無職と無職と星の夢①
リーエルの屋敷を後にし、夜のうちに隣町オールディンへと無事到着した二人。翌朝宿屋を後にした二人は、旅に必要な物品の買い出しに出かけていたのだが。
「なぁマリー」
干し肉の一つを買う前に、気性の荒い犬のように鼻息を荒くして周囲を見回すマリー。
「な、なんですか!?」
「その、なんだ」
目標を発見したマリーは、ツバサの言葉を聞き入れる前にそれを剥がす。
「手配書全部剥がすのは無理じゃないか……?」
この世界の警察機構は、ツバサが泣きたくなるほど優秀だった。今、街中に張り出されているのはサンシャインレディの手配書。もちろんブラジャーを被っただけのマリーの人相書きなのだが、なるほどよく特徴を捉えている。
「そういう問題じゃないんです!」
何の問題なんだと思ったツバサだったが、そこは口に出さないでおいた。おそらくこの手配書を作らせたのは、昨日の成金の坊っちゃんなのだろうと一人推理する。時間的な事を考慮すれば、マリーに追い返された後警察に逃げ込んだのだろう。ちなみに罪状は暴行及び器物損壊に不法侵入と、この間までの下着泥棒が可愛く思える物だった。
「いいですよねぇツバサさんは手配書がサンシャインレディのおかげでどこかに埋もれちゃいましたし」
「まぁそれは感謝してる」
「今の皮肉なんですけど」
「知ってる」
恨むような目でツバサを睨んだが、それも一瞬すぐに諦めたようなため息を嫌味ったらしく漏らした。
「ところでこの街にはどんな用があるんですか? ご飯以外に」
「んー……いい人がいれば仲間になって欲しいんだけど」
顎を掻きながらツバサは思案する。ゼロから宇宙開発を始めるに当たり、彼が一番欲しい物は人材だ。とにかく宇宙に興味がある人間をひたすら集める。それが彼にとって最優先事項なのだが。
「その前に先立つものかな。俺達が稼ぐには限界があるから、一番いいのはスポンサー」
そのために必要な給料が無い。ツバサの手持ちはあるにせよ、年単位で雇うような金はない。だからそれをどこかの誰かが用立ててくれれば良いのだが。
「スポンサー……ですか。そんな物好きいるんですか?」
もちろん貴族であるリーエルがスポンサーになってもらうのが、一番手っ取り早い方法である。
「リーエルはまぁ土地貸してくれるし……」
「ついでにお金貸してもらったほうが」
「それはほら……なんか俺が悪者みたいだし……」
「まぁそうですね」
どことなく二人の意見は一致し、そのままゆっくりと街を歩き始める。王都バルエールと比較すれば当然小規模な街だが、三階程度の石造りの建物が並ぶその光景は、少しだけツバサを観光気分にさせた。
「まぁ、金持ちっていったらああいうところですかね……とりあえず行ってみたらどうですか?」
マリーが指差す先には、コンウィ商会という看板だ。三階建の商店だが、店構えは他の住宅と比較すると豪勢な辺り、確かに金は持っていそうである。
「ダメ元で行ってみるか」
こうやって地域に根づいたような商店がスポンサーになってくれるとは流石のツバサも思いはしない。だが他のスポンサー候補や人材の紹介など、そういった物が得られるかもしれないと考えてしまう。こちらから提供できるものがないあたり、ビジネスとして破綻している事を自嘲気味に自覚しながらではあるが。
改めて、高く掲げられた看板を見上げる。指名手配犯のマリーは路地裏で留守番でもしてもらおうかと本気で悩みながら。
「……ん?」
一瞬の違和感を覚えるツバサ。そこからは早かった。
「え?」
割れる窓ガラス、放り出される小太りの中年。
「うわああああああああああああああああああああっ!」
遅れて聞こえてくる悲鳴。男として空から美少女が振ってくるというシチュエーションに憧れたことのあるツバサだったが、相手は中年である。どうする? と一瞬悩んでしまう男の性だったが、結局魔法で中年の落下速度を減少させてからゆっくりと地面に尻もちをつかせる。
「た、助けて! 助けてください!」
直ぐに泣きついてきた人の良さそうな中年。上等な身なりからして、おそらくここの店主だろうとツバサは判断する。
