トンネルの中で②
地に転がる亡者。
呻き声を上げるそれの頭を飛ばし息の根を止める。
いや、既に死んでいるだろうから息の根を止めるというのはおかしいか。
……そんな事はどうでも良い。
それよりも、だ。
周囲を見回しながら、状況を整理する。
転がる無数の亡骸。全て亡者の物。倒されてからさほど時間は経っていない様に見える。
その数は……五十近いか。
手練であれば問題はない数だろう。多分俺でも。
奇妙なのはこれに俺が気付かなかったこと。
戦いの音が一切聞こえなかった。
亡者の体はその一部が吹き飛ばされた様に弾け飛んでいる。
押し潰したり、切り刻んだりといった様子は無い。
術、或いは、銃や矢。そして、音を消す力……?
敵と確定したわけでは無いが、相性が悪そうだ。
できれば、刃を交えずに居たい。
どうするかな。
トンネルの天井を見上げる。
進むにせよ、慎重に。
「唱、陸拾漆 鼓ノ禊 火辺知」
壁に足をつけ歩いて登る。
そのまま、天井まで。
重力に逆らい頭を下にして歩いて進む。
視界の下を蠢く亡者を無視し、先へ進む。
やがて、光量が増え、視界が開ける。
駅に出た。
駅の向こう、線路の先から迫る亡者の群れ。
奇妙な踊りを踊っている。遠目にはそう見えた。
だが違った。
撃たれているのだ。音もなく。
一定方向に弾け飛ぶ亡者の体、肉片。
だが、それを為している物の正体は見えない。
弾け飛ぶ亡者の反対方向、射線の元と思われるところに人影一つ無い。
或いは、遠隔攻撃?
天井に身を潜め、その様子を伺う。
できれば、このまま隠れたまま正体を探りたい。
だが、それを許すような世界ではなかった。
微かな振動。
背後から迫る何か。
振り返ると、トンネルの先から迫る光。
規則性のある轟音。
……電車か!?
急ぎ、ホームへと身を躍らせる。
そして、そうしたのは俺だけでは無かった。
片膝を突いた姿勢から顔を上げる。
その先にホームの上に佇む人影。
すっぽりと目深にローブを被り、その奥で三つのガラスレンズが光を反射する。
口元には黒いガスマスク。
両手でガトリングガンを持ち、その銃口は真っ直ぐに俺を射抜く。
その姿が僅かに歪む。
朧兎が、静かに両者の間に。
俺を守る楯として。
鉄と鉄が擦れる急ブレーキの轟音を上げながら、ホームへ電車が飛び込んできた。それも、別方向から二両同時に。
その急制動の勢いは、中に人間が居たら全部先頭車両まで投げ出されて押しつぶされるのでは無いかと思うほど。
向かいに立つガスマスクは、微動だにせず。
誰が運転していたのか定かでない電車に挟まれたホームで対峙する二人。
そして、音を立てて電車の扉が開く。
中から満員電車のように詰め込まれた亡者が一斉にホームへ。
ガスマスクが引き金を引く。
その銃口は俺でなく、亡者に向いた。
俺は左手を手近な扉に向け雪崩出てくる亡者に向け術を放つ。
「発ッ!」
それと同時に地を蹴り、刀を構える。
「線路に逃げる」
マスク越しのくぐもった声。機械的な合成音声の様にも聞こえる声で、ガトリングを撃ちながらガスマスクが提案して来た。
しかし、その線路は二つの電車が完全に塞いでいる。
「どうやって?」
「運転席の窓を押し破る」
なるほど。
しかし、そうやって運転席から線路に降りて安全か?
「轢かれるぞ?」
「先頭車両を爆破すれば動けない筈」
「わかった、それで行こう。
道は開く」
「後ろは受け持つ」
その気になれば俺に向け黙って引き金を引けたはず。
敵の敵は味方。
今はガスマスクを信じよう。
何より自分が生き残るために。
「混沌の主、君臨する者
その全ては戯れ
望みのままに。ただ、望みのままに
唱、弐拾捌 現ノ呪 双式姫」
ホームの上に溢れる亡者共を切り捨て先頭車両を目指す。
見た所皆、スーツ姿だったり、ジーンズにシャツだったり。
つまり、武装した様な奴は居ない。
今、この状況で万が一もう一台電車が突っ込んでこよう物ならば大惨事。
「憎悪、怠惰、即ち影、外道
飲み込み焼き払い
天へ還る
別れ身はそして一つに
唱、陸拾壱 壊ノ祓 狩遊緋翔」
火の術でホーム上に溢れる亡者を一掃。
そして、先頭車両へ飛び込む。
ホームからはみ出して停車した為に運転席のドアは外からは見えない。
中を突き進むしかない。
「零れ落ちる記憶の残滓
遠路の先の写し身
爪を赤く染めよ
唱、弐 壊ノ呪 鳳仙華」
運転席と客室を遮るドアを術で吹き飛ばす。
「零れ落ちる記憶の残滓
遠路の先の写し身
爪を赤く染めよ
唱、弐 壊ノ呪 鳳仙華」
もう一丁。
運転席の窓を吹き飛ばし、中から出てきた運転手のゾンビを切り落とす。
「開けたぞ」
「先に行け」
「了解」
俺は破った前方の窓を飛び越えトンネルへ。
一拍遅れ、黒マスクが飛び降りてくる。
「走れ」
そのまま足を止めずに、トンネルの奥へと走り行く黒マスクを追いかける。
およそ五秒後。
「伏せろ」
そう叫びながら黒マスクが地に身を投げ出す。
慌ててそれに倣う。
直後、轟音とともに俺の上を熱風が通り過ぎていった。
振り返ると、トンネルの奥が真っ赤に燃え上がっていた。
「後続が来る前に進む」
立ち上がった黒マスクは小型のマシンガンを手にしていた。
「……ライチ。そっちは?」
自ら名乗り、相手の名を問う。
名を知っていれば多少は撃ち辛いだろうと言う打算もあった。
まあ、一概にそうとも言えなそうだけれど。
「クドー」
並走する俺にわずかに顔を向けた後に名乗った。
何やて!?
