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だから彼女は月を見上げる⑦

「それは……」


 トーリスは言葉を濁らせる。見たことも聞いたこと無いものを要求されて、彼は思わず面食らった。何かの隠喩かと少し示唆する。


 ――その時だった。


「とおおおおおおおおおおっ!」


 鳴り響くのは、怒声とガラスの割れる音。乱入者、いや闖入者がこの糞真面目な場に飛び込んだ。ゆるいウェーブの金髪をなびかせ、前転して不法侵入する天使。だが、彼女の容姿はどこかおかしい。


「……大丈夫、リーエルちゃん!?」


 明後日の方向を向いて、大声を張り上げるマリー。それもそのはず、彼女は今前が見えない。


「あっはい」


 とりあえず返事をするリーエル、立ち上がるマリー。どこかやりきった顔をしているマリーだったが、後ろからトボトボついていくツバサはもうため息しか出せなかった。


「あの……どちら様」

「デデンデンデデン!」


 トーリスの言葉に、変なポーズを取るマリー。正義の味方に憧れているとは聞いていたツバサだったが、まさかここまでこじらせるとは思わなかったのが本音である。


「天に輝く正義の名の下、地中蔓延る悪を打つ……正義の使者、レディサンシャイン! 見参!」


 いつもの服、いつもの髪型、いつもの声。違うところがあるとすれば、そう彼女は。


 マスクの代わりに、ブラジャーを被っていたのです。ちょうど目の所に胸がかぶる感じで。


「変態だ!」


 全くもってトーリスの言葉は正しい。一応服は来ているが、やってることを加味すれば変態以外の言葉を見つけ出せるのは不可能ということ。


 だが、事情があった。そう、急遽誘拐という犯罪の片棒を担ぐ羽目になったマリーに、憧れの正義の味方アイテムを揃えるのは無理があった。ツバサはまぁ、何とかなった。鞄を漁って出てきた包帯を顔に巻きつけるだけで良かったのだ。


 だがマリーはそれでは駄目だった。ここに来て人と同じものはあんまりとかいう人格的な面倒臭さを発揮してしまったのだ。


「これしかなかった、これしかなかっただけなんです!」

「許せリーエル、本当にそれしかなかったんだ……」


 地団駄を踏むマリー、つぶやくように謝罪するツバサ。


「あ、ツバ」


 そこでようやく、後ろにいるミイラ男に気づいたリーリエ。だが何かを察したのか、言葉は続けないでおいた。


「すまない、今の俺はしがない包帯巻男なんだ……許してくれ……」

「あ、いえ……こっちこそごめんなさい」


 互いに謝るリーエルとツバサ。一方マリーはシャドーボクシングなどしてみせたり、ノリノリであった。


「えっと、このお笑いの人達は……」

「あ、あなたがロリコン成金ですね! あなたみたいな人がいるから世界はこう不景気とか不況とかそういう奴になるんですよ! だいたいこんな年端もいかない美少女と結婚だなんて……このムーンライトレディが許しません!」

「いや赤の他人に言われても」


 初対面の人間を指差し、意味のない暴言を吐き散らすマリー。もっともトーリスはそんな言葉を意に返さなかったが。


 埒が明かない。


 そう判断したツバサは、さっさと頼まれた仕事を終らせることにした。


「まぁ、ごめんな富豪のお兄さん。俺は俺で、この子に用があるわけだから」


 ツバサはリーエルの後ろに立ち、足元にあった絨毯を魔法で浮かせる。確かにこれだけ簡単に物が飛んでいく世界でわざわざ燃料を使って宇宙に行くなど、馬鹿げだた事だと自重する。


「少し中座させてもらうよ」


 そうして絨毯ごと屋敷を後にする二人。残された者たちは、口を開けて間抜けな顔をすることしかできなかった。




 とは言っても、そこまで遠出できないのが現状である。結局ツバサは屋敷の屋根の上あたりで、二人空を眺めている。


「あのー……お二人は何しに来たんですか?」

「んー……誘拐かなぁ、カールさんに頼まれたから」


 あっさりと白状するツバサに、わかっていましたと言わんばかりのため息をつくリーエル。ただそのまま首を縦にふるのは彼女のプライドが許さなかったのか、次に出てきたのは皮肉だった。


「マリーさんが下着を被って窓ガラス割るようにですか?」

「それはうん、ごめん予想外……でもカールさんから頼まれて攫ったのは本当。今頃あのお兄さんにお断りでも入れてるんじゃない?」


 この場で断るかどうかなど、ツバサにはわからない。ただ一度延期さえしてしまえばいくらでもやりようはあるのだろう。


「カールから頼まれたって、私に言っても良かったの?」

「それも考えたんだけど……俺はやっぱり将来の事はリーエルが全部決めるべきだと思うんだ。けど同時に、君を心配してくれる人がいるって知っておいて欲しくてさ」


 将来を誘導するのは嫌だった。けれど同時に、無謀な未来を進んで欲しいとは思わない。ただそういう物があると、彼女に知って欲しかった。


「はぁ……もう別にいいわよ、私から断ったから」


 もっとも彼女の将来は、ツバサによって少しだけ変わってしまった後だったのだが。


「あれ、そうなの?」

「気になったの、ツバサが言いかけたこと。結婚したら聞けなくなるような気がして」

「何の話?」

「どうしてあなたは、お月様を目指すなんて無意味で無謀な事に夢中になれるんですかって」

「あー……」


 そういえばカールが来たから答えていなかったなと彼は思い出す。それでそのまま口を動かそうと思ったが、今はちょうどいい機会に思えた。


「もう少し時間もらえる?」


 その問にリーエルは小さくうなずく。ツバサは自分が着ていた上着を彼女にかけ、二人の周りに球状の空気の層を作る。簡易的な


「じゃ、行こうか」

「どこに?」

「そりゃもちろん」


 ツバサは白い歯が出るぐらい、彼女にニッと笑いかける。それから上着のフードで顔を隠し、沈み初めた太陽を眺める。


「馬鹿と煙が好きなとこだよ」

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