無職と無職と星の夢②
「いや、あんたがチートでハーレム目指したいのはわかったけどそこの店主に当たるのはどうよ」
しばらく面を喰らって動けなかったツバサだったが、正気になった頭でまともな言葉をひねり出す。
「……うるさいな、テメェは」
だが、ダークトラッドと名乗ったその男は見下したような態度を何一つ隠さずに言葉を返す。
「悪いな転生者さん、俺もこの人に用があるんだ」
「転生者? へぇ……よく知ってるなその言葉」
一瞬、ダークトラッドの片眉が上がる。
「まぁ同じ境遇だからな俺も」
「へぇ……」
それから少し思案をしてから、彼は口角を上げて名前にふさわしく芝居がかった笑顔を見せた。
「だったら俺様の……ライバルだな。目指してるんだろ、チートでハーレム」
「いや別に」
ツバサは即答した。興味がなかったからだ。
「はぁ? いやお前男だろ、金玉ぶら下がってんのか」
「少なくとも今朝はついてたよ」
「じゃあ、何するんだよこの異世界で」
ツバサは息を吸って少し吐く。
「宇宙飛行士を目指してるよ」
ある意味で、目の前にいるこの不遜な男こそが、ツバサの最大の理解者だった。その単語を正確に捉えられるのは同じ境遇の男だった。
「おいおいおいおい、とんだイカれた野郎だなお前は!」
だが、駄目だった。彼は腹を抱えて笑った。この世界の誰よりもその夢を嘲笑った。
「宇宙? 正気かよ、せっかく異世界に来たってのによぉ! 他にあるだろう、なぁ!? 現実で出来なかった事が、後悔が山程よぉ! この世界でしか出来ない事が、そこら中に転がってんだろ!」
ツバサは頭を掻く。自分が落胆している事に気づき、理解してもらえると思った自分を嫌った。
「俺が後悔してるのは、宇宙飛行士になる前に死んだ事だけだよ」
素直にそう答えた瞬間、ダークトラッドの表情が凍った。そのまま拳を握りしめ、ツバサに向けて躊躇なく突進した。
「だったら……もう一回死んでろ!」
彼はまっすぐ拳を突き出す。人間の頭蓋骨なんて簡単に吹き飛ぶほどの速さで、ツバサの顔面を狙った。辛うじて彼は距離を取るが、一度始まった攻撃が止むことはない。
「気に入らねぇんだよ! なる前に死んだとかほざきやがって! 良いよなあ才能がある奴は! 死ぬ前の人生はさぞ幸せだったろうなぁ! チートなんてなくたって、大層ご立派だったろうさ!」
殴る、蹴る、魔法が飛ぶ。それを一つづついなしていくが、チートと言い張るだけあって無傷では防げない。
「やっとだ! 俺はこの世界で、やっと人並みに生きられる!」
拳がツバサのガードを崩す。失敗したと判断するより早く、蹴り上げられた足が眼前に迫る。
「夢の続きは……夜中に見てろぉっ!」
ハイキックが顔面に命中し、口の中が一気に切れる。広がる鉄の味が不快感を助長させるが痛みを消し去ることはしない。
それでもツバサは、倒れなかった。
「……自分の話ばっかりだな、お前」
ツバサは血が混じった唾を地面に吐き出す。それからゆっくり、傷ついた体を前に進める。
「言いたいことはさ、だいたい解るよ。似たような事言われてきたから」
少しだけ頭に来ていた。殴られた事でもなければ、馬鹿にされた事でもない。
「けどなぁ」
理解されなくたって良い、褒めてもらわなくたって良い。世界中の誰から認められなくたって構わない。それでもただ一つ、彼が我慢出来ないのは。
「人様の夢を……笑うんじゃねぇ!」
一瞬で男の前に飛び、その拳を振り抜いた。男は吹き飛びツバサは立つ。それから血相を変えたマリーがそのへんで買ったようなサングラスとマスクで顔を隠し、ゾロゾロと警察を連れてきて。
「おまわりさん、この人です! この人がわたしの連れに暴力を!」
力いっぱい叫んだ。叫んでしまった。倒れているダークトラッド様と立ってしまっているツバサ・ヴィーゼル。マリーと目が合ったツバサは、深い溜め息をついてから。
「ぐ、ぐえーっ」
とりあえずその場に倒れてみた。駄目だった。近づく警官の足音は止まらない。いや、止まった。彼らはその場にしゃがみこみ、ツバサの顔を確認してから。
「とりあえず、二人共連行します」
街を守る公務員として、至極真っ当な結論を口にした。




