ナイフはどちらの手に
なあ、兄さんは年長者が年少者に、例えば兄が弟に暴行してはいけないってそれだけを頑なに信じているみたいだけど、その逆もしてはいけないんだってことに、早く、気づいて。
じゃないと俺は、いつか兄を殺してしまう。
「痛くないの?」
暴力をふるう人間として、これほど不適当な言葉があるだろうか。反応の薄い兄は、痛みを丁寧にすくいとる意識を飛ばそうと試みては失敗しているようで、たまに脆弱な呻き声を漏らしていた。しかしこの行為自体を自分の運命として受け入れているみたいで、一切の抵抗はせず、逃亡も企てようとしなかった。
「そうやって、殴られて当然みたいな態度をしているのがまた気に食わない。」
支離滅裂な巨悪。いや、全てを破壊に結びつける醜怪な論理。自分でもそれが分かっているのに、この腕は肉の無い兄の頬を何度でも殴りつける。これ以上、血を分けた人間を傷つけたくないと願いながら、自分の足は躊躇なく兄の腹を蹴った。心と体が強烈な不和を起こし、変に昂ぶった精神が熱を孕んで、俺はこの狭い畳の部屋で、どうにかしてしまいそうで、
「兄さんは、大切な人はいないの?こんなに毎日ぼろぼろになって、誰も悲しんでくれないの、気に留めてくれないの、普段自分がどんなにひどい顔をして生活しているか分かってる?」
もう自分が何を言っているのかが分からなくなってきて、視界が歪み、頬を温かいもの伝っていて、涙が流れていることに気づいた。俺は頭がおかしい。除外され気味悪がられているのは俺の方だ。俺はどうしていつも、
また思考が混濁しようとしたその時、兄の手が俺の手に柔らかく触れ、俺の攻撃的な性情はすぐに同情であるかと警戒したが、そうではなく、確かな共感の感触だった。
「俺の苦しみを分かっているのは、お前だけだよ。」
兄の優しい声音に恐怖した。上げた顔は清々しい許しが浮かんでいて、大きな愛情で俺を包もうとしていて、俺含め暗色しかない空間でここだけ白く発光していた。後ずさると、薄い靴下から畳のぼそぼそとした不揃いな冷徹さが伝わってきた。妙に上がった息が冷たい空気に放り込まれるのを感じて、この場所が夕方であることを知った途端、外の遠くから五時を知らせるメロディが聞こえた。
「死にたい!」
この上ない絶叫。発したのは兄か自分か分からなかったけど、引きつけを起こしている俺を兄は抱きしめるのだろうという現実に、俺は絶望するしかなかった。