その時、歴史が動いた
燃え尽きた。
真っ白に。
かろうじて赤点は免れた様な気がするがどうか。
大里はテスト中盤に机に突っ伏していた。
村上は相変わらず顔を見せず。
「御楯、この後時間ある?」
HRが終わり夏実が話しかけてくる。
「無い」
「忙しいの?」
「勉強! マジでヤバい」
「やばたにえん?」
……こう言う時に使うの? それ。
「じゃ今度でいいや。
帰るの?」
「当然」
「じゃ、一緒に帰ろ」
「お、おう」
まあ、帰りの方向は一緒な訳だけど。
「捕まったね」
「ああ」
今朝、天積の逮捕が記者発表された。
曰く、G社に対する不正アクセス禁止法違反容疑で逮捕された天積容疑者は自身が『末路は猿』であるとし『Lを待ちながら』を公開したのは自分であると証言し、当局はその真偽を含め慎重に捜査するとした。
ネットのニュースはそれで持ちきり。
天積と思われる人物の過去の行動が晒されたり、今回の逮捕に異論を唱える声、早くも死刑を求める様な過激な声まで。
どう裁かれるのか。
一定の興味はあるが、俺としては試験でそれどころでは無いのが本音。
「御楯がやったの?」
「少し手伝った」
「……向こうで会ったの?」
「会ったよ。何で?」
「……そっか、無事で何より。よくやった!」
電車に揺られながら夏実は俺に笑いかける。
よくやった、か。
「少しは静かになるといいけど」
「大里が、御楯と一緒にいて色々教えてもらってるって言ってたけど、一緒に居るとか、そんな事出来る様になった?」
アイツ……。
「今回は特例だろ」
「そうか。残念。久しぶりに実ちゃんにも会いたかったな」
「猿の所為で、勘違いした奴らが増えてると思う。
行くなら気をつけて」
「りょ」
しかし、他人の事は言えた柄では無いがどうして皆あんな危険な世界へ行きたがるのだろうか。
風果もそうだ。
今度会う事があれば聞いてみようか。
◆
翌日。
実に二十日振りに村上が学校に現れた。
俺と目を合わせる事は無く、むしろ避けられている。
そう思った。
その日のテストも前日の追い込みの甲斐無く散々な物だった。
そして放課後に部室へ。
試験休み前と同じく部長が静かに参考書を広げる横で文庫本を読む。
大里は寝ると言って帰った。
下校前に忘れ物を取りに教室へ寄ると村上が一人残っていた。
昨日の再テストでも受けていたのか。
教室に入った俺を見て、直ぐに目をそらす。
若干の気まずさを感じながら彼女の後ろの自分の机へ。
「……私さ、やっぱ許せないんだ」
そう、呟きが聞こえた。
「捕まったあの糞野郎」
窓の外を眺めながら独り言の様に言う村上。
「アンタラも、悪いけどあの糞野郎と同じとしか思えない」
そう言う意見は、ネット上にも散見する。
部長が危惧していた様に。
しかし、俺は反論の言葉など持ち得ないのだ。
俺とあの糞野郎。
何が違うのか。
俺はそれに対する答えを知らない。
答えを探そうとも思わない。
考えたく無いのだ。何故ならば答えが見つからなかったその時は、肯定するしか無くなるのだから。
「だから、決めたんだ」
黙る俺。
続ける村上。
「あんなの私が禁止にしてやるって」
「……は?」
「その為に偉くなる。
私は大統領になるんだ!
それまで、せいぜい楽しんでなよ!」
そう、俺を睨みつけ断言した。
「何笑ってんのよ!」
知らず、笑みが漏れた。
「お前、すっごいな!」
「はあ!?」
手放しで褒める俺に、村上は馬鹿にされたと思ったのだろうか。
顔に一層の怒りを滲ませ俺を睨み付ける。
彼女の決意。
それが一番有効だ。
この国で好き勝手やってる連中を黙らせるにも、向こうで好き勝手やってる連中を黙らせるのにも。
仕方ない。そう言って力のない今の自分を言い訳に諦めた俺とは正反対だ。
日本に大統領は居ないなんて、そんなの些細な事でしかない。
「応援するよ。じゃな」
初の女性総理大臣となるか、それとも公言通り日本の初代大統領となるのか。
いずれにせよ楽しみだ。
そして、村上ならやってのけそうだと思う。
根拠なんて、まるで無いけれど。
こうして、にわかに世を騒がせた事件は一先ずの幕引きを見る。
―― 四章完
色々と纏まりの無い感じの展開となりましたが
いずれ回収する予定です。
そして物語は冬へ。




