肉は何も語らない
「君の兄は身だしなみが上品で、また瀟洒としていたが、君はその、何というか、風采が上がらないな。」
肉屋の主人はからからと笑い、おれは家に置いてきた大部分の兄という肉のことを思い浮かべていた。自分より少し大きいサイズの人間ひとりを解体するのはずいぶんと骨が折れたが(文字通りに兄の骨もたくさん折ってしまった)、おれは最初から最後まで愛情を持ってその行為をしていた。
はなから相手の人格すべてを無視した愛情というのは、たぶん世間一般に正しくないのだろう。おれは兄という人間の、自分との血縁関係のみを愛していました。父と母はおれと同じ血が半分ずつだったので、歳の近い兄が一番愛情を注ぐのにふさわしかったのです。
「で、何を買いに来たんだ?」
おれは兄という肉と、普段口にしている家畜の肉を見比べたかったがために来ただけなので、肉屋の主人の問いかけに、「ああ、今日は要らないんだった。」と言葉を吐き捨て、逃げるように道を引き返した。白日の下に畦道を歩いていると、冬の澄明な空気に責め立てられる気がして、苛立ちもした。
兄は神経質で繊弱な思春期の只中にあって、表面的な哲理に沈潜し、距離の遠い異性という虚像に幻惑される、つまりはどこにでもいる僭上な中学生だった。おれはその生活態度が好きでも嫌いでもなく、まあ、昂然としていたりまたは知足守分でいたりするよりはましだと思うくらいだった。今まで関心を持たなかった兄の性格について追想すると、もう少し話せば良かったかもしれないと僅かに思った。しかしもはや叶わないので、おれはポケットの中にあるサイコロ状にした牛脂に模した兄の獣脂(この場合は人脂?)を指で弄び、ひょいと口に入れた。特に不味くはなかったが、数回噛んだ後、何となく地面の上に吐き出した。
おれはただ兄を純化するためだけに、兄をブロック状の肉にした。丁寧に袋に詰め、家の裏にある林の冷たくかたい土の下に埋めた。そしてあらかじめ取っておいた一部をさらに小さくサイコロ状に切って瓶に詰めて、たまに取り出したり眺めたりするという心づもりだ、取り急ぎ今はさっき吐き出した一つだけを持ち歩いていた。そうして上手いこと兄を愛そうと思ったが、どうにも愛情というのは取り扱いが難しいらしい。おれは肉が無性に食べたい気分だ、兄という人間を切り刻んだ肉か、肉という寂しい物質に化した兄か、どちらかは分からないけれど、きちんと火を通して味つけをしよう。そういえば、いつ親が兄の沈黙に気づいて、おれは罪科を白状しなければならなくなるのだろうか。まあいいや。とりあえず今は、単純な形状をした兄を体内に取り込んで、そのまま自分ごと愛すことに専念しよう。