目的の為ならば、友をも……
エレベーターの扉が閉まる直前、足早にこちらへ向かってくる知った顔を見つけ『OPEN』ボタンを押す。
滑り込む様に入って来た男。
行き先はおなじ階。
籠の中は俺達二人だけ。
操作盤の前に立つ俺の後ろから男が声をかける。
「お前、待たれてるぞ」
振り返らずに答える。
「お前、食われてるぞ」
Aは最初の犠牲者で、Lはこれから犠牲になる奴。
俄かエージェントのコードネームは、一体何を暗示しているのか。
偶然にも俺と阿佐川は同じタイミングでレアーを訪れた事になる。
「たかが十一人に騒ぎ過ぎだよな」
「たった十一人なのにな」
再びのAの言葉に振り返らずに答える。
「何か考えはあるのか?」
「無い」
おい。
思わず振り返る。
そこにあったのは自信に満ち溢れたAの顔。
まあ、俺も似た様な物か。
エレベーターが22階に到着。
扉の先に腕組みをしたハナが仁王立ちして居た。顎だけで付いて来いと言うハナ。
いつもの会議室へ。
「ポンコツエージェントが雁首揃えて何の用?」
「猿の駆除」「猿の捕獲」
Aと俺がほぼ同時に答える。
「猿、ね」
「G社は今回の件、問題視してないんですか?」
「好ましくは思って無い」
……その程度なのか?
「この一週間で新規の利用者が爆発的に増加した。
その結果、その半数近くが帰ってない」
そっちの方が重大では無いのかと言わんばかりのハナ。
そうなのだ。
たかだか十一人の死に憤り、騒ぎ立てる連中は気付いて居ないのか、見て見ぬふりをしているのか。それと比較にならない程の犠牲者が今もG社によって生み出されている事を。
「だからと言って猿を野放しにして良い訳じゃない」
そうAが返す。
「なら、勝手に殺して来たら良いじゃない」
そう返され、口をへの字にするA。
もうちょっと頑張れよ……。
「猿の顔を世間に見せつけてやりたいじゃないすか。
こいつがあの悪趣味な文章を垂れ流して、世の中を騒がせた奴ですって」
「顔ならもうわかってるわよ」
ハナはそう言って会議室のモニタを点ける。
そこに映るのは見知らぬ若い男。
「天積太郎。三十四歳」
勇み乗り込んだ俺とAはCIAの周到さに呆気に取られ言葉もない。
「G Play登録名、テン。ランキングB。現在、茨城県内のG Play から転移中」
「ちょ、ちょっと待って」
「何?」
「こいつが猿?
そこまでわかってるのか?」
若干Aの声が上擦る。
「更にこいつが今潜んでいるのは砂漠の世界。
砂の中に廃墟と船の残骸、そして空がある。
ウチの調査員が特定した。
それ以降、こちらに戻っていないから、まだそこに居る」
あれ? こいつ、もう詰んでね?
俺らの意気込みを返して欲しい。
「その調査員は、こいつの居場所を特定して、それでどうしたんだ?
何もせずに逃げたのか?」
「そうよ」
「どうして!?」
「面倒臭くなった。
そう言ったそうよ」
そっすか。
「何でそこまで追い詰めて……俺なら!」
Aが歯ぎしりしながら言う。
「俺なら、何だ?」
Aが飲み込んだその先を問う。
「……超バズってるって騙して連れ出した、かな」
一つ大きく息を吐いてから、Aがそう答える。
「おだてるの上手そうだもんな」
その情報を持ち帰った奴の実力も、そして、猿の実力もわからない。
それを踏まえて、それでも殺す、或いはそれに近い言葉を発するようならAとは組めない。
Aの実力も知らないが、予断を基に感情だけで動いて勝てるとも思えない。
そう思ったのだが、どうやら懸念だった様だ。
或いは、俺の言葉で冷静さを取り戻したか。
「G社、或いはレアーも追っている。
ただ、現状これ以上の打つ手は無し。
そう言う事ですか?」
「そうね。
殺さないという選択をするならばそれなりの手練が必要。
それが、実際に見た調査員の意見。
そんな状況、作り出せないでしょ?」
「オペレーション・バティンは!?」
Aがかつての実験の名を口にする。
ハナが俺の方へ視線を向ける。
それを発動する権利は俺が持っているのか。
「出来るなら、やりたいですね」
「そう。
なら交渉しよう。
早々に騒ぎを収めたいのはこちらとしても同じだから。
ただ、それでどうするの?」
目標の顔と居場所はほぼほぼ分かっている。
オペレーション・バティンも利用可能。
その上で俺が出来ること。
「まあ、探しますよ」
「何年かかる?」
「んー……」
目的の世界を求めて転移を繰り返す。
土日休日限定で。
しかも相手は本当は大して会いたくない男。
自然、足は鈍るだろう。
「半年?」
「長い。検討に値しない」
「どういう事だよ?」
そこでAが疑問を口にする。
まあ、尤もだ。
何と説明すべきか。
「オペレーション・バティンと呼ばれた転移実験。
G Playにおける座標を示すアイテムの一つをヨリチカが持っている。
そういう事よ」
あっさりバラされる。
まあ良いけど。
訝しむような顔を俺に向けるA。
「俺に会いたくなったらいつでも来れるぞ」
「忘れた頃に一発ぶん殴りに行くとする」
「何でだよ」
「借りを返しにだよ」
「その時はまた熨斗付けて返却してやんよ」
のすだけに。
「つまり、お前が砂漠世界にたどり着けばこちら側から送り放題な訳か」
「その不確かな時間を待ってくれる人員がどれだけ居ると思ってるのよ」
「どれだけ居るんすかね?」
そんな心あるレアーの調査員は。
「一人しか居ないわよ」
その視線の先はA。
嫌ともいえず、微妙な表情を浮かべるA。
失礼だと思わんのかね?
「……いや、待つよりは、一緒に出口探したほうが早いっしょ?」
そう案内人志望が提案する。
「お前、門見つけるの得意なの?」
「全然」
役立たず!
それじゃ、結局変わらないじゃないか。
「お前、何なら出来るんだよ?」
「しぶとく生き残ること」
「そうかい」
口を滑らせて、自分の力を教えるような事は無いか。
「あ」
居るじゃん。Aより余程案内人向きなのが。
「門の場所が分かるって奴に心当たりがあるんですけど」
「教えろ」
俺の言葉に予想以上に食いつきを見せるハナ。
……そうか。今回の事を抜きにしても、有用な力だよな。
しかし、クラスメイトを巻き込んだもんか……。
「そう言う稀有な力の持ち主は早晩露見する。
ならば早々に引き入れてしまったほうが良い」
逡巡を見せる俺にハナが畳み掛ける。
「その方が、生きる確率も上がる」
「……わかりました」
観念した俺に、ハナがニヤリと笑いかける。
まるで肉食獣の様な笑み。
そう思ったのは俺だけでなかった。
「来い」
ハナが立ち上がり、俺を会議室から連れ出す。
そのまま窓際のミーティングスペースへ。
「で、それは誰?」
ラップトップを開きながら尋ねて来るハナ。
「同じクラスの大里という男です」
「……オオサト……コイツね!
よしよし。
会議室に戻ってて良いわ!」
スマホを取り出すハナ。
会議室へと戻る俺の後ろで早口の英語。
「なあ、教えて良かったのか?」
会議室に戻った俺に掛けてきたAの言葉に首を横に振って答える。
……すまん。
大里に心の中で謝罪を送る。




