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練習用  作者: 伊賀月陰
1/1

練習1

自発的な肉体変異を行った老魔術師(老爺→少女)と、成り行きでその弟子になった女の子の話。




 こぉーん、こぉーん。


「やれやれ、こんなところにおったか」


 埃にまみれた廃工場に、硬い打音が響く。

 陽菜と男が弾かれたように顔を上げると、背の低い少女が杖を突き歩いていた。


「師匠……!」

「下手人はこいつか。ほうほう……」


 戦闘中の魔術師二人に躊躇なく歩み寄り、男の顔をじろじろを見上げる。

 その素振りに男は激憤した。


「何だ、貴様は! この私を誰と心得る!」

「トリアーノの洟垂れ小僧だろう。覚えておるよ」

「なっ―――」


 平然と返し、視線を陽菜へ向ける。


「こやつの目的は何と?」

「あ、はい……始祖の魔術を復活させるとかで……」

「人を攫い、土地に根ざして魔力集めか。なるほどな」


 ふん、とつまらなそうに鼻息を鳴らす。


「―――『大いなる始祖クロウリーの名の下に請い願う』!」


 顔面に青筋を立てきった男―――トリアーノ家当主が高らかに詠唱を開始した。


「『十の星、百の地を立てし四文字の主、我が声に応じその力を示し賜え』―――」


 莫大な魔力の渦に、陽菜は反射的に自身を魔力で守った。常人がこの場に踏み入れれば即座に気を失い命すら危ない、有り得ない圧力。

 陽菜は決闘でその実力差を見せつけられたばかりだ。疲弊した陽菜に止められるものではない。


「ほお」


 魔力風が吹き荒れる工場内において少女は健在であった。

 ただ男の行う大魔術の行使を、感心したように見つめている。


「師匠!?」

「黙って身を守っておれ。……洟垂れ小僧の名は撤回しよう。しばらく見ぬ内に随分と学んだようではないか」


 くつくつ、と笑う少女にトリアーノは怒りの形相を隠しもしない。


「『来たれ、塩の―――』」


 かつん、と杖が一打ち。


「『却下する』」


 それで終わりだった。


 物理的な圧力をもって荒れ狂う魔力が、霧散した。


「……………は?」


 トリアーノが呆然と声を漏らした。

 手の内にあった力が、消えている。まるで最初から何も無かったかのように。

 有り得ない。

 魔術式に瑕疵はない。あの程度の怒りで制御を失うほど未熟でもない。経過に何の問題も発生してはいなかった。


 それが全て消えた。

 この少女の一言を合図にしたように。


「見事な魔術だ、トリアーノの後継」


 こつこつと杖でコンクリートを叩く。


「不足する魔力を土地と民間人でフォローする発想は誰でも持ち得る。しかし異なる性質の魔力を一纏めにし、自己の魔力と核に一つの力とする熟練は一朝一夕に身に付けられるものではない。

 始祖の魔術を蘇らせると聞いたいたが、これは僅かに異なるな?

 魔術式を検証してその不完全性に気付いたのだろう。

 それに自身の実力を鑑みてクロウリーの名を借りているな?

