利用し利用され③
「あれ? 髪切った?」
「うん」
「良いじゃん」
オムライスを運んできたアリスちゃんが、とてもフランクに声を掛けてくる。
一応、ご主人様なのだよ。
その接客はどうなの?
しかし、このラフな感じが逆に人気らしい。一部の人に。
「何か書く?」
「いや、いらない」
単純に腹が減っているのだ。
お絵かきとツーショット撮影のセットを上乗せしてオプション料金を支払うつもりは無い。
そこが無ければ、ただの玉子硬めのオムライス。
フワフワと一線を画す硬派な味。
個人的にはこっちが好み。
ただ、店の雰囲気に合っているかと問われるとどうだろうか?
まあ良いや。
自分でそのオムライスに猫の顔を書いてからスプーンを入れる。
「どこで切ったの?」
「Pieraって店」
「え? マ?」
「マ」
「青山の?」
「青山の」
「似合わねー。逆にキモい」
ひどい言われようだ。
一応、仮にもご主人様なのだが。
「逆にキモいですよ。ご主人様」
なんで言い直すんだよ。
「急に色気づいて、恋人でも出来た?」
「別に。有名なの?」
「知らないで行ったの? 何で?」
「知り合いの紹介」
閉店後に連れて行かれた。
次来るときも閉店後にしてと言われた。
まあ、女性客の中で居心地悪い思いをするより良いのだが。
「意外な知り合い。イケメン?」
「いや、レディース」
「マぁ!?」
いやいやいや。
驚きすぎだ。
女性の知り合いが居て何が悪い。
まあ、他は夏美と風巻さんしか居ないけど。
カランコロンとドアベルが鳴る。
「「「「お帰りなさいませ。お嬢様」」」」
入り口に目を向ける。
その知り合いが現れた様だ。
「アリスちゃん。今来たお嬢様、知り合いなのでここに」
「……マ?」
「マ!
あと執事長も呼んでくれる?」
「かしこまり」
お嬢様と言うには少しトウが立っているなとオムライスを掬いながら思う。
「お待たせ」
「遠路すいません」
「こんな所に入り浸りってアンは怒らないの?」
「いや、入り浸ってません。
それに、夏実の友人も働いてるので問題ないでしょう?」
「そう思うのが男の愚かな所」
「そっすか」
何で飯を食いながらこんな駄目出しをされねばならぬのだろう。
オムライスの上に半分残った猫の顔をスプーンの腹で潰して伸ばす。
その間に片膝をついたミキミキちゃんがハナの注文を復唱する。
そして、注文を持って戻るミキミキちゃんの代わりに薄笑いを貼り付けた執事長金子氏、ショニンがやって来る。
「お呼びでしょうか?」
「まあ、お座りください」
ハナが手で自分の向かいの席を示す。
二人に挟まれる俺。
「失礼します」
ショニンが椅子に腰掛ける。
「それで、ご用件は何でしょう?
メイド達に不手際でも御座いましたでしょうか?」
「いえ。
とても可愛らしいメイドさん達で。
こう言うお店は初めてなのですけど、なるほど男の方が喜ぶのがわかります」
ハナがにこやかに対応する。
「そうですか。
それは何よりのお言葉」
「今日来たのはこの人の商談の件です」
ハナとショニンの視線が俺に。
「そう言う事でしたら別室で」
そう言ってショニンは立ち上がるが、ハナは笑顔を浮かべたまま動こうとせず。
「いいえ。せっかくですからここで。
狭い密室で殿方二人と一緒なんて、とてもとても」
そのわざとらしい言葉を受け、ショニンが小さく息を吐いて座り直す。
「あまり大きな声で言えた商いではないのですけれどね」
「おおよその話は聞いております。
ですので、簡潔に。
彼の要望に対しての金額、全額をお支払いします。
今、ここで」
聞かされて居なかったハナの言葉に思わず顔を上げてそちらを見る。
ショニンの顔にも僅かに驚きの色が見える。
「仮想通貨でよろしくて?」
「え、ええ。もちろん」
「では、送信先のアドレスをお教えいただけますか?」
ハナはスマホを取り出しながら言う。
「……指紋でも、宜しいですか?」
「ええ」
指紋。
つまりショニンの指紋がBitアドレスと紐付けられて居てそれをハナの端末が読み取る事で送金が完了する。
たったそれだけで、二百万が移動する。
ハナが画面をショニンの方に向ける。
そして、そこにショニンは右手の人差し指を乗せる。
「……確かに」
左腕にはめたスマートウォッチをショニンが確認する。
今、二百万の取引が完了した様だ。
マジで!?
