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来世を願わないという幸福

 今夜世界が滅びるというのに、今朝もいちごジャムを塗ったトーストはおいしい。窓からは人の気配のしない畑だった土地、舗装されていないがたがたの道、寂れた孤独な電柱が見える、いつも通りの景色だ。

(たける)、お兄ちゃん起こしてきなさい。」

「はーい、」

 地球最後の日も兄は休日の朝寝坊という習慣を律儀に守り、布団を蹴飛ばした足は、天井を向いていた。

「おはよう兄ちゃん。」

「……んん、」

 勝手にカーテンを開けると、光が、眩しそうに表情を歪ませた兄を無感情に照らしたが、それでも「おはよう、」という声が返ってきた。

「ねえ、今日で地球が滅びるんだよ、巨大隕石だかなんだかでさ。」

「知ってる。」

 兄は薄い体を難なく起こして言った。混濁した意識が瞬時に正気に戻り、兄は今日も寝起きが良く、澄んだ瞳をぎょっと動かして、

「そうだ、俺はまだ死ぬ前にアレをしていないんだよ。」

「なに?」

「セックス!」

 今日死ぬ人とは思えない元気な様子で、兄はベッドの上に立ち上がった。ぎし、と軋む音がしたが、ふわふわのいかにもパジャマらしいパジャマ、のズボンから細い足首がのぞいたので、大丈夫であることを信じた。

「でも気づいてしまった、俺の遺伝子を残しても何の意味もないということに。だって、今地球上にいるみんなは等しく、たった一つの無感情な岩石に命を奪われてしまうんだから!」

「……別に、子孫を遺すことだけがセックスの目的ではないでしょ。」

「じゃあ何のため?」

「互いの存在を確認する、とかね、」

 控えめな視線を送ると、兄は納得した様子で、「それは、俺らの間には必要のない行為だな。」と言った、俺は思考する前に、「そうだね。」と返したが、特に問題はなかった。兄はセックスを物質的に捉えていて、俺は精神的に捉えているという違いがわかったが、それが何だというのだ。

「他に何か、やり残したことはないの?」

「やり残してはいないけどやり尽くしてはいないこと……そうだ、トランプでババ抜きをしよう!」

「二人で?」

「俺と二人きりは嫌?」

「そんなわけない。」

 兄には友達がいない、そしてここはひどい田舎だ。だから俺と兄ちゃんはよく、いつから家にあるかわからない、古びたトランプでババ抜きをやる。もう、カードの折れ方でどれがジョーカーか分かるくらいで、でも兄は狭い部屋で幸福そうにカードを選ぶ。俺はそれが嬉しくて、他の人相手だったら付き合ってられないだろうけど。

「ならやろう、二人でやるとどっちにジョーカーがあるか分かるから楽しいんだ。」

 兄の考えていることは最期までよく分からなかったけど、こんな終末もいいのかもしれない、「その前に朝ご飯を食べようね。」


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