ハッカ飴
「だから、武士じゃねーんだっつーの」
ショニンから届いた荷物。
相変わらず宛名は『黒イ武士君江』。
届けられた籠手は、前と同じ竜鱗の物。
両手揃って居る。
しかし、欲しいのは右手だけ。
伝えるの忘れたな。
ひょっとしたら半額で買えたんじゃ無いか?
まあ、俺の懐が痛んだ訳で無いし、半額だとしても払える額では無かったが。
「ん?」
宛名が書かれた紙の裏に伝言があった。
――受け取ったらアンキラへ
――事前連絡不要
……戻ったらマキマキちゃんに会いに行くか。
そういや狙いの彼氏はその後どうなったんだろう。
「雨乞いは涙となり果たされた
灯火
消えてなお、消えぬ
唱、漆拾参 現ノ呪 神寄
喚、実姫」
「ヴモォ!」
「今日はそっちじゃ無くていいぞ」
「……唵」
命に応じ、牛からガキンチョの姿へ。
割と気の合わない召喚主と式神。
「何用じゃ?」
「これ、やる」
「何じゃ? これ」
実姫にショニンから送られて来たドロップの缶を渡す。
受け取ってから確認する様に実姫がそれを振る。
カンカンと音がして、中に固いものが入っていることを伝える。
「開けてみ。
俺は籠手を着けるから」
新しい防具の具合確かめる間、周囲の警戒を任せる。
「……おお! 飴か!」
中から白い飴玉を取り出し、花が咲いたような笑顔を見せる実姫。
……あ、白?
「それ……」
不味いぞ。と忠告する前に口に放り込み、そして顔を顰める。
「痛ッ!」
思いっきり噴き出したハッカの飴玉が俺のデコに直撃。
「騙しおったな!!」
目に涙を湛える実姫。
俺、全然悪くないのにこの罪悪感は何だ?
「他にも色々入ってるだろ!」
全く。
訝しむ視線を投げつけた実姫は再び缶の中から今度はピンクの飴を取り出し、匂いを確かめる。
「これで不味かったら、主の目ン玉を取り出し喰らうてやるからな」
言葉と共に発された殺気に、俺は身の危険を感じる。
少し躊躇いを見せ、恐る恐る飴を口に入れ、そして、満面の笑み。
……目玉をえぐられる事は無くなったか。
これじゃどっちが主だかわからない。
余計な事しなきゃ良かった。
ため息を吐きながら右手に篭手を嵌め直す。
実姫が飴を食い終わったら戻して出発しよう。
気配を殺しながら、宛名の書かれていた紙を四角に切って形を整える。
◆
まだまだ残暑は厳しい。
学校からの帰路で一度途中下車。
制服で寄ったもんかねと思いはするが一度帰って出直すのも面倒だし、週末はノルマで忙しい。
別にやましい店でないから良い。
そう自分に言い聞かせ、カフェ・アンキラへ。
夏実でも誘えば良かったか。
でも、学校でほっとんど話さないしな。
「「「おかえりなさいませ。ご主人様」」」
ドアベルの音に続き、メイドたちの声。
「最近良くお見えですね」
ミキミキちゃんが席へと案内する傍らそう声を掛けてくる。
「べ、別に、メイドさん達に会いに来てる訳じゃないんだからね!」
「そんな寂しいこと言わないでくださいよぉ」
「そういう訳で、執事長呼んで下さい」
「かしこまりました」
冗談にわざとらしく口を尖らせ、そして恭しく頭を下げるミキミキちゃん。
立ち去った彼女と入れ違いで、お盆を手にしたショニンが現れる。
「旦那様、応接室へどうぞ」
燕尾服に胡散臭い笑顔を貼り付けたショニンに先導され、個室の応接室へ。
ソファに腰を下ろし、レモンティーを一口。
「荷物、どうも。
相変わらず迅速な対応で」
「おまけは気に入ったかい?
あれ、とっておきなんだよ?」
「あれの所為で危うく殺されかけた」
「ふむ。訳が分からないね」
だろうな。
細かい説明はしない。
「それで、何か用が?」
「君、いや、君たち何者だい?」
「ん?」
「君と君のお姉さんだよ」
ハナの事か。
まあ、そんな事だろうと思ったさ。
俺は勿体つけるように深く息を吐く。
そして、用意していた答えを。
「ゾルタクスゼイアン」
「……ゾルタクス、ゼイアン?
何だい? それは」
「これ以上は」
俺は目を伏せ、わざとらしいまでに仰々しく首を横に振る。
信じるか信じないかは、アナタ次第です。
「……現実は相変わらず訳がわからない力ばっかりだ」
「同感です」
「法律の改正案から免許の条項も消されたみたいだし」
「免許制の方が良かったですか?」
「その方が、希少性が増すだろう?」
「客も減るんじゃないですか?」
「その辺は、如何様にも出来る……と思ってたんだけど……」
ショニンが言葉を切り、俺に睨むような探るような視線を投げつける。
「まあ良いや。
また何か必要な物が出来たら来てよ。
用立てるからさ。常識的な値段で」
「ああ、そしたら一つ」
「何かあるのかい?」
「スマホとか、無いすかね?
充電不要で、電波がつながる奴」
「無いね」
即答。
残念。
「商品リストとかは無いんですか?」
むしろ、それを見てから使い方を考えたほうが色々と捗りそうなのだが。
「無いよ。
在庫も不安定だし。
それに、それを見せないのが値を吊り上げるコツでもある」
そう言ってショニンはニヤリとする。
用は済んだだろう。
そろそろ帰ろう。
俺は残っていた紅茶を飲み干す。
コンコンと、密室の扉をノックする音。
「執事長、お客様です」
「今日は忙しいね」
「じゃ、俺はこれで」
立ち上がり、部屋から辞去。




