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だから彼女は月を見上げる①

 彼女にとって、世界は無価値なものだった。


 ベッドと絵本と部屋と窓、それだけが彼女の世界の全てだ。動かない足を恨む日はもう過ぎ、ただ死を待ち続ける。


 希望はない、夢を見るなどあり得ない。淡々と潰えていく自らの寿命を、死んだ心で過ごしていく。


 ――だから彼女は、月を見上げる。


 他にするべきことなど何一つ無いのだから。




 ツバサが魔法を会得し学んだことは、魔法は万能ではないという事だ。簡単に宇宙に行けないという時点で気付いたのだが、日々の生活の中で気付かされる事も多い。


 特にこんな、雨の日には。天気を変えるほどの魔法は、残念ながらこの世界にはない。


「ツバサさん、どこかで雨宿りしませんか……?」

「建物があればな……」


 川、草原、丘。雨具を羽織りながら変化のない景色をひたすら歩くのは、ほとんど拷問に近かった。魔法で傘を作る事も出来るが、それをやるより雨具の方が余程合理的だ。


「まったく、誰のせいでこんなことに」

「お前のせいだお前の」

「違いますーツバサさんが下着を手放さなかったからですー」

「いや返したと思ったんだけどな、返してなかったんだよ……不思議だなぁ」


 本当はこんな所を歩く予定は無かった。王都から北東に少し進んだ街で、今後の物資の補給と情報収集も兼ねて数泊する予定だった。だがそれは夢に終わった。主に二人が、勇者の下着を盗んだ泥棒として指名手配されていたせいで。


 ちなみに下着はその辺に捨てた。なんか、怖かったのだ。


「あ、明かり……」


 マリーが呟き、ツバサが顔を上げる。丘を超えた先、確かに家の明かりが見えた。一本だけ灯されたロウソクのように、雨の中ゆらゆらと輝いていた。


「行くか」

「合点承知!」

「お前は何もしないだろ……」


 マリーを脇に抱え、明かり目掛けて魔法で空を飛んでいく。近づいていく明かりの正体は、草原の真ん中にぽつんと立てられた屋敷だった。十人以上は生活できそうな大きさで、庭は少し荒れている。四方を石垣で囲われているが、それも少し風化している。


「貴族様のお屋敷ですかね?」

「わからないが……言えそうなことが一つ」


 軒下に着地し、雨具についた水滴を払う。ようやく雨に当たらずに済むことに安堵し、二人で一つのため息をつく。


「手配書は回って無さそうだな」

「確かに」


 マリーも思わず頷いた。せめてもっとかっこいい犯罪なら良かったのにと、彼女は内心思う。例えば正義のテロリストとかならまだ格好がつくというのに、軽犯罪それも下着泥棒。サポートのためとは言ったが、まさかこんなしょうもない事の片棒を担がされ得るとは思わなかったのが本心だ。


「誰かいるかな、ここ」

「まぁ明かりがついてますから」

「だよな」


 仰々しい木製の扉を、ツバサは軽くノックした。返事はない。ほんの数秒待ってからもう一度叩くが、やはり声が帰ってくる事はない。


「幽霊屋敷かな」

「え!?」


 ツバサの呟きにマリーは素っ頓狂な声を漏らす。彼女をじっと観察してみれば、目は泳ぎ口元は震えている。


「いやですねぇツバサさん、幽霊とか非天界的なものいるわけないじゃないですか……」

「いや死人の魂ならおもいっきりお前の管轄だろ」

「違います違います! わたしの管轄はそんなあやふやなものではありません! 死んだ魂は全部天界に行くから幽霊なんているわけありません!」


 拳に力を力説するマリーだったが、ツバサはどうでも良かったので小指で耳掃除をし始める。むしろ幽霊がエネルギーなら宇宙空間に持ち込んで燃料に出来ないかなとすら思うのだが、見たこと無いので多分無理だろうと一人納得する。


「……どなたですか」

「ひっ、しゃれこうべ!」


 いつの間にか開かれていた扉から顔を出す、執事服に身を包んだ白髪の生えた骸骨。薄暗いせいで少なくともマリーにはそう見えた。


「落ち着けマリー、ただのお年寄りだ」

「ああよかった、まだの人だった……」

「すいません連れが失礼を」


 安堵するマリーの頭を掴み、無理やり下げさせる。ツバサも軽く頭を下げれば、老執事はその青白い肌と裏腹に、にこやかな笑顔を返してくれた。


「いえいえ、片足は棺桶に突っ込んでいるようなものですから」


 老執事の柔和な態度に安堵したのはツバサもだった。なにせ彼の笑顔は二人の手配書がこの屋敷に回ってきていない事の証明なのだから。


「あの……一晩で良いのでここの軒先を借りてもいいですか? この雨で先に進めなくて」

「駄目です」


 笑顔で断られるのは想定外だったので、ツバサは思わず言葉を失った。じゃあ馬小屋でもと答えようとした矢先、その扉はさらに大きく開かれた。


「ロズベック家に仕えるものとして、お客人を外で一泊させるなど無作法な事はできませぬからね」


 今度は二人同時に安堵のため息をつく番だった。何だか旅立ってからため息ばかりついている気がしたツバサだったが、今はこの幸運と親切を素直に受け取る事にした。


「残り物で申し訳ないですが、お食事も用意させて頂きます」

「いえそんなお気」

「お肉ですか!?」

「野菜のスープです」


 項垂れるマリーを見て、どれだけ厚かましい女なのだろうとツバサは思う。ただ親切心にしては少し過剰なようにさえ感じてしまう。


「ああ、でも一つだけお願いがあるのです。お二人に」


 一瞬ツバサの体が固まる。だが同時に安心したのも確かだった。ただより高いものはないとはよく言うが、交換条件があれば安心して受け取ることが出来る。


「手伝いますよ、何でも。草むしりとかですか?」

「いえいえ、それは私の仕事ですので」


 そして老執事は、ニッコリ笑う。


「ちょっと、そうちょっとの間で構いません」


 だがその笑顔は何故か、二人に恐怖心を植え付けた。


「ここの主人を……拐かしてほしいのです」


 遠くの方で雷鳴が鳴り響き、老執事の顔を白く染める。



 ――宇宙を目指すツバサ・ヴィーゼル、人生二度目の犯罪への挑戦が始まった。

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