい」
「はあい……ってばれてたの!?」
クロードとモーガン君と馬具屋のアルフレッド君の仲良し3人組のろくでもないピクニックは……女の子はついていけないでしょうから。
「当たり前です。あなた達の周囲にどれだけの大人の目があると思ってるのよ……」
ぼやいてしまったわ。
ピクニック隊を見送ったあと。
私はレベッカが用意してくれていた略礼装に着替えて。
伯爵様がお待ちだという少人数用の食堂へ向かいました。
「やっとお話できますね」
伯爵様、最初におっしゃったのがこれでした。
「我が家に女親がいないものですから……ご迷惑でしたでしょう、申し訳ありませんでした」
「迷惑だなんてそんな……うちは男の子1人、隣人は男の子が1人と保護児の少し大きな女の子。わが子より年下の女の子2人とのおしゃべりは楽しゅうございましたわ」
それは、本当にそう。
クロードとモーガン君とアルフレッド君の男3人三つ子のような喧騒とはまた違うにぎやかさでしたもの。
そこで話題が途絶え、天使が通りすぎました。
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困った……話題が、ない。
まずいぞ、これは。
シャルルがクロード君を自室に泊めたいというわがままに快諾いただいた件は、お礼済み。
マーサとハンナがまとわりついていたお詫びは、さっきした。
ええと、どうする……何の話を振ればいいのか……
「お邸の皆さま、なんだかはりきっていらっしゃいますね」
アリアドネさんがおっしゃった。
「え、ええ。お客様をお招きするのは……おそらく15~6年ぶり位ですから」
驚いておられる……そりゃそうだろう、有爵家で人を招かないなんて普通ではないから。
「特にここ7年ほどはそれどころではなかったもので」
使用人達はいたけれど、4歳と2歳と生まれたての赤ん坊を抱えてのお客様どころじゃなかった。
「7年、ですね」
アリアドネさんがしんみりと……あ。
これは、あまりよろしくない話題だったかもしれない。
「私よりも大変だったでしょう、伯爵様。私は4歳の息子だけでしたし気心の知れた友人宅の隣に転居できましたし父もよく訪ねて来ましたし。でもこちらは侍女さん達がいらっしゃるとはいえ、4歳と2歳と赤ちゃんですもの」
何があってをおっしゃらなくても、わかる……「配偶者が急逝して」を省いてあるのが。
「すでにお気づきでしょうが、私はレイサムの妻でした。彼と同僚の件は不幸な事故でした」
ああ、やはりその話題は避けられないか……。
「あの事故を引き起こしてしまったのは、当家の馬車です」
「演習使用の届出が行き違っていたため立入禁止になっていなかったのですから、強いて言うなら責めは軍部にございます。こちら様にはひとかけらの咎もございません。それに……あの日のお生まれなのでしょう、ハンナ様」
ご存じだったか、やはり。
「ええ。ですがそれは、臨月の妊婦が揺れる馬車で遠出をするという無茶をした結果です」
私はそう思っている。
あの人は医師や産婆が止めるのもきかず、何度も何度も揺れる馬車での遠出を繰り返した。
「あの事故があろうがなかろうが、起こるべくして起きた結果なのでしょう。そして私は、彼女の外出を止められなかった」
会話が完全に止まってしまった……こんな流れにするつもりではなかったのだが。
「……逝ってしまった人は、誰がいくら何をどう語ってももう戻りません。戻らぬ者を悔いても仕方ないですね」
私は極力明るく言い、改めて目の前のグラスに手を伸ばした。
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戻らぬ者を悔いても仕方ない……目の前のこのお方は、そうおっしゃったけれど。
それは「愛した人を喪った」場合であって。
「愛したつもりだったけど違ってた」場合、悔いる気持ちは全く存在しないのですが……とはさすがに申し上げられません。
「……あの、アリアドネさん」
少しの沈黙の後、伯爵様が意を決したようにおっしゃった事は……私にとって、驚愕でしかなく……。
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この7年、私のわがままにより男手だけで子育てを敢行するにあたり、子供達がたいして歪みもせずここまで育った事は侍女達に足を向けて眠れぬ位感謝しています。
シャルルが11になってそろそろ真剣に後継としての教育をしなければならなくなり、もしかすると4人揃って遠出できるのは最後になるやもと思って小旅行を決行した帰り道で、あなたに救われました。
ありがとうございます。
感謝してもしきれないと思っていたら、マーサがお礼にあなたをご招待しろと言い出し、ハンナもシャルルももちろん私も一も二もなく賛同しました。
最初は、ほんの数日間のご招待の予定でした。
本当ですよ、招待状にもそう書きました……書いたはずです、数日のご逗留をと。
ところが。
日の高い内は娘達にあなたを独占され、かといって夜や早朝に単身お訪ねするのもどうかと思いましたし。
そうこうしている内に、気づけば1週間です。
お仕事もおありなのに。
ええ、大人としてどうかと思います、自分でも。
ですが。
何とか日の高い内に少しでもお話できるようになって、本当によかったです。
それで、ですね。
あの。
いい年齢した男が言うのもなんですが……その。
私、どうやら、あの……こんな事言い出されてもお困りかと思うのですが。
ええと、その……。
あの、何と言いましょうかええと……。
助けていただいたあの日。
この世にこんな方がいらっしゃったのかと心を奪われたのです。
30にもなって、年甲斐もなく。
3人も子がいて、身の程も知らず。
少しでもお近づきになれたらとか、
少しでも言葉を交わせたらとか、
少しでも……ああこれ以上はだめですね、妄想にも程がある。
目が覚めたら使っていない枕を抱きしめていた、なんていう10代でもやるかやらないかの行動なんて、気味が悪いでしょう。
