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だから彼女は月を見上げる③

 朝食を終えたツバサは、折角なので庭の雑草を抜いていた。決して彼の趣味ではなく、老執事のカールに恩を返そうとした結果頼まれたのだ。


 もちろん、頭から離れないのは誘拐の二文字。それもその相手と来れば、車椅子に乗った年端のいかぬ少女と来た。事情を聞こうにもカールは買い物に町まで出かけてしまい、それを解消してくれるのは夕方以降だ。空は青く太陽は照りつけるも、借りた麦わら帽子の下のツバサの顔色はあまり良いものではなかった。


「おやおやツバサさん、精が出ますねぇ」


 自慢げな声色を何故か隠そうともしないマリーが、ツバサの視界に影を作る。顔を上げなくとも憎たらしそうな微笑みを浮かべていると知っていたので、ツバサはそのまま雑草を抜き続けた。


「あれ、皿洗い終わるの早くない?」

「私こう見えても、皿洗いは得意なんですよ」

「実家が酒場とか?」

「いえ、食べすぎて持ち合わせがないときに……」


 それ以上、ツバサは追求するのをやめた。


「今日もいい天気だな」

「ですね、外で遊ぶには絶好の一日です」

「確かになぁ」


 外で遊ぶ、という言葉は自然と彼に少年時代を思い出させた。当てもなく自転車を漕いで夕暮れ時に泣きながら交番に行った事や、自販機のお釣りの取り忘れを探して10円玉を集め、何とか安いアイスを買った事。思い返せばくだらな過ぎて、つい頬が緩んでしまう。


「あ、リーエルちゃん」

「ん?」


 マリーが指差した先、二階の窓にかかったレースのカーテン越しに、小さな影が少し動く。マリーが大げさに手を振ってみたが、その窓が開かれる事は無かった。


「窓、開きませんね」

「まぁ、社交的な子じゃ無さそうだったし」

「む、ツバサさん決めつけるのは良くないですよ。本当は恥ずかしがり屋なだけかもしれないですし」

「そうだな……すまん、軽口だった」

「わかればいいんですよ、わかれば。ツバサさん、女心とか分からなさそうですし」

「それは悪口と取っていいよな?」

「それを違うと言うのであれば、あの窓を開けさせて証明しましょう」

「石でも投げて?」

「コイツ馬鹿かな?」

「冗談だって」


 ツバサはぼんやりとリーエルの部屋の窓を眺める。二階でベランダ付きと豪華で、ちょうと屋敷の内側にある庭が見渡せる位置にある。


 石を投げるという案が、部屋の窓を開けさせる一番手軽な方法だとツバサは少しだけ思ってしまう。次に簡単なのは壁をよじ登り窓を開けるだが、それではマリーの言う女心には到底追い付けないような気がした。


「良いですかツバサさん、開けるんじゃなくて開けさせるんです。それが出来たら女心に関する重大な秘密を一つ教えてしんぜよう……」

「と言われてもなぁ」


 ツバサは首を捻ってから、軽く周囲を見回した。花でも投げるかと考えたものの、勝手に人の庭の物を摘む訳にもいかない。結局少し考えたところで小さな女の子が興味を引きそうな事は思いつかなかったので。


「まぁ、俺の楽しい事でもするか」


 かつて自分が夢中になった事でも、久々に始めることにした。




 本来用意すべきものを再現するとなると途方もなく時間がかかってしまうため、あるものと魔法で工夫をする。そう決めたツバサの動きは早く、次々と手を動かすのだが。


「ツバサさん、女心って言いましたよね」

「そこからは離れることにした……」


 ツバサの目の前にあるのは、壊れた小屋か何かの木材の束に煤けた鉄の花瓶に釘とトンカチと細めの縄。花瓶の花という文字がなんとか女心に結びつく可能性があるが、他の全てがそれをゼロへと導いていた。


「何を作るんですか? ラブレターと関係がありますか?」

「無いよ、ロケットだから」

「宇宙に行く船でしたって」

「それの玩具」

「ゴミじゃなくて?」

「まあ見てろって、多分うまくいく」


 まず、廃材を利用して発射台を作る。次に花瓶に木材で作った羽根とノーズを縄で固定し、花瓶の中に水を全体の5分の4程入れる。その状態で蓋をして発射台に設置すれば、即席のミニロケットが完成した。


 少なくともツバサの中では。


「やっぱりゴミじゃないですか!」

「あ、馬鹿お前ここからだよここから……」

 

 彼がやろうとしていたのは、所謂ペットボトルロケットだったのだが、生憎この世界にそんな都合のいい物は存在しない。だが原理は変わらない、圧縮空気で水を飛ばし、その推力で空を飛ぶ。


「本体が重いからかなり勢いがいるよな……」


 ツバサは意識を集中させ、花瓶の中の空気を冷やす。徐々に温度を下げていけば、鉄の表面に水滴が浮かぶ。それが凍るよりも冷たく、目指すはマイナス196度。そこでふと彼は思う。


「なあマリー、折角だしカウントダウンしてくれないか」

「なんでですか?」

「それは、ほら」


 少しだけ考える。一人で打上げるロケットに、カウントダウンの合理性をツバサは見つけられなかった。だから感情論を持ち出す。


「男心だよ」

「……まあ良いですけど、カールさんが作っておいてくれたお昼のお弁当半分わたしが貰いますから」

「いやそれは困」

「3!」

「やべっ」


 もう一度意識を集中させ、気体の温度を下げていく。温度計なんて便利なものが付いていないので、勘頼りの一発勝負。


「にーっ!」


 止める。ツバサとマリーの周囲すら涼しくなってしまっていた。


「いち……」


 不安げなマリーの眼差しに、ツバサは首を縦に降る。根拠はもちろんどこにもない。


「ゼロッ!」


 そして彼は魔法を解き、物理法則が放たれる。花瓶の中で急激に膨張した空気は水を押し上げ、蓋を破壊し大地を叩く。


 真っ直ぐと、空に向かってそれは飛ぶ。目にも留まらぬ速さで、突き刺すような水流の音と冷たい水しぶきを二人に浴びせ、直ぐにリーエルの部屋のベランダまで。


「……よしっ」


 呆気に取られるマリーをよそに、ツバサは小さく拳を握る。それと内心安堵の溜息を盛大に漏らす。


 だが、彼は失念していた。ロケットの歴史はいつだって。


「あ」


 ーー爆発の歴史なのだと。


 原因はツバサの横着だ。まともに計算せず勢いだけで実験を始めた事が、その事件の根底にあった。


 直接的な原因は、余りに木材の取り付けが甘かった事。その勢いに耐えられず、ノーズがいとも簡単にもげた。


 ペットボトル製であれば、先端が破損したとして爆発など起こり得ない。だがその下にあるのは、古ぼけて脆いというのに、マイナス196度で冷やされてさらに耐久性が下がった鉄の花瓶。壊れたノーズが衝突すれば、いとも簡単に亀裂が入る。加えて残っていたのは、絶賛気体へと膨張中の液体窒素。


 だからより正確に言うのであれば。


 ツバサ・ヴィーゼルが作った即席ロケットは屋敷の屋根を超えたあたりで思い切り破裂した。金属片を、撒き散らし、弾けるような音を立てて。


 青ざめるツバサ、悲鳴をあげるマリー、流石に何があったかと部屋の窓を開けるリーエル。


 ツバサは恐る恐るベランダに車椅子で飛び出した少女を指差し、震える唇でマリーに告げた。


「女心より、皿洗いで済む謝り方を教えて下さい」


 その問いは彼女の首を、横にしか動かせなかった。

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