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だから彼女は月を見上げる②

 随分と久しぶりにベッドで寝れたような感触に襲われたツバサは、気分良く布団から起き上がる。流石お屋敷という事だけあってか、部屋は余っておりマリーと同室という事態は避けられたのは幸いだった。さらに運が良いことに、昨日の雨は上がっており、窓の外には美しい草原が広がっている。まるで自分達の行末を祝福するかのような幸運続きだと、ツバサは一人納得した。


 ――昨日の老執事の話さえなければ、だったが。


 誘拐。あの老執事、カールと名乗った男の提案にツバサとマリーが取った行動は、愛想笑いで誤魔化すことだった。だが彼は二人に食事を出し部屋に案内した後、先程の話は明日にでも、と笑顔で付け加えてしまっていたのだ。


 誘拐。勿論ツバサはやったこともなければやられたこともない類の犯罪だ。息子は預かった命が惜しくば金を寄越せというやつなのはわかっているが、いざやってくれと言われると困るのが正直な所だった。もちろんやらずに済むのならそれが一番なのだが、負い目のせいか事情ぐらいは聞いておくかという気にさえなっていた。


 誘拐。ツバサはようやく思い直す。法に背くことは、断固として拒否しようと。


「あ、ツバサさんおはようございます」

「マリーか、おはよう」


 廊下を出たところでマリーと鉢合わせになる。寝癖がひどい当たり、ぐっすり眠れたのだろうとツバサは推測する。


「今日の朝ごはんなんでしょうね?」

「おはようの次がそれか」

「何言ってるんですか、一日のうちで三番目に大事なことじゃないですか」

「一番と二番は夕食と昼食って落ち?」


 マリーの言葉が返ってくる事はない。結局二人は無言のまま、小麦の焼けた匂いに釣られるまま食堂へと向かうのであった。




 冗談みたいな大きな食卓に並べられるのは、三人分のパンとスープとオムレツの至って標準的な朝食だった。予約席の札が置かれてはいなかったものの、上座に一つ下座に二つ並べられた食器は二人に座る場所を指示していた。


「先食べててもいいですかね」

「良いわけ無いだろ」

「ですよねー……」


 大人しく下座に座る二人、そこで一つの違和感に気がつく。上座に食事は置かれているが、椅子がないという違和感に。だがそれに対して、ツバサが口にすることはなかった。何せマリーは親の仇のように朝食を睨みつけていたからだ。


 マリーの腹の虫が二回ほど鳴ったところで、老執事が扉から顔を出した。


「おや、お二人ともお目覚めですか」

「え、ええ……お陰様で」

「ほらお嬢様、先程お話した旅人のお二人ですよ」


 お嬢様と呼ばれるに相応しい少女が、そこにはいた。長く伸びた茶髪は背中まで伸びており、白いブラウスとえんじ色のロングスカートはよく似合っている。まだ幼いがその整った顔立ちは、将来の美貌を保証していた。


 だが何よりも彼女を特徴立たせているのは、その車椅子だった。


「そう……カール、失礼のないように」

「ええ、勿論です」


 カールが彼女を押しながら、ゆっくりと上座へと押していく。


「あー、えっとお世話になってます、ツバサ・ヴィーゼルです。こっちはマリー」

「そう」


 立ち上がり自己紹介を済ませたツバサだったが、返ってきたのは素っ気ない返事だけだった。


「こちらはロズベック家当主の、リーエル様でございます」


 見かねたカールがウィンクと一緒に助け舟を出す。おかげで座れたツバサだったが、どこか釈然としない感情が胸の中に疼いていた。


「覚えなくてもいいわ、どうせ……」


 目を伏せ彼女が呟く。何か言うべきかとツバサは思案したが、良い言葉は見つからない。食堂が一瞬静寂に包まれたが、それを破ったのはマリーの三回目の腹の虫だった。


「ささ、冷めないうちに」

「あ、あはは……いただきまーす」


 顔を赤く染めながら、ようやくマリーは朝食に手を伸ばすが、ツバサが思わず漏らした安堵のため息に、その手が一瞬止められた。 


「……何か言いたそうですね」

「ああ、一個だけ」


 ツバサもパンに手を伸ばす。言うべき事は、もう決まっていた。


「助かったよ」

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