「えっと……何があったんですか?」
「いや、なにか胡椒がどうとかで怒り出して窓から放り投げられて……」
「変な人もいるんだなぁ」
なんて他人事のような感想を漏らすツバサ。だが彼の最大の不幸は、今この瞬間にこの場に居合わせた事だろう。
「とおおおおおおおっ!」
威勢のいい声と一緒に割れた窓から降りてくる一人の男。一瞬逃げてしまおうかと足を動かすツバサだったが、店主に思い切り足を捕まれそれも出来ない。
「クックック……どうやらとんだ田舎者がこの世界には居たもんだなぁ?」
そんなどの角度から見たって人を見下したようなセリフを吐く男の第一印象など、最悪でしかなかった。むせ返るようなナルシスト臭さに思わず鼻を曲げたくなるツバサ。それに服装もそう思わせるには十分だ。確かに身長は高く顔立ちも良い。それにしたって上下黒の革の服に、これでもかと散りばめられた銀の装飾品。褐色の肌に銀の長髪と神秘的な要素は十分にあるのだが、いかんせんそのゲスっぽい顔がいけ好かない。
「この最高級胡椒を……テーブルワイン一本分の値段で買い取ろうなんてなぁ!」
そして自信満々に、懐から取り出す小さな瓶。ちょうど成人男性の手で握り込めるほどの小瓶の中には、半分ぐらい黒い粉が入っている。
「胡椒って……あれか」
「ああそうです、あれです……」
「ワイン一本分って、そりゃあ」
ツバサは思わず頭を掻く。商団で暮らしてきた彼にとって、その値段がおかしい事ぐらいはわかる。
「随分……高く買い取ったなぁ」
そう、高すぎるのだ。
「でしょう?」
困った顔を浮かべる店主。それに思わずツバサも苦笑いを返してしまう。
「おいそこの貴様……なんだ部外者が偉そうに」
指差しでイチャモンを付けられるツバサは、流石に嫌な顔を露骨に浮かべる。できればもう、帰りたい。
「もしかして同業の方ですか? すいませんあの人を追い払ってくれたら何でもしますから……」
だが何でもするという言葉が、彼の心を鈍らせる。金、金、金。自分でも俗物だなと思えるような思想だが、それでも背に腹は変えられない。
「あー……その、なんだ。俺の名前はツバサ・ヴィーゼル。まぁ名前の通りヴィーゼル商団ってキャラバンで生まれ育ったんだが」
咳払いをして覚悟を決めるツバサ。金のためだ仕方ないと自分に言い聞かせながら。
「それぐらいの胡椒だったら、ワインの半額が相場だぞ?」
「最初それぐらいで買おうとしたんですが、冗談だろうっていうからつい……」
「おじさん、もうちょっと強気で行こうよ」
ツバサの指摘に、何だそれと言わんばかりの顔をする不審な男。何かこう、自分の常識が崩れ去ってしまったような、それを受け入れられないような独特な表情。
「待て待て待て待て、いや胡椒だぞ? 普通これで儲かるだろ家ぐらい買えるだろ! なぁそういうもんだろうこの世界は!?」
「いや、胡椒はもう普通に南の方で栽培されてるし販路も出来上がってるから……まだこっちより北の方だと高めだけど儲からないよ。農家になるってなら別だけど」
ツバサの言うことはこの世界の事実だった。胡椒で家が立つのは、大航海時代ぐらいである。北から南まで一つの大陸で繋がっており、ドラゴンが闊歩し輸送の時間が短いエルトクラインで胡椒は高級品にはなり得ない。
「胡椒農家!? 俺様があっ!? 冗談だろ! この俺様……ダークトラッド様が農家だとおぉ!?」
「あーうん、いいじゃない? 似合う似合う」
またダーク何とかとは随分ふざけた名前だなと思ったツバサはもはやまともに取り合おうとは思わない。だが、生まれる一つの疑問。
「良くないだろう! 俺様はなぁ! この世界で!」
どうしてこの男は、胡椒が儲かるなどという、根本的な誤解をしたのかと。エルトクラインに、大航海時代など存在しないのだから。
そしてその疑問は、一瞬にして解消される。
「この転生した異世界で、チートでハーレム目指すんだよおおおおおおおおおおおおおお!」
拳を高く空に掲げた、男の悲しい叫びによって。
「ええ……」
帰りたい。どことは言わないが、せめてアホが居ない場所で。
同じ境遇の男を見て、ツバサは切にそう願った。




