フリージアを、君に。
唐突に思いついたのでノリと勢いで書きました。
街外れにある、小高い丘。街が一望できるほど見晴らしがよく、観光スポットやデートスポットにもなっている。
だが、そこから少し離れたところにある小さな花畑のことを、知っている人は少ない。
フリージアの花を片手に、いつも通りの足取りを歩く。ここは、彼女が作った、彼女だけの特別な花畑だった。
「やぁ、久しぶり。フリージア」
ぽつん、とある小さな石碑の前で青年は口を開く。
「なかなか来れなくてごめんね。最近ちょっとゴタゴタしてて時間が取れなかったんだ。でも、ここは相変わらずそうだね」
そっと手に持っていたフリージアを供える。
ここは、大罪人として処刑された彼の幼馴染みの、小さなお墓だ。
「あれから、もう3年も経ったんだね·····」
目まぐるしく過ぎ去る日々で、そんな気全くしなかったな。
ぽつりと呟いた彼の言葉に、ふわり、と風が答えたような気がした。
「正直あそこまで荒れた国を立て直すのは大変だったな。何せ信頼出来る人間がほとんどいないんだから」
苦笑し、肩をすくめる彼。
「精霊姫を信仰してるうちの国から、精霊がいなくなるなんて····たぶん、誰も考えなかったんだろうな」
ほんと、馬鹿ばっかりで疲れたよ。精霊がいるのは、精霊姫がいるからだって、子供でもしってることなのに、なんで全部君のせいにしたがるんだろうな?あの馬鹿ども。少しは足りない頭で考えればわかるだろうに。だいたい、君が彼の婚約者だったのだって、君の力が大きすぎたからで、その恩恵にあやかろうと先代が強引に決めたからだってこと、忘れてたのかな?おめでたい頭してるよね。
はぁ、と深く溜息をつく。しかし、我に返って少し恥ずかしそうに微笑む。
「っと、ごめんごめん。これじゃただ愚痴を言いに来ただけだよね。実は、報告があるんだ」
「彼―、王太子は、王になったよ。そもそも今回の元凶はあの馬鹿な女とあれににあっさり騙されたお子様達のせいだけど。元を正せばさらに精霊の力を得ようとして、気づいていながら放置した王にも責任があると、彼が先代を糾弾したんだ」
貴族達はしっかりと現実を見ていたからね、早いものだった。あの人は君がいなくなったことでやっと目が覚めたみたいで、今は離宮でひっそり暮らしてるよ。
「君の妹とその取り巻き····ええと、第2王子達の処分も終わったよ。国庫の横領と王を騙したことによる、国家反逆罪で処刑。本当は打首にでもしてやりたかったんだけどね、最大限考慮して毒を煽ってもらったよ。もちろん、ただで死なせるなんて僕の気が済まないから、苦しんでのたうちまわりながら息絶えるよう仕向けたけど」
にこやかに笑う彼の表情は晴れ晴れとしている。ぶっちゃけ、怖い。
「まぁ、妹って言っても君とは一切血は繋がっていなかったわけだけど····それも、君はとっくに知ってたんだろうね」
ふっと、自嘲気味に笑う彼。そして、瞬きをひとつ。
「そのあとは、もうひたすら復興作業。奴らの傲慢で被害あった人たちへの謝罪と補填。精霊が消えたことで荒れた土地の調査。内部に巣食っていた老害共の排除······やることが多すぎて大変だったよ。でも、最近少しずつだけど精霊たちが帰ってきたみたいでね?やっと一段落着いたんだ」
だから、僕はここに来たんだけどさ。
「正直、君のいない世界は退屈だったよ。生きる意味すらないと思った。それでも、ここまで来たのは君が、前僕に言ったからだ」
―私は、この国が好きよ。精霊がいて、彼がいて、一生懸命に日々を生きる民がいて。当たり前のことだけど、私はそれをとても素晴らしいと思うの。だから、私の力がこの国のためになるというのなら、喜んでこの身を差し出すわ。それに、何より······
「あの後の言葉は、はぐらかされて聞けなかったけど····君がそう言うから、僕はこの国のために頑張ったんだ。でも、それも今日で終わり」
彼は王として盤石の地位を気づいた。周りにも優秀なものが集まっているから、何があっても問題ないだろう。僕の後任も一人前に育ったし、部下も優秀だから心配することは何もない。だから·····
「もう、君の所に行ってもいいよね?フリージア」
彼は懐からひとつの瓶を取り出した。そして、その中身を思いっきり煽ろうとしてーーーー
バッシーーーーーン!!!!
