異世界での出会い③
「Use the Mana. Feel it.」
「イエス。マスター」
マナを感じろ。
マスターヨークの言葉に目を閉じながら返答する。
マナ。
この世界の万物が内包する力。
それは、もちろん俺の中にもある。
いや、あった。
マスターヨークにこうして教えられるまで気付かなかったが。
それは、この世界で活動する源となる力。
大気の中に、或いは、水の中にあまねく存在し体内へ取り込む事で微量ながらも蓄積される。
しかし、それは生命活動を維持する事でほぼ消費されてしまう。
そんな力をより多く体内へと取り込む為にはどうすれば良いか。
奪うのだ。
生命が果てる時、その体内へと蓄積されたマナを放出する。大気へと放出されたマナを真近に居て取り込む。呼吸を通して、或いは、皮膚から。
それが強くなる方法だと、マスターは教えてくれた。
最も、ただ放出されるだけで無く遠く離れていても、例えば矢で射殺した場合などもその恩恵は受けられる様なので我々が未だ知り得ない特性を有しているのだろう。
それは、距離に比例し少なくなる傾向にあるそうだが。
そして、俺はマスターヨークの側で吸収したマナを感じ、新たな力へと昇華させる。
彼は常に安全な戦いを心掛けた。
安全マージンを常に大きく取り、何か気になる様な事があれば傷を負った獲物でさえ見逃した。
何故か、それは俺にはわかり得なかったが。
そうやって、恐らくは三日程彼に付き従いマナを体内へと溜め込む。
ただ、正確な時間がわからないので三日と言うのは憶測でしか無い。
一日目は何も感じられなかった。
二日目にぼんやりと、そして、三日目の今日、俺は体内に宿るマナをそれと実感した。
座禅を組み、目を閉じる。
マスターヨークに言われた訳では無いが、それが一番しっくり来るとそう感じたのだ。
目の前に広がる暗闇。
その中心に立つ自分。
手の中にある、小さな弱々しい光。
これがマナ。
そして、俺の周囲にはいくつもの扉が浮かんでいる。
大きな物もあれば小さな物も。
いくつかは既に扉が開いていた。
その中を歩き、そして、感じ取る。
見えない階段を上った先。
暗闇の天井にある、明かり取りの様な窓。
あれは、稜威乃眼。
そして、その反対。
暗闇の底に有り、強固な術式と札で封印された禍々しい扉。
あれは、邪気眼。
その扉の隙間からこちらを喰らおうと虎視眈々と狙っている者。
この体へと封じ込められた、禍津日。
穢れから生まれた凶神。
そして、周囲に浮かぶ大小様々な扉。
形も大きさも様々。
二重、或いは、三重に作られた、そんな扉もある。
しかし、閉じた扉には皆等しく鍵がかけられている。
この一つひとつが、俺の扱う事の出来る可能性の扉。
六つの系統に分類される裏神道百八の術。
凶事を撃ち汚れを祓う『壊』。
納めた行を持って自らの力を伸ばす『鼓』。
万物を具現化する『現』。
力を閉ざし納める『鎮』。
自他へ癒しを与える『命』。
世の理すら不問とする禁じられた力、『天』。
これらは本来、資質と修行により体得して行く物である。
そして、刄術と言う戦闘技。
これらが、今はまだ使う事は出来ないが、俺の中に眠る力なのだ。
その扉にはかけられた鍵。
この世界では、それをマナによって開く事で初めて使う事が出来るようになる。
扉の大きさも鍵穴の大きさも様々。
より大きな力ほど、より多くのマナが必要になるのだろう。
更に、あらかじめ他の扉を開けないとその奥の扉へたどり着けない。
そんな風に見える。
例えば、壊の術の一つ。
灼熱の鳥を放つ術、赤千鳥。
それを手にする為にはまず、壊の扉を開けねばならない様だ。
しかし、既に開いている扉がある。
鎮の扉。
これは俺が開けた物ではなく、外部から無理やりこじ開けられたのだろう。
俺の中にマガツヒを封ずる為に。
だから、名を与えた三本の剣も俺の体へと取り込まれたのだ。
そして、四本目が成功しなかったのは単に体内のマナが枯渇して居たからに他ならない。
マスターヨークに教わった今だからこそわかるのだが。
更に、命の扉。
これは鍵穴が潰され、扉を開く事が出来ない様に見える。
これも体内へと取り込んだマガツヒの影響に思える。
体内に凶神がいる様な器に、癒しの力など授かり得ないと、そう言う事だろう。
俺はひとつ扉を決め、マナを用いそれを開ける。
壊。
破壊の力。
そして、更にその奥に並ぶ扉の中から比較的小さな扉の前に立つ。
残りのマナでこれが限度だろう。
直感的にそう感じた。
「開け。鳳仙華」
マナが鍵穴に吸い込まれ、その扉が開く。
俺は、術を一つ理解した。
静かに目を開く。
マスターヨークが俺を真剣な眼差しで見ていた。
俺は左手の人差し指と中指の二本を立てそして、五メートル程先の洞窟の岩肌を凝視する。
「零れ落ちる記憶の残滓
遠路の先の写し身
爪を赤く染めよ
唱、弐 壊ノ呪 鳳仙華」
口から紡がれた言霊によって、力が顕在化しそれは俺が凝視する先、洞窟の岩肌へと収束する。
直後、小さな爆発音を上げ土煙が上がる。
俺の放った爆破の術は、岩肌を十センチ近く抉り取った。
出来た……!
アホみたいに口を開けた顔を、マスターに向ける。
腕組みをした彼は非常に満足そうに頷く。
立ち上がり、ハイタッチを交わそうと駆け寄る俺をマスターは熱く抱擁した。
痛いほどに。
サンキュー!
マスター!
ささやかな祝いとして、その日マスターは美味くない肉とお茶を振る舞ってくれた。
そう言えばお茶の原料は何なのだろうかと尋ねたら、洞窟内に自生している苔だと教えてくれた。
笑顔で。
聞かなきゃ良かった。