こんぺいとう
ちょっといいお菓子屋さんで、ずいぶんぶりに、金平糖を買ってみた。
金平糖は、食べることのできる、宝石。
金平糖は、食べることのできる、お星様。
金平糖は、食べることのできる、たから物。
金平糖は夜空に輝く星のかけら。
金平糖は私の大好きなお菓子。
大切に大切に、一粒一粒美味しくいただこう。
大きめのビンを買ったから、しばらく楽しめる。
このビンが空になる頃、私は何をしているかな。
ずいぶん昔、私に金平糖をくれた人がいた。
ずいぶんおしゃれな、瓶入りの金平糖。
「コレはね、空から落ちてきた飛び切りのお菓子なんだよ。」
そう教えてもらったから、金平糖は私にとって特別なお菓子になった。
ここ一番のがんばり時に、金平糖の力を借りた。
新しい何かに飛び込む前に、金平糖の力を借りた。
落ち込んで浮上できない時に、金平糖の力を借りた。
金平糖はいつだって、私に力を与えてくれた。
優しい甘さを口の中で転がしながら、ただ物事に思いを寄せる。
甘さを感じながら、自分のすべき事を模索する。
甘さを堪能し終える頃に、自分の中の指針が決まる。
金平糖はいつだって、私に考える時間をくれた。
金平糖はいつだって、私に決定する勇気をくれた。
金平糖が特別なお菓子なんだと教えてくれた人は、空の星になってしまった。
ずいぶん悲しくて、ずいぶん金平糖のお世話になったけれど。
思い出は、遠い記憶になった。
金平糖の力を借りなくなった私は、ずいぶん無気力だったに違いない。
金平糖の秘密を教えてくれたあの人も、空の上で心配していたに違いない。
金平糖のビンのふたを開けて、一粒取り出し、口に入れた。
…優しい甘さが口の中に広がる。
あの頃と変わらない、優しい甘さ。
あの頃私が縋った、優しい甘さ。
ポロリと一粒、涙がこぼれた。
…この涙は。
あの時流した、悲しい涙では、ない。
久しぶりに食べた金平糖の甘さに。
幸せを感じて、思わずこぼれた、だけ。
思いがけずこぼれた涙におどろいた私は、金平糖のビンを倒してしまった。
ふたの開いていた瓶から、色とりどりの金平糖がこぼれる。
金平糖を、ひと粒づつ摘んで、瓶に戻す。
戻すたびに、一粒、一粒。
こぼれる、涙。
こぼれた金平糖をすべて瓶に戻しても、涙は止まらない。
口の中の金平糖が、すうと溶けてなくなる頃、私の涙はようやく止まった。
甘い、甘い金平糖。
私には、まだ少し、食べる準備が整っていないみたい。
私には、まだ少し、時間が必要みたい。
あの頃泣きながら食べた、瓶入りの金平糖。
このひと瓶を食べ終わる頃には、涙はもう出なくなっているはず。
そう信じて食べた、あの金平糖。
あのひと瓶を食べ終わった後、私は涙を流さなくなった。
だから、もう、大丈夫だと思っていたのに。
あの時泣きながら食べた記憶が、涙を呼んだのかもしれない。
明日また一粒食べたら、涙はこぼれるのだろうか。
こぼれないかもしれない、こぼれるかもしれない。
けれど。
このひと瓶を食べ終わる頃には。
金平糖は、私の涙を誘うものでなくなっていることを願って。
金平糖が、私の特別なお菓子に戻っていることを願って。
私は金平糖の瓶を、戸棚の奥のほうに忍ばせる。
涙が出なくなったら、テーブルに出そうと決めて。
明日、一粒だけ、食べてみよう。
涙は出るのか、出ないのか。
明日にならなければ、分からない。
涙が出なくなる日が、いつになるのか、分からない。
いつになるのか分からないけれど。
金平糖は、優しい甘さのまま、瓶の中できらきらと輝いているから。
金平糖は、優しい甘さのまま、戸棚の奥でじっと待っていてくれるから。
明日もまた。
一粒だけ。
そう、心に決めて、私は戸棚の扉をそっと閉めた。