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第一宇宙速度のように①

 ツバサ・ヴィーゼルは神童だった。イグリタ大陸を横断する商船キャラバンに拾われたその捨て子に、非の打ち所は無かった。容姿端麗文武両道、計算させれば誰よりも早く、剣と魔法を使わせれば誰よりも戦力になった。10才にしてキャラバンの参謀として貢献し、13歳にして王都主催の魔法大会と武術大会で優勝。彼の噂を耳にしては、誰もが世界を救う勇者になると信じて疑いはしなかった。


 ――本人とその身内以外は。


「どおおおおおおおおしても行くのかい、ツバサ」

「ずっと前から決めてたからね」

「アタシとしては、なんだ。ツバサの事は息子だと思ってるし、ここを継いでくれたっていい。実力も才能もあるからね」


 ヴィーゼル商団セントマルク号。3頭のガイアドラゴンが牽引する、世界最大級の陸上船。居住区には50人を超える団員が生活し、運ぶ物資は小国の年間予算に匹敵する程の価値を持つ。そんな巨大なゆりかごに揺られて、ツバサは育った。


「ありがとう団長……でも俺が欲しい船はさ、前じゃなくて真っ直ぐ上に行く奴なんだ」

「ま、ガキの頃から言ってたもんなツバサは。今更引き留めたってしょうがないか」


 団長のカレンがツバサを優しく抱きしめる。見送りに来た調子のいい団員達も、今日だけは茶化しはしない。


 この船が彼は好きだった。多すぎる家族も看板から見える景色も頬に当たる風も、生涯過ごしてもいいと思えるほど愛していた。それでも彼はここを旅立つ。


 空を見上げ、太陽に手をかざす。24年と17年、二つの人生を燃料にして。


「行ってらっしゃい、ツバサ。男のロマンだか叶えてこいよ」


 この世界を、旅立つ為に。





 ツバサは悩んでいた。キャラバンを後にしたのも、何か算段があっての事では無かったからだ。気の向くままと言えば聞こえはいいが、実際は無計画と言って差し支えないほどのもほだった。


 それでも古巣を旅立ったのは、そうせざるを得なかったからだ。確かにキャラバンで普通に働けば、この世界の人並み以上の金が稼げる。だが彼の夢を叶えるためには、国並み以上の金が必要だった。


「これからどうするかな……」


 王都バルエールの大通りにある賑やかな大衆食堂で茶を飲みながら、ツバサは物思いに耽る。無理無謀無駄でしかない自身の夢の重圧に押しつぶされそうになる。


 それでも心の支えはある。彼が物心ついてからの実験結果をまとめた、研究ノートである。これを読み返せば何故か、夢を叶えられそうな気になるからだ。


 ノートを開く。実験結果1から3には、この世界の理屈についての内容だ。


 その1、魔法およびマナついて。宇宙に行く手っ取り早い方法として最初に彼が思いついたのは、魔法でひとっ飛びという方法だった。移動魔法なんて便利な物もあれば肉体強化とかいう詐欺めいた物もある。要は自分を無敵にして、宇宙に駆け上がる計画だ。


 結論、失敗。問題になったのは魔法を司るマナの存在だ。この世界のありとあらゆるものに存在する、魔法の源。空気水木石鉄。自然の状態に近ければ近いほど多くのマナを有しており、同じ魔法でも周囲のマナ総量によって効果が異なる。

 宇宙に近ければ近いほど、自然と呼べるものは少なくなる。単に酸素が無くなるのではなく、空気そのものが無くなっていくのだ。


 つまり宇宙空間では、魔法が使えないというのが彼の結論だ。例え運良く大気圏外に出たとして、出来上がるのは死体が一つ。魔法のみで宇宙に行くのはただの自殺だ。寿命間近なら考えなくもないが、少なくも今の彼が取るべき手法ではない。


 その2、物理法則について。幸か不幸か、この世界の物理法則は地球とほぼ同じであった。重力加速度の計算や水平線までの距離を地道に計測した結果導き出した結論である。もう少し重量が軽ければ楽だったのにと今でも彼は恨んでいるが、同時に覚えていた計算式をそのまま引用できる事に安心もしていた。複雑な心境を抱えながら、彼は次のページをめくった。