思いっきり、叩き落とされた。
地面に落ちた瓶と、ジンジンと痛む頬。きょとり、と目を丸くする僕に向かって、彼女は、叫んだ。
「ばっっっかじゃないの??!!」
え、と彼が顔を上げる。そこに居たのは、妖精か女神か。絶世の美女だった。おかしな点としては、その体が地面から浮いていることか。しかしそんなことは気にならなかった。だって、彼女は。
「久々に来たと思ったら延々と愚痴を聞かされ···別に知りたくもない愚妹共の処遇を聞き!!挙句、何してるのよ?この私の花園で死のうなんて······いい度胸じゃない!」
腰に手を当て、ふん!と怒りを露わにする彼女。
「死ぬのは勝手だけど、私の知らないところで勝手になさい。当てつけみたいに目の前で毒を飲まれちゃ、気分が悪いわ」
というか、そもそも死ぬなんて許さないわ。
銀糸の髪を払い、睨みつけるように僕に話しかける彼女。
なんで、とかどうして、とか思うことはあるけども。
「しかも、本当は気づいてるくせに幻覚だまぼろしだって·······いい加減になさい、グレム!」
彼女に叱られて、やっと気づく。あぁ、そうか。彼女はずっとここにいたのか。僕が見ようと、聞こうとしなかっただけで。
「君はずっと、ここにいたんだね·····フリージア」
ぽろり、と涙が流れ落ちると同時に、彼女を抱きしめる。ぎゅっと力が入ってしまってる自覚はあるけど、加減できそうにない。
「あらあら······泣き虫は相変わらずかしら?」
フリージアは少し驚いたように、しかし直ぐに「仕方ないなぁ」と呆れたように笑って、僕の頭を撫でる。
「全く。私をあのエセ精霊姫ごときと同じにしないでちょうだいな。話したでしょう?私は精霊妃の後継だって」
精霊妃―別名、精霊女王。
それは、全ての精霊を統べる存在。数百年に一度代替わりが行われるらしいが、詳しくはよくわかってない。ただ、フリージアが次の精霊妃だってことは、生まれた時から決まっていたことだった。人としての生が終わったその時から、彼女は精霊として生きることが。
「本当はこの体になったらすぐにでも精霊界に行くべきだったんだけど······心配過ぎて残ってしまったわ。あなたに、伝えそびれたこともあるし」
「伝えそびれたこと?」
首を傾げる僕に、えぇ、と彼女は笑って言った。
「好きよ」
「·······え?」
聞き間違いだろうか。ついにおかしくなったか、僕。
そんなあらぬ方向に考えをめぐらせる僕に気づいたのか、フリージアはもう一度、はっきりと言った。
「好きよ、グレム。私ずっと、あなたのことが大好きなの」
ようやく言えたわ。そう晴れ晴れと笑う彼女は、まるで女神のようだった。
―その後の話を、言うのであれば。
フリージアからの告白に、それはもう大いに狼狽えた僕は、だがしかしずっと胸に秘めていた想いををぶちまけた。かなりカッコ悪かった自覚ある。あるがしかししょうがない。初恋と片思い(だと思ってた)をこじらせた成人男性を甘く見ないで欲しい。フリージアは予想外だったようで、本気で驚いていたのが印象的だった。
二人で王宮に戻ったあとは、どういうことだと鬼のような形相で彼―リカム王に詰め寄られたが、最後は笑って祝福してくれた。部下にも、泣きながら縋られてしまった。僕は案外慕われていたらしい。
無自覚も考えものね、とフリージアは笑ってたけど。
それから、幾年も重ね。
僕は、一輪のフリージアを、今日も君に贈るんだ。
名前は花言葉から考えてとりました。気が向いたら詳細とか書くかもしれません。