4. 秘密は秘密を呼び、そして盛大に秘される。
第10話です。
とりあえず元気になった皇帝陛下、復権。
摂政殿下はお役御免。
壮大な秘密をかかえた皇帝一家、そしてその一家への謀。
謀の存在に薄々気づいている感のある、皇帝陛下を呼び捨てにする謎(…謎?)の老爺。
そして更なる謀……。
秘密だらけのルブラン帝国です。
2年前にタリアがうまくやってくれたおかげで、父上は元気になられた……驚くほどめちゃくちゃ元気になられた。
あの時には私もこっそり父上の様子をうかがいに行ったのだが、あのままやつれ果てて死んでしまうのではないかと思った位弱りきっていたのに復活したのだ。
魔術でも使ったのかと思いきやそんなものは使えないと笑い、薬の効果効能をうまく組み合わせただけだと言う。
「薬も過ぎれば毒になるとかいうあれですか」
父上が言い出す。
「まあそれに近いですわね。どちらでそれを?」
「あのパールという侍女のお祖母さんが常々言っていたそうです。タリアの薬を飲ませてくれている時に聞きました。そういえばパールはどうしていますか?」
「見習い期間が終わった時、私専属の侍女にしていただいています……それで内緒のお話になりますが、実は彼女のお祖母さんは私と同郷・ご同業のようでして」
「……ああ、それは……それ以上追及してはいけないお話ですね」
ばれてしまったらパールの身が危うくなる。
どこからあの宰相の耳に入るかわからないからな。
真偽のほどは定かではないが、まことしやかに流れている噂では、若き革細工職人が密入国者の女性をかくまった上4人だか5人だか子供をもうけていたので、当時宰相代理だったアドルフ・ヴァルジの命で追討されて女性は斬殺、革細工職人は獄中で亡くなり、子供達は散り散りになって生死不明だとか。
異国民だというだけの理由で、拘束だけではなく殺すなんて!
人の命を何だと思っているのだあの男は!
なので。
何があっても私はタリアの出身地を誰にも明かさないし、パールのお祖母さんの出身地も誰にも明かさない。
誰も殺されたくないし、誰も死なせたくない。
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お父さまが元気になられて本当によかった。
でないと私は本格的にお兄さまの跡継ぎにならなきゃいけないとこだった。
何のご病気だったのか、よくはわからないけど……隣国の奇病『眠り病』だとお医者は言っていたわね。
昼夜を問わず眠り続けて衰弱していく治療方法も確立されていない謎の奇病だって。
でもね、知ってるのよ私。
お義姉さまのところによく来てる隣国サン・トリスタンの行商人のおじさんに訊いたら
「眠り病?そんなものはございません」
ってあっさり答えてくださったもの。
逆に訊かれちゃったわ、そんなお話をどこでお耳にされましたかって。
正直に答えたわ、お父さまについてるお医者からですって。
「奇病がうつってはいけませんので、継嗣殿下の陛下のお見舞いはかないません。摂政殿下も皇嗣妃殿下もお見舞いはかないません」
そう言われて引き下がった事を行商のおじさんにきっちりお話させていただいたの。
……しばらくして、宰相とお医者が
「皇帝陛下の『奇病』が快癒しました」
って言ってきたわ。
何があったのかはよく知らないけど、お医者がお父さまの診察に行ったら、治療方法が確立できてないはずの奇病のお父さまが普通に起き上がっててお兄さまをお呼びになったとか。
そして……私、聞いちゃったのよね。
小さい声だったけど、宰相が
「……おかしい。こんなはずでは……」
ってぼやいたのを。
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何かおかしい。
誰かが何かをたくらんでいるとしか思えないほどおかしい。
タr……皇嗣妃殿下が聞いた皇帝陛下の病気は「流行り病」。市井では何の病気も流行っていないのに、だ。
そして父さんがエリノア継嗣殿下から聞いた皇帝陛下の病気は「隣国の奇病」。
「奇病・眠り病」そんなものはないよ。見た事も聞いた事もない。
少なくとも俺達が物を売って回ってる薬剤師館界隈では1件もそんな症状はきかない。
眠り続けて衰弱していくなんてそんな都合のいい病気、人為的でない限り普通じゃ絶対にありえないから。
うまく騙せてるつもりでいるのかもかもしれないけど、わかる人が見れば絶対わかるんだよ。
……俺はわかんないけどな。
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あの子なら、難局を乗り切れるはずだ……と思っていたが、案の定うまくやってくれたようだ。
さすが、だな。
あれはもう何年前の事になるのか。
今ほど選民思想が蔓延していなかった頃だから……何年だ?