 その3、種族について。キャラバンに拾われたお陰で、多くの書物と情報を手に入れられたのは紛れも無い幸運だった。主にこの世界には――。


「あいよ、山盛りペペロンチーノお待ち!」


 急にかけられた威勢のいい声に、思わず一瞬震えたツバサ。そして少し考えてから、重大な事を思い出す。


「あの、俺それ頼んでないです……」


 特に腹も減っていなければ、注文すらしていないという事実に。


「ふっ、案外やるじゃん色男。こいつはあそこの席のお嬢さんからの……お近づきの印だよ!」


 太った中年の女性ウェイトレスが笑顔でそんな事を言うがうず高く積まれたパスタの山など食い切れる気はしない。ツバサは件のお嬢さんを探しに周囲を見回してみるものの、それらしき姿は無かった。


「へいへいそこの色男! 隣……空いてる?」


 随分とふざけた言い草で、その女は声をかけた。怪訝な顔でツバサが顔を上げれば、そこには懐かしい顔があった。


「あ、土下座の女」


 この世界に来た時に会った、ナントカという女である。ウェーブのかかった長い髪はそのままだが、服装は随分と平凡な町娘のようになっていた。


「マリーですマリーゴールド! 天界の、転生課の!」

「あぁ……」


 確かそんな名前だったなと遠い日の記憶を探る。思い出せば鮮明になっていく記憶は、段々と腹が立ってくる。


「そういやなんか言ってたが、よく考えればあの後何もフォローが無かったな……」

「いやいや、だからこうしてツバサさんが旅立った今お会いしに来たんじゃないですか」

「17年ほったらかして?」

「いや、えっと私天界人なので、こっちの世界だと不老不死みたいなもんなんですよ」

「へぇ……」


 と、そこで思い出す。ここで17年生きてきて、天界という言葉に馴染みがなかったという事実に。


「なぁ、天界ってなんだ?」

「んーとですね、まずこの世界にはですね、主に3つの種族がいるのは知っています?」

「なめんなよ、人類と魔族と竜族だろ」


 亜人を含む人類と、魔族が延々と戦争をしているのがこの世界の基本構造だ。竜族は報酬次第でどちらにでもつく。


「はい、そうです。そしてこの世界の全ての生物の魂を管理しているのが……天界です」

「ふーん。そんな凄いのか」

「といっても基本こっちには不干渉なので、何か出来る訳じゃないんですけどね」


 頼りにならないな、というのがツバサの出した感想だった。宇宙開発の足しになればと考えたが、天界は当てになりそうもない。


「ん? 不老不死?」

「ええ、そうです」


 なら人体実験が安心して出来るなと考えたが、それは言わないでおいた。それより先にやるべき事が、彼には山積みだったからだ。


「それで、ウチュウの方はどうですか?」

「……簡単な実験程度はね」

「そんな難しいんですか?」


 ツバサは改めてノートを開く。足りないものは大きく分けて三つある。


「ヒトとモノとカネが足りない」


 強いて言えば時間も情報も無いのだが、それは黙っている事にした。


「お金ってどれぐらいいるんですか? ちょっとぐらいなら貸してあげてもいいですよ、こう見えてわたしちょっとは出世したんですから」

「んじゃ、これの十万倍貸してくれ」


 そう言ってツバサはいつの間にか隣でペペロンチーノにがっつき初めたマリーに通帳を見せる。随分とニコニコしていたマリーだったが、その額を見てフォークが止まる。


 その額1億レラ。普通に働いて稼げるかどうかという金額が、そこには刻まれていた。


「ガキが持っていい額じゃねぇ……!」

「悪かったな、これでも頑張ったんだよ」


 通帳を奪い取り、ポケットに仕舞うツバサ。国家予算並の金額を簡単に貸してくれると期待していなかったが、まさか文句を言われるとは思っていなかったのが本心だ。


「これの十万倍……? 冗談ですか?」

「冗談だったらいいんだけどな」


 説明してて虚しくなるのはツバサも同様だった。現実を考えるとこの十万倍稼ぐのは、人生数回程度じゃ足りない。


「あ、でもヒトだったら候補がありますよ」

「本当か?」

「そりゃあもちろん、何せわたしはサポートのためにここにいるんですから」

「で、誰だよその候補」


 いつの間にかペペロンチーノを平らげていたマリーが、ハンカチで口元を拭ってからしたり顔で言葉を続ける。


「それはもちろん……世界を救う勇者一行です!」


 弾けるような笑顔でマリーが答える。


「……アホくさ」


 深い溜め息と一緒に、ツバサは目の前のアホに思い切り悪態をついてみせた。 

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