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キンキンに冷えた差し入れ

「ただいま」


 家に戻った俺は玄関で見慣れぬ革靴を目にする。

 二足。


「お帰り。お客さん」

「俺に?」


 お玉を片手に母親が現れる。


 鞄を部屋に放り込み、リビングに行くとスーツ姿の男が二人。

 誰だろう。

 ソファに座った彼らの向かいへ腰を下ろす。


「警視庁公安部、たちです」

「同じく、直枝(なおえだ)です」


 彼らは警察手帳を開きながらそう名乗った。

 ああ、そうか。

 以前この家で一瞬会った二人。それがこの二人だ。


「御楯頼知です」


 しかし、警察がやって来る様な心当たりは無い。

 ……公安ということは、ハナ絡みとかか?


鈴木すずき美蛙よあ。ご存知ですよね?」

「え?」


 館と名乗った刑事が丁寧な口調で懐から一枚の写真を取り出す。

 そこには俺をG Playに誘ったミカエルの顔。


「ああ、知ってます」

「最後に会ったのはいつか覚えていますか?」

「去年の夏です」

「その前は?」

「一昨年の夏」

「彼とはどういう経緯で知り合ったのですか?」

「SNSを通じて」

「彼の友達を紹介された事は?」

「無いですね。一対一でしか会ったことは無いです」

「まつろわぬ神とか、アマツミカボシとか、そう言う名前か単語を聞いたことはありますか?」

「……無いと思います」


 暫く考えてから答える。

 彼はどちらかと言うと、天使の名前とかそういう単語を多用していて、日本の神がその口から出たことは俺の記憶の限りでは無い。


「あの、これ何の捜査ですか?」

「それは言えません。

 協力、ありがとうございました」


 俺の質問には答えず、二人は立ち上がる。

 そして、母が玄関まで見送りに出る。





 一体何だったのか……。


 晩飯を食って、部屋で机に向かうが考える事は公安に聞かされた話。


 まつろわぬ神……まるろわざる神……末路はざる……末路は猿。

 まさか、『L待ち』関係の捜査、か?

 天津甕星アマツミカボシ

 それは、まつろわぬ神として、武甕槌命たけみかづちのみことに最後まで抗った邪神。

 そして、金星の神……。


 そう言えば……そんな事をミカエルが言っていたな。

 関係あるのだろうか。


 一応、耳に入れておくか。

 彼らの連絡先……名刺も何ももらって無いな。

 母は知っているだろうか。


 その母は洗い物を済ませ、ビニール袋を片手にどこかへ行こうとしていた。


「何してんの?」

「差し入れ」

「は?」

「さっきの刑事。まだ下で張り込みしてるわ。

 アンタが動くの待ってるんでしょ」


 そりゃ、大変だ。


「じゃ、俺が行くよ。ちょっと話もしたいし」

「あ、そう? じゃこれ渡してきて」


 母からビニール袋を受け取る。

 中を確認して、再び母親に視線を戻す。

 ニヤリと笑うキョウコ。




 マンションの前に路上駐車された黒のプリウス。

 直枝氏の座る運転席の窓を叩く。

 音もなくパワーウインドウが開く。


「何だ?」

「母から差し入れです」

「ああ、すいません」


 舘氏が礼を言い、直枝氏がそれを受け取る。

 ビニールの中から出てきたのは二本の缶ビール。

 二人が同時に顔を顰める様がたまらなく可笑しかった。


「そう言えば、思い出したんですけど」

「……立ち話は交通の邪魔になるので後ろに乗ってください」


 俺は言われた通りに車の後部座席のドアを開け乗り込む。


「飲まないんすか?」


 思ったより小奇麗な車内。

 母の先制攻撃のお陰で気が楽になった俺にはそんな軽口を言う余裕がある。


「勤務が終わったときのお楽しみにしておきます。

 安月給なもんで晩酌代が浮いて助かります」

「安月給なんですか?」

「苦労の割に、はですが。

 まあこのご時世、食っていけるだけでも御の字です」


 俺の問いにちゃんと答えてくれる舘氏。


「これから警察を目指すかも知れない若者の希望を摘むような話は聞きたくなかったっすね」

「ああ、それはしくじりましたね。あこがれは捜査一課でしょうか?」

「いえ。公安八課です」


 俺の返答に、前に座った二人が同時に振り返る。

 眉根に皺を寄せながら。


 警視庁公安部公安八課。

 マガに起因する国内の事件調査及びマガの直接的な排除を担当とする。通称、特別守護隊。

 その特性から人員は御天八門出身の者が多数を占める。

 そこの課長こそ忌々しい御楯響子こと、俺の母…………では無い。


「漫画の読み過ぎか?」


 直枝氏が呆れた様に言う。


「ですかね」


 漫画では無く、世に出てない俺の設定なのだけれど。

 どうして俺はそんな事を口走ったのだろう。


「それで、思い出した事と言うのは何でしたか?」

「鈴木さんなんですが一昨年の春。

 三月の終わりに会った時に、スマホを睨みつけながら吐き捨てていった言葉を思い出しました」

「何と?」

「この、金星野郎が」


 当時の彼の口調を真似て心の底から憎しみを込めて。

 だが、刑事二人の反応は芳しく無い。


「金星とは、どう言う意味があるのですか?」

「正確にはわかりません。

 ですけど、アマツミカボシは金星を表す神です。

 鈴木さんはそいつにしつこく粘着されて居ると、そう言ってました」

「……一昨年の三月ですね」

「はい」

「その後は?」

「それっきりです」

「そうですか。貴重な情報、ありがとうございます」

「いえいえ。

 あの、捜査情報をペラペラと喋る訳は無いと思ってます。

 その上で聞くんですけど、何の罪で逮捕するつもりですか?」


 彼等が追って居るのは『末路は猿』氏だろう。

 あるいは俺もその容疑者なのかな?


「お前も、向こうでおんなじ事をしてるから怖くなったか?」


 直枝氏がルームミラー越しに俺を睨みながら言う。

 安っすい挑発だな。

 ウチの母親の差し入れの方が余程、気が利いている。

 ハナの笑みの方が余程、威圧感がある。


「まあ、仮にそうだとしても証拠も無い。

 もっと言えば、法整備すら追いついて居ない」


 挑発を躱した俺の指摘に、直枝氏は口を噤む。

 プシュっと言う音がした。

 助手席で館氏が缶ビールのフタを開け、喉を鳴らしながら一気に流し込む。


 そして、アルコールの匂いの混じる息を吐きながら言った。


「だからって放っておく訳にはいかんのですよ。

 こんだけ世の中を騒がせたら。

 それにね、証拠は無くともあれは黒でしょうよ」


 俺に言うでも無く、呟く様に彼は言った。


「同感です。

 早く捕まえて下さい。期待してます」


 そう言って俺は車から降り家に戻る。


「ただいま」

「おかえり。何か言ってた?」

「上司っぽい人は美味そうに飲んでたよ」

「へー。意外と骨があるのね」


 母は心底、感心した様に何度も頷いた。

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サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
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