あの細っこい橋を何往復もして大荷物を運び込んでたサン・トリスタンの行商人親子3人。父親と、若い兄弟。
最初は長男と年の離れた次男三男かと思ったが、若いのが「父さん」と呼んだから驚いた。サン・トリスタンの行商人は晩婚化すると聞いていたからな。
シルベスターのとこのゴードンの坊主がお忍びと称して抜け出して来てた時に、この行商人親子と行き合った。
いつもわしが行商人親子に荷車を貸していたから、この時も出してやってたんだが……納屋から出そうとした時に、足元不如意で転んだ。
どこかで頭を打ってしまったようで、少しの間地面で寝ちまってたらしい。
「エンリコさん大丈夫っ?」
女の声がしたのは聞こえt……女?
今この納屋にいるのはゴードンの坊主と行商人親子……え?
「あんた女の子だったのか」
「え、エンリコさん私の事男だと思ってたんですか!」
「ごめん!」
「いえ、いいんです……女に見えづらいようにはしてますので」
襲われるのを避けるため、らしいが。
声を聞くまで行商人の美男子な長髪の次男坊だと思ってた。
ゴードンの坊主もビックリ顔で次男……いや彼女を見ている。
「おいゴードン坊。これは行商人の最高機密だ、誰にもしゃべるんじゃないぞ」
「……わかった」
「いえ、あの……最高機密とかそこまで厳重なものじゃないんで……」
行商の親父アーネストがあわてた。すまんな親父。
タリアとか言ったっけか、次男坊改め娘さん。
薬剤師の資格持ちだとかで、地面に打ちつけたわしの頭の心配をしていたが。
「なあに、石頭だからどうって事なi……」
「エンリコさん。お年と共に石頭の石だってもろくなるんです。ヒビの4本や6本入ってたっておかしくないんですよ」
石頭の石、って何なんだ……で、「ヒビの1本」ではないのか……。
ゴードンの坊主が噴き出した。
「タリアさん、4から6にすっ飛んでますけど、ヒビ5本めは想定外ですか」
「4本入れば6本位は入るだろうな」
タリアの兄ジョシュアも笑う。
が。タリアはひとかけらも笑わずわしに言ったんだ。
「頭も打ち方次第ではクモの巣状にヒビが入ります。4本だ6本だ言ってられない数のヒビ……というより頭の骨が陥没します。陥没すれば死にますよ。それも気づかない内にじわじわと死に向かって突き進みます。石頭自慢はもうやめてください」
真剣に怒られた。
そのあと、ゴードンの坊主はタリアを気に入ってしまって、タリアもゴードンの坊主が嫌いじゃなくて。
何度か行商に来ているうちに、なんだか2人いい感じになっていったんだが……さすがに身分違い……いや、そんなかんたんな言葉で片づけられるようなもんじゃないな。
ヴァルジ達が旗振ってる思想が根づきかけてるから、サン・トリスタン王国民のタリアをシルベスターの息子の嫁には簡単に据えるわけにはいかんのだよ。
「ゴードン坊、悪いようにはせんから、わしに任せてくれ」
元職を振りかざして、わしはシルベスターと面会した。
「先生、どうなさったのですか」
わし、シルベスターが子供の頃の家庭教師だったから、いくつになってもわしを先生と呼ぶのだ。
「お前の息子のために一肌脱ぎに来たと言えば?」
「ゴードンがまた何かやらかしましたか」
「いや、やらかしたわけじゃない。ただ……」
チラっと部屋にいたヴァルジ宰相を見る。下手な事は言えない。
「わしの孫娘を見初めたんだよ」
「……先生の、お孫さん……?」
キョトンとしておるな……そりゃそうだろう、万年独身貴族のわしの孫娘なんて想像もつかんだろう。
「そこでだ。わしの孫をお前の息子の嫁にする許可は出せるか?」
「そりゃもう……ゴードンは皇嗣で、継嗣のためには妃が必要ですから」
「なら話は早い。わしは孫娘を連れてくる」
「……と言うわけで、タリアさん。あんたはわしの孫娘になってもらえんかな。このゴードンがそこらのパン屋や肉屋の息子だったらこんな凝った事はしなくてもいいんだが……」
「こちらのお国の最高権威の老舗となると、身元不明な女では不可能ですね」
娘が他国に嫁すというのに、この親父は平気なのか?
「平気ではありませんよ。ですが……妻が常々言っていたんですよ、女の子は望まれて嫁くのが一番だと」
そうか……
「その奥方はいずこに?」
アーネストは黙って天を指した……あ、そういう事か。悪い事を訊いたかな。
そしてゴードンの坊主は、シルベスター8世の元家庭教師エンリコ・サルヴァトーレの孫娘のタリアと結婚したんだ。
ルブラン帝国皇嗣のゴードンとサン・トリスタン王国の行商人タリアがどうやって結婚できちゃったのか……協力者がいたんですね。
お父ちゃんの恩師、とか最強やないですか。




