利用し利用され②
「はい。目を通して」
レアーの会議室。
向かい合うハナから差し出された一枚の紙。
目を落とし、そこに印字された文章を斜め読みする。
――未知世界渡航に関する特別措置法の一部を改正する法律案
冒頭にそう書かれていた。
そして、その下は黒塗り。
要は、俺には見せる必要のない部分なのだろう。
唯一読める部分。
――(免許)
―― 次の各号のいずれかに該当する者には、免許を与えないことがある。
―― 一 十八歳未満の者
―― 二 心身の障害により未知世界での活動を適正に行うことができない者
―― 三 麻薬、大麻又はあへんの中毒者
―― 四 罰金以上の刑に処せられた者
―― 五 前号に該当する者を除くほか、未知世界渡航に関し犯罪又は不正の行為があった者
―― 六 前号に該当する者を除くほか、未知世界渡航に関し事業者より不適格と判断された者
G Playに関する法案。
「俺、資格無いんすかね」
これを読む限り、いきなり年齢で免許取得資格が無いことになってしまう。
「そうなる可能性もある。
当事者として忌憚のない意見を聞かせてほしいわ。
ひょっとしたらオマエの一声ですべてが変わるかも知れないわよ?」
ハナが、笑みを浮かべながら言う。
そんな訳あるかよ。
そう思いながら、この資格について考えを述べる。
「年齢条件は、要らない。
もしくは、もう少し下げても良いのでは?」
「なぜ?」
ハナの問いに俺は以前調べた統計データを思い出しながら考えを述べる。
「いま、G Play全体で18才未満は一割に満たないと思います」
「ああ」
「でも、生還率は九割近い」
「確かに。
何故だと思う?」
「……あの世界と親和性が高い。
そして、行動原理が帰還だからではないかと」
言葉を選び、そう言ったが要は中二病だけど帰って安全で便利な現代生活を享受したい。
そう言う事だろう。
俺がそうだし。
「仮に下げるならどの辺?」
「十……四ですかね」
中二。
根拠は無い。
まあ、その辺で良いんじゃないか。
ハナが曖昧に頷く。
「それと、二つ目。
『心身の障害により未知世界での活動を適正に行うことができない者』。
これって、こちらで障害があっても向こうで影響あるとは断言出来ないですよね?」
「そうだな。
こちらで不自由だった四肢が全く問題無く動いた。
そう言う報告もある」
「一概にどうとは言えないですよね。
三つ目は、そちらが情報持ってそうなので特には言及しません。
四つ目はその方が向こうは平和なのでこれもこのままでも良いと思います。
いや……」
ここで少し考える。
犯罪歴の有無は向こうで意味を成すか?
……無意味な気がする。
例えこちらでの犯罪歴が無くとも向こうで品行方正で居られる保証は無い。
そうなると、それは羊の皮を被った狼の様な物か?
ならば初めから皆狼なのだと、そう覚悟しておいた方が良いのかもしれない。
「うーん、これ、難しいですね。
個人的には、あって良いと思うんですけど、これは即ち優等生のレッテルを被せる事になる。
それは、悪意を隠すのに利用できる」
そこで一度言葉を切る。
俺の言わんとしている事はハナに伝わっただろうか。
しかし、ハナの顔からそれは窺い知れない。
「五、六はちょっと曖昧ですけど、そう言うもんなんでしょう」
そこで、一度言葉を区切り、書類からハナへ視線を移す。
「結局向こうでの適正なんて、行って活動してみないとわからない。
なら、免許自体に意味はあるのかってのが正直な感想です」
「わかった。
貴重な意見をありがとう」
「どういたしまして」
特異な意見を言ったつもりはない。
多分、A辺りにも同じ事を聞いていて、同じ様な事を答えているだろう。
「ああ、因みに」
ハナがニヤリとする。
「仮にこの様な法令が発令されたとしても、ここは米国なので適用されない。
つまり、オマエは免許なんか関係なくここでノルマをこなせる訳ね」
「……ありがたくて涙が出ます」
……結局ハナが言いたかったのは、これでは無いだろうか?
俺は、この組織にいい様に使われている駒だと言う事。
まあ良い。
俺は俺で最大限利用してやれば良いのだから。
「この人、調べてもらえませんか?」
「……ん?」
ショニンの名刺を取り出し渡す。
「何で?」
「向こうで物を売ってる。
対価は金か情報だそうで」
「預かる。
欲しい物が?」
「ええ。
大分ふっかけられました」
とはいえ、命には変えられない。
「幾ら?」
「二万」
「何処の通貨で?」
やはりバレた!
レアーが出してくれるかもと期待してミスリードを仕掛けたのだが、流石にハナの方が一枚上手。
「……ドル」
正直に答える。
ハナは僅かに口角を上げる。
「許可するまで金も情報も流さない様に」
「了解」
話は終わりかな。
今日はこのまま帰ろう。
そう思い立ち上がる。
「ああ、そうだ。髪切るなら良いサロン紹介するわよ?」
そう言って、今日一の笑顔を俺に向けるハナ。
……こうやって、さりげない一言で俺にダメージを与えるのだ。
ハナに対し髪を切りたいなんて一言も言ってない。
ただ、近所の美容室を検索してみただけなのだ。自分のスマホで。
結局、この後に行われた秋の臨時国会で改正案は審議不十分として可決されなかった。
当の国会はそれどころで無い騒ぎに見舞われていたからである。