「お金で解決するなら簡単ですわよね」
ハナが、妖艶な笑みをショニンに向ける。
……俺は今、とんでもない負債を抱え込んだのでは無いか?
マキマキちゃんがエスプレッソを運んで来てハナの前に静かに置く。
ショニンが腕時計から顔を上げ、怪訝そうな表情をハナに向ける。
「……失礼ですが、お二人はどう言ったご関係で?」
マキマキちゃんに小さく会釈を返すハナ。
そして、ショニンの方へ向き、僅かに胸を張り答える。
「ワイフですわ」
「ええっ!?」
立ち去ろうとしたマキマキちゃんが手に持ったお盆を落としながら盛大に驚きの声を上げる。
「し、失礼しました」
ワイフって……確か……妻。
ゆっくりと頭の中で翻訳が完了。
「違う!」
僅かに引き攣った顔をこちらに向けるショニン。
あんぐりと口を開けながらお盆を拾い上げるマキマキちゃん。
そんな二人に向かって全力で否定する。
「……では、どう言うご関係で?」
「あ、姉です!」
今度は俺に向けられた問い。
真っ白な頭が咄嗟に捻り出した答え。
「……人種、違うよね?」
ヤベェ。
全くもって意味不明な嘘を吐いた。
「フフフフ。
家族の形は様々ですので」
ハナが楽しそうにフォローを入れる。
いや、フォローになってない。
「それは、そうですが……」
「私はこう言う事しか出来ませんが、それで彼の命の助けとなるのでしたら十分です。
この人には、それだけの価値があります」
いやあ……こんな事になるとは。
若干寒気がする。
そして、ショニンとマキマキちゃんの探るような視線が痛い。
「品物は、確かに彼に届けます」
「ええ。是非」
「良い取引が出来ました」
気を取り直しにこやかに言ったショニンに、ハナはエスプレッソを飲みながら静かに返す。
「情報でなく残念。
そう顔に出ていますよ?」
ショニンの口元が僅かに強張る。
「情報をお金に変え、そのお金をあちこちにばら撒いて。
随分と羽振りが良さそうです事」
「一体、何の事でしょうか?」
「あまり大きく動くと、業務上横領や背任の共犯になりますのでお気をつけ下さいな」
ハナがカップを空にして立ち上がる。
「さ、行きましょう。
送るわ」
「あ、はい」
これは、来いと言う事だな。
「じゃ、品物。楽しみにしています」
「ええ。一両日中には送っておきます」
そう答えた執事長の顔には、現れた時の笑顔は無かった。
◆
ハナの運転するテスラが鶴川街道を北上する。
町田のカフェ・アンキラから俺の家の方へ。
「良かったんですか?」
ハナの横顔に問いかける。
「何が?」
ハナに先程までの余所行きの笑顔は無い。
「お金」
こちらに請求が回って来たりしないだろうか。
「良いわよ。別に。私の財布から出て行くわけじゃ無いし」
「そうすか」
「それで生存確率が上がるなら安いもんでしょ?」
安いかな?
まあ、命の値段と考えれば安いか。
「それに、あの男に釘を刺す事も出来たし」
ハナの口元に笑みが浮かぶ。
「最後のですか?
何です? あれ」
「情報を企業に売りつける。
それがあの男の稼ぎ方」
「それがG社として問題だと?」
ハナは首を横に振る。
「別にそれは良いのだけれど。
問題は、企業から多額の金を引き出し、その一部をその企業の関係者にキックバックしている事ね」
そんな事をしてるのか。
バレれば犯罪なのだろうな。
だが、わざわざそれをハナが忠告する必要があるのか?
「ランクS。
こっちで牢屋の中に入れるのは勿体無いと思わない?
さらに、捜査の過程で彼が売った情報、そして企業が持っている情報。
そう言うものを全てこの国の警察がさらって行くの。タダで。
それはちょっと腹が立つわよね。
中には、ウチの調査員が命がけで持ち帰った物もあるでしょうし。
それに、こうして恩を着せておけばいずれ抱き込めるでしょう?」
「なるほど」
レアー側にも色々思惑があって上手く利用された訳か。
「因みに、貴方の働きは高く評価されてるわよ。
今回の出費なんて問題にならない程に」
「そうすか」
「だから、これからもよろしくね。ブラザー」
わざとらしい笑みを向けるハナから目を逸し、窓の外を眺める。
そう言えば、もうすぐ契約更新。
結局、俺はあの世界へ行き続けるのだろう。
多分、死ぬまで。
流れる景色を見ながらそんな風に思う。