 過去の資料や自己の能力を過信しない姿勢は立派なものだ」

「な、何を言っている……貴様、私に何をした!?」

「申請を却下しただけだが?」


 杖を軽く回して肩を叩く。


「太祖や始祖など、連なる者の名を借りてその力を高める手法は良い。トリアーノの後継、お前がクロウリーを偉人と認めるからこそ成立する。

 しかし今回は運が悪かったな……魔術制御でコレが欠点になることはまず無いのだが……」


 苦笑を浮かべる。


「我が真名はクロウリー。姓は無い。証明は、先の申請却下で十分であろう。今のこの肉体においては、黒乃アリサと名乗っている」

「―――そんな馬鹿な話があるか!」

「ああはい、私もそれは同意でしてよ」


 自分もそうだった、と陽菜が理解を示す。


「煩いぞ馬鹿弟子。貴様は後で折檻するからな。

 ……さてトリアーノの後継。よくぞそこまで腕を磨いた。褒美に我が秘奥をもって引導を渡してやろう」


 返事を待たず、杖が強く床を叩く。

 すると打点を中心に床が光り始めた。色は、純白。史上クロウリーのみが扱い得たと語られる魔力光。


「馬鹿弟子よ」

「は、はい!」

「契約属性による魔力出力の分割について簡潔に説明せよ」


 呼び掛けながら杖先が踊る。アリサがくるくると回るたび複雑な紋様が描かれていく。


「―――契約した使い魔の対応属性が複数に渡る場合、属性ごとの魔術出力は大幅に減少します。属性ごとの出力を合計したものと、その魔術師のポテンシャルが概ね一致することが確認されており……これが

 契約する使い魔は単一属性が原則であるとされています」

「合格」


 こんこん、と二回叩くと紋様が自動で拡大した。

 廃工場の床を純白の紋様が埋め尽くす。


「しかしそんなものは弱者の妥協に過ぎん」


 アリサは魔術師の常識を斬って捨てた。


「この世は万物で満たされている。万の属性が犇めいている。その世に真理を見出そうとする魔術師が、属性を一つに絞る? ―――惰弱なり!」


 傲岸不遜の叫びと同時、アリサの背後に使い魔が現出。翼持つヒトの姿。


「万物を創りし神は、自らの写し身としてヒトを作ったと言う。なればヒトは万物に連なる触媒となる」


 杖を投げ捨て、再び陽菜に問う。


「馬鹿弟子! 魔術の発動方法、詠唱以外に言ってみよ!」

「―――高度な熟練による詠唱省略、図式による代用、手印を組む!」

「上々!」


 両足を緩く開き、大きく息を吸う。使い魔もその動きに倣う。


「魔術とは、魔力を用いた干渉行為。確固たる意思を持ち、魔力という力を用いて表出する。なれば―――意思表出さえ行えれば方法はなんでもよい」


 とん、とん、と足を踏む。

 ぱん、ぱん、と手を鳴らす。

 くるくると身体を回し、踏み鳴らす足に合わせて紋様が明滅する。


 手拍子の一つ、足踏みの一つを繰り返すたびに魔力が溢れる。


「なん……なんだこれは……」


 その光景を見て、男は愕然とする。魔術への造詣が深いからこそ理解できる。

 有り得ない。

 こんなことが出来るわけがない。


 魔術の発動には、明確な意思が不可欠だ。ただ定形の詠唱文をなぞれば良いというものではない。

 それを息をするように行える男にとっても、始祖クロウリー―――アリサの行っていることは異常だ。

 手拍子は風を起こし、足踏みは土を揺らし、身体を揺らせば火の粉が舞い、腕の振りが霧に包まれる。

 魔術の並列発動。


「―――――――♪」


 更に喉を震わせ、音を奏でる。さらなる魔術式を展開しながら……その全てを用いて一つの魔術として成立させる。


「出来るわけがない……こんな……人の、業では……」


 発想だけでは足りぬ。思考を磨いても足りぬ。研鑽を重ねてもまだ届かぬ。

 魔術の高みに至った男から見てなお、どれだけの差があるのか理解できないほどの偉業―――神の御業。


 これがクロウリー。

 魔術の歴史において、始まりにして頂点。未だ誰一人としてその足元にも至らぬ絶対の壁。


 ”魔法遣い”。


「―――『おお神よ、ここに在れ』」


 男の大儀式すら上回る魔力が、アリサの背後に凝集する。

 輝く、人型。あらゆる属性魔術の並行発動によって成立する万物の統合体。

 二人は思わず頭を垂れた。

 圧倒的な存在への本能的な畏怖に。


「『願い、叶え賜え』」


 たった一言。それで全てが終わった。


 男の野望、巻き込まれた者の傷、破壊された地……その全てが収束したのであった。



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