ああとんでもない事を申し上げた気がします。
お気になさらず……とはならないでしょうが、私は、その、あの……ええと。
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「その先は、どうかおっしゃらないでください」
私は、伯爵様の言葉を遮りました。
私にはそんなお言葉をたまわる資格はないので。
「私は、人を殺そうと思い立った事のある女です」
お伝えしておかなければならない事実ですから。
ハッキリと申し上げておきましょう……。
きっと驚かれるはz……
「思い立っただけですか?」
え、おだやかに微笑んでおられる……。
「実際に手を下されたわけでも、誰かへ下命したわけでもないのでしょう?」
「……ええ、それはそうですが」
「なら、何の問題もありません」
「その相手が夫でも?」
「思い立っただけなのでしょう?」
「ええまあ。ただ父の前で『あいつ殺してきていい?』とハッキリ申しました」
「お父上は何と?」
「あのクズは必ずや社会的にも人格的にも、何なら人権的にも抹殺してやるからまずは落ち着けと」
「あの将軍が人間をクズ呼ばわりするほどなら、よほどの事があったと推察します。今はおうかがいしない事にいたしましょうか」
「いえ……お耳汚しでしかないのですが、彼は『誰と誰が誰を裏切ったのかがわからない位混乱した不貞行為』の中心人物だったとだけ申し上げておきます」
事態を瞬時に把握するには紙とペンと理解力が必要でございますよ……と心の中で更に申し上げておきます。
「……とにかく、です。思い立った位では問題ないので……まずは手始めに、私と定期的に……逢ってはいただけませんか」
「…………………」
返答に困っていましたら。
外が何やら騒がしくなってました。
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「……私と定期的に逢ってはいただけませんか」
言えたぞ!
と思ったら。
「早っ、なんでだ」
部屋の外でオルトランのボヤキが聞こえ、馬車が戻ってきた音がした。
アリアドネさんと私が車寄せまで出てみると。
御者をやっていたはずのクロード君が馬に乗り、御者台にはクーパーと侍女が。
中には、疲労が色濃く出ている息子と眠りこける娘2人がいた……何をやったらこんな事になるんだ?
「お嬢さまがたが『私達にげるからお兄さま達おいかけていらして』とおっしゃって、2対2のおいかけっこになりまして」
侍女が報告すると、私の斜め後ろからどす黒い怒りの気配が漂ってきた。
見ると、アリアドネさんが微笑んでいる……怖い位に目が据わった笑顔というのは、本当に怖いものだと知った瞬間だった。
「……クロード。ちょっといらっしゃい」
先刻まで、私と、内容はともかく会話していた時とは明らかに違う声音。
「…………はい」
「いつものピクニックとはわけが違うと言ったはずですよ」
……体感気温がグッと下がった(気がした)。
横で聞いているだけなのに怖いってどういう事だ……。
「あ、あの!アリアドネさん、違うんです!」
シャルルが馬車から落ちるように飛び降りて走ってきた。
「これは、ひとえに僕達兄妹の体力が
なさすぎたせいなんです!……妹達に『追って来い』と言われて僕、真剣に受けて立とうとしたんですけど、クロード君から『年上の男の僕達が本気で追ったら、冗談じゃなくすぐ捕まえる事ができてしまいます。7割以下で追いましょう』って言われて、それもそうだと思って追ったんです。だけど馬車からかなり離れたあたりでハンナが疲れて動けなくなり、つきあって止まったマーサも動けなくなりました。おいかけっこは中止にして、まずクロード君がハンナを背負って馬車まで行く間僕とマーサが残って、また戻ってきたクロード君がマーサを背負って僕に肩を貸して馬車まで……それで、クーパーから馬に乗っちゃだめだと言われて馬車に」
今度は私がどす黒くなる番だった。
「シャルル。お前……肩を借りて歩いた上に騎乗停止くらうほど、そんなに体力なかったのか」
いやはやなんとも情けない。
「アリアドネさん、先程のお願いとは別件になりますが……うちのこの体力なしを鍛えるためのご協力をお願いできませんか。軍隊式でも森番式でもかまいません。とりあえず走り回っても馬には乗れる程度の体力を……」
お門違いではあるかもしれないが、アリアドネさんの関係者を思えば、ご紹介位ならいただけそうな気がしたので。
「父上……別件とはなんです?」
シャルルの問いには、答えないでおいた。
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なりゆきやらその他いろいろあって、僕と母さんは伯爵邸シェルビー・ホールへほぼ毎日通うようになった。
どういういきさつで話がまとまったんだかわかんないけど、なぜかシャルル様の「後継者教育」とかいうやつを一緒に教わる事になったから……って言われてビックリした。
母さんは「2人で同時に同じことを教わると覚えがいいから」だって言ってるけど……。
机で勉強もだけど、剣術も体術も教えてもらったしなぜかダンスまで教わったし。
これはマーサ様ハンナ様のためでもあるって(実技で実践する時に、男女同数だと同レベルの相手に困らないから)。
ならいいか、覚えていて損はなさそうだし。
……にしても。
僕やシャルル様達がみっちり習い事している間に大人は何をしてるんだろ。
やはり2人の間にはあの1日が横たわるようです。
時は戻せません。過去は変えられません。
せめて未来を変えていきましょう……という事でしょう。
ですが。
あの。
いろいろと言いよどむ、一目惚れしちゃったっぽいシングルファーザーな伯爵w
同い年の子を持つシングルマザーに遠慮しまくりです。
(シンママさんは抱えているものもあるようですが)
イヤでもお互いパートナーのいないシングル同士なんよね……遠慮する事あらへん思うねんけど……?
そして「母モード」のアリアドネさん怖ぇぇぇぇぇ