最近ランクBになった奴でインビジブル・ストーカーと言う二つ名を持つ、それと同じ名前を思い出した。
こいつがそうなのだろう。
時折現れる亡者は全てクドーの銃声一つ無いマシンガンの餌食となる。
俺が術を放つよりよっぽど迅速だ。
それっきり二人共無言でトンネル内を走る。
幸いにも後ろから更に電車が来る気配は無かった。
当然、前からも。
そして、そのトンネルは唐突に途切れる。
地面が無くなった。
そうとしか表現できない大穴が口を開けていた。
目を凝らすとトンネルのずっと先にもう一つの駅の明かりが見える。
「あそこに門がある」
黒いグラスの端に手を当て、トンネルの先を向きながらクドーが断言した。
「距離、およそ三百メートル」
「そのスコープで分かるの?」
しかし、俺の問いには無反応。
その三百メートル先の門と我々との間には底の見えない大穴。
比喩ではなく本当に底が見えない。
ひょっとしたら無いのかも知れない。
そう思わせるほどに暗黒な空間。
門へ至る道はたった二つ。
細く伸びた線路の鉄骨。
ざわ。ざわ。
「貴方はそっち」
クドーが線路の上に乗ってもう一本を指差す。
渡る気か? これを?
俺の疑問を他所に、クドーが両手を広げ鉄骨の上、大穴の上へと一歩踏み出す。
そして、下を見て動きを止める。
ゆっくり、ナメクジの様にゆっくりと後ずさりし線路から両足を下ろす。
傍目で分かるくらいに大きな深呼吸を二度、三度。
そして、銃口をこちらに向ける。
「先、行け」
若干、震え声な訳だけど。
「渡れる訳ないだろ」
バカか。
向こうで2,000万やるって言われても無理だよ。こんなの。
「……押すなよ」
そう言って再び線路に乗るクドー。
それは…………いや、ここで押したら流石に笑いも起きない。
俺の見つめる先でクドーは一歩、二歩と牛歩のようにゆっくりと進み、そして、ゆっくりと後退し再び地面に降り立つ。
「……ふざけてるの?」
先程より大きく深呼吸をし終えたクドーに問いかける。
「……渡らないと、帰れない」
「まあ、そりゃそうなんだけど……」
絶対に歩いて渡れる距離じゃないだろう。
「俺を信じて命を預ける気、ある?」
俺の問いかけに腕組みして、しばし考えるクドー。
「……どうするつもりだ?」
「向こうへ、飛ぶ」
何も素直にこんな細い鉄骨を渡る必要など無いのだ。
「分かった。信じよう」
たっぷりと時間を置いてから、クドーはそう答えた。
そうと決まれば。
大穴から少し離れた線路の間に片膝をつき腰を下ろす。
「乗って」
「は? おんぶ?」
「そう」
俺より若干小柄なクドーを運ぶにはこれしか無い。
「……いや」
「嫌なら良いけど?」
「……本当に大丈夫なの?」
多分。
観念した様に俺の背に乗って来るクドー。
そのまま立ち上がる。
……うん。この重さなら走れるな。
「行くぞ」
そう声を掛けてから助走をつけ大穴へ大ジャンプ。
「ひいぃぃぃぃぃぃぁぁぁぁああ」
後ろから悲鳴。
そのまま落下する二人。
「いいいぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあ」
首にしがみつくクドー。
「天翔」
程良く落下した所で宙を蹴り上を目指す。
別にクドーを怖がらせたかった訳では無い。
こうして少し高度を下げないと天井に頭をぶつけるのだから仕方ない。
時間にして一分に満たない空中散歩。
「……死んだ」
四つん這いで俯くクドー。
門はすぐ目の前。
「先、戻るぜ?」
「……どうぞ……どうぞ」
「じゃな。インビジブル・ストーカー」
そう声を掛け、返事を待たずに門に触れる。
撃たれる前に逃げる。
まあ、もう会う事も無いだろう。




