異世界での出会い④
それから更に三日ほど。
マスターと共に洞窟内を歩き、戦う。
しかし、元の世界へと戻る門は見つからなかった。
ひょっとしたら、湖の底とかに隠れているのだろうか。
いや、マスターならそんなところでも既に探っていてもおかしくないか。
そして、俺は二つ目の術を手に入れる。
瞑想し、闇の中で手を伸ばす先は現の扉。
物を具現化する術。
と言ってもなんでも作り上げることが出来るとかそういう便利な力では無いが。
それでも今の俺には必要な力なのだ。
現の扉が開かれた先へと手を伸ばす。
新たな術を手に入れた。
心を静め、早速手に入れた力を試みる。
「創造する手・無の化身
紡ぐ、縦横に
拒絶する柔らかな結界
唱、参 現ノ呪 白縛布」
言魂に応え、マナが空中で糸となり幾重にも織り込まれていく。
やがて、白い一枚の布を作り出す。
宙で編みあがったその布を手で受け止める。
やわらかい。
もちろん、柔軟剤の匂いがする天日干しの後のタオルのような柔らかさには程遠いのだがそれでも獣から剥いだ皮とは比ぶべくもなく。
フェイスタオルより二回りほどの大きさに出来上がったそれを両手で広げマスターに見せる。
「Bath towel?」
「イエス!」
そんなもの何に使うんだとでも言いたげなマスターの表情。
俺は再び術を使い、もう一枚のタオルを作り出しそれをマスターに投げる。
そして、服を脱ぎ捨て地底湖へと飛び込んでいく。
あるかも知れない石碑を探しに。
透明度が高く、澄んだ綺麗な地底湖は、どこからか光を取り込み幻想的に輝いていた。
透明な小魚の姿も見受けられた。
水を飲まないように注意しながら地底湖を泳ぐ。
石碑が無いのは早々に分かったが、それでも俺は泳ぎ続けた。
汚れきった体を洗い流す。
やや水が冷たいが、束の間の異世界リゾートを満喫する。
巨大な水音。
振り向くとマスターが裸で飛び込んでいた。
……流石外人。サイズが……違うぜ……。
軽いショックを受ける俺の元へとマスターは近寄ってきて、いきなり俺を担ぎ上げ、水面へと放り投げた。
陽気な笑い声が洞窟内に木霊する。
噎せて涙目になりながらも俺は術を放ちマスターの眼前に<鳳仙華>を着弾させる。
巨大な水飛沫がマスターを一飲みに。
洞窟内に俺の笑い声が響き渡る。
馬鹿みたいに男二人が水辺で戯れる。
こんな絵面、一体どこに需要があるんだろうか……。
濡れた体を作り上げた布で拭き取る。
……最高だ。
文明って素晴らしい。
本当は止血に使う布の筈だけど気にしない。
便利。
他もいろいろ作ろう。
スマホとか。
マスターが興してくれた焚き火の横で体を温めながらそんな事を考える。
いや、それより戻ることが優先だな。
さて、どうしようか。
洞窟内はほとんど見たと思う。
残るは、初日にマスターがデンジャーだと教えてくれた道だけ。
しかし、マスター決してそこに立ち入ろうとしない。
出口を求めて死んでしまっては本末転倒だしな……。
マスターが鼻歌を歌いながら俺の横に腰を下ろす。
「Lychee……」
服を着ようと立ち上がりかけた、ちょうどそのタイミングでマスターが静かに俺の名を口にする。
「ホワット?」
その思い詰めた様な声色に、俺は座り直しマスターの話を聞くことにする。
「Lychee……」
俺に真剣な眼差しを向けるマスター。
これは、余程の事だと、そう感じた。
彼を見つめ、次の言葉を待つ。
「……I love you.」
言葉が耳を素通りして行った。
一瞬、頭が真っ白になる。
「You’re my Prince!」
叫びながらマスターがにじり寄ってくる。
懇願するような、そんな表情で。
「……ノー……ノー、ストップ! ノー、ストップ!!」
状況を、理解した。
俺は、襲われそうになっている。
そういう事だ。
無理無理無理無理。
ノーセンキュー!!
逃げねば、犯られる……。
しかし、マスターは俺の両肩をその太い腕でしっかりと掴み、そのまま俺を洞窟の床へと押し倒す。
とうてい逃げることができなそうな、強い力で。
俺は必死に首を振り、ノーとストップを繰り返す。
しかし、マスターは止まってくれない。
そのまま上からのしかかられ……唇を奪われた。
扉が……開く。
視界が大きく歪み、耳鳴りがした。
体内から封印された悪神の力が漏れ出し、俺の力へと変わり衝動へと変化して行く。
顕・蒼三日月。
そう頭の中で唱える。
右の掌、その上に顕在化した蒼三日月を握りしめ一気にそれをヨークの腹へと突き立てる。
絶叫を上げ、ヨークが口を離す。
「鳳仙華あぁぁぁぁぁ!!」
仰け反った、その鼻先へ爆破の術をお見舞いする。
ヨークの力が緩んだ隙に巨体から逃れ、俺は全力で駆け出した。
騒ぎに寄って来たのかはしる先にリザードマンが現れる。
その頭へ術を浴びせ、手にした蒼三日月で首を跳ね落とす。
体の奥から今までにないくらいの力が湧き出てくる。
リザードマンを斬り殺しながら逃げ、そして気付くと、危険だからと言われた道へと入り込んでいた。
その奥には、石碑が鎮座して居た。
「ハ、ハハハハ……あったよ。
あのクソ野郎、隠してやがったんだ」
俺はそう呟きながら座り込む。
顔は、涙でぐしゃぐしゃになって居た。
何の涙だろう。
マスターに裏切られた事か?
マスターを刺した事か?
それとも、唇を奪われた事?
バカらしい。
帰ろう。
俺は立ち上がり石碑へ歩み寄る。
◆
「マスター!」
地に転がり、血を流す巨体へ駆け寄り声をかけるが反応は無い。
しかし、息はある。
最初の術で気絶したか?
俺は術で長い布を作り出し、彼の腹に巻いて止血をする。
そして、脱力したままの巨体を肩にかけ、引きずりながら運んで行く。
結局彼をこのまま見捨てる事なんて出来なかった。
追って来ない事が気になり引き返して居た。
このまま置いて行けば多分死ぬ。
でも、向こうの世界なら助かるかもしれない。
幸い魔物に襲われる事なく石碑までたどり着いた。
「サンキュー。マスター」
そう、声をかけ、彼を門へと放り投げる。
一瞬青く彼の体が光り、そして呆気なく俺のマスターは消えて行った。
もう、会いたくないと心からそう思う。
もし、再び会う事があったらその時は烈火の如く殺しに来るかも知れない。
しかし……それでも、数日一緒に居た男を、マスターを放り出し、ここで朽ちて行くのだろうと思いながらあちらに戻る事は躊躇われたのだ……。
一体彼はどこへ行ったのだろう。
彼の国に戻ったのか、ひょっとして俺が来る時に使った小部屋か……。
仮にそうだとしたら、すぐ帰るのは少しまずいか。
俺は踵を返し、マスターのホームまで戻る。
まず、服を着よう。
そして、彼が残して行った道具。
使えそうな物は全て貰っていこう。
慰謝料代わりだ。
何せ、純情な男子のファーストキスなのだから……。
いや!
ノーカンだ!
忘れよう。
◆
マスターのホームでマスターの遺品を物色し、取り敢えず使えそうな物は全部いただく事にした。
特に小さなショルダーバックが、見た目に反し中の収納力が凄かった。
おおよそ見た目の体積の三倍ほど詰めても大きさが変わらない。
マスターの術なのか、それとも、何かの素材か。
ともあれ、肉やら木材やらを詰め込み、少し考え、壁に「Feel Mana. Thanks Master」と書き残し、俺は日本へと帰還する。
帰還後のアンケートで次回無料のクーポンは相変わらずだった。
それにしても、たっぷり一週間も行っていたのか。
あと一日帰還が遅れれば、実家へ帰省して居た両親に外泊で文句を言われて居たかも知れない。
危なかった。
後日、調べた事だがマスターの自称して居たデビルドッグはアメリカ海兵隊の事らしい。
……本当かよ!?