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花火と浴衣と夏実②

 調布花火大会。

 打ち上げ会場は多摩川の北側。

 そこへの最寄りの駅は京王線。

 ただし、多摩川の南側に住む俺達の利用する小田急線とは接続箇所が少ない。

 なので川を挟んだ南側から見ようと事前に決めてあった。

 会場で流される音楽が聞こえないと言う事を除けば、川の向こうよりは人出が少なく、それでいて花火はよく見える。

 小田急線の登戸でJRに乗り換え、少し上流へ。

 そう言う計画であった。


「結構、混んでるな」


 しかし、それでも当然普段とは比べ物にならない満員に近い電車。


「そうね」


 自然、夏実と体が近づく。

 揺れる電車。

 必死に吊革に掴まり、体を踏ん張る。

 ……少しくらい、体が触れるのは仕方ないか?


 ――痴漢冤罪をでっち上げられるわよ。


 突然、ハナの忠告が蘇る。

 目の前の夏実が、そんな事をする訳は無いのだけれどチラリとで下心を疑われるのは……嫌だな。


 電車の揺れに逆らう様に体は不動を貫く。


 そんな時間を十分程。


 乗り換えと風巻さんを待つ為に電車を降りる。


「さて、どこで待とうか」


 ハンバーガーショップにでも入るか、ファミレスのドリンクバーで時間を潰すか。


「ちょっと歩かない?

 川の方まで」

「良いけど」


 まあ、さっきコーヒーショップから出たばかり。

 後でトイレに行きたくなってもそこは河原だし。

 その辺で済まさざるをえない異世界とは違うからな。そんなに水分ばかり摂っても益は無い。


 もうすぐ五時。

 打ち上げは七時から。


 俺達は、川の方へと歩き出す。

 詳しい道は知らないけれど、北上すればすぐに土手に出るだろう。


「……ごめん。ちょっと、ゆっくり歩ける?」


 後ろから、夏実がそう言う。


「ん?」


 そんなに早く歩いたつもりは無いのだけれど。

 振り返ると、僅かに脇腹を押さえる夏実。

 ああ、そうか。

 術後だった。


「ごめん。気づかなかった……戻る?」


 辛いなら歩かない方が良いのでは?


「ううん。そこまでしんどい訳じゃ無いから。

 でも、ちょっとだけ、ゆっくりでお願い」

「ああ」


 歩幅を狭め、彼女と並んで歩く。

 土手沿いの道を登り、川に架かる橋の近くで一度腰を下ろす。


 夏実が少し辛そうに顔を歪める。


「大丈夫?」

「……下駄なんか履くんじゃ無かった 」


 二人が座れる小さなレジャーシートの上に腰を下ろした夏実が、足を投げ出しながら言った。


 ああ、靴擦れか。


「絆創膏か何か買ってこようか?」

「大丈夫。

 御楯に貰ったサンダルと同じ様に履いたのがいけなかったみたい」


 向こうであげたワラーチの事だろう。


「少し休んだら戻ろう」

「良いよ。無理しなくて。

 ここからでも見えるだろうし」


 少し遠いけれど、打ち上げ会場との間に遮蔽物は無いのだから。


 流石に川の風は涼しいな。


「御楯はずっと向こう行ってたの?」

「そうだね」

「仕事?」

「……趣味、かな」


 今月の分はレアーのノルマと関係無い。

 レポートも上げない。

 まあ、レアーでのノルマも別に仕事のつもりは無いのだけれど。

 また来週からはそれをこなさねばならない。


「面白い事あった? 何か」

「八岐大蛇がいたよ」

「え!? マジで?」

「そう! すげーデカかった」

「どうしたの?」

「超逃げた」

「ダッサー」


 夏実が声を上げ笑う。


「いやいやいや。

 あれは無理だって」


 俺もそう、笑い返す。


「蝉は?」

「居なくなったな」

「そっか」

「また行くの?」

「どうしよっかな。

 まあ、こっちで体調が万全になるまでは無理しない。

 御楯に心配かけたく無いし、ね」

「ん?」

「あー、でも次は私が助けに行く番かな」

「え?

 夏実さんが?」


 何それ。

 どうやって来るの?


「何、その嫌そうな顔」

「いや……」


 嫌では無いけど俺にもペースと言うものがだな。


「あ、ちょっと待って」


 夏実が手にしたスマホが震える。


「はい。

 え!?

 マジで!?

 ……いや……うん、まあ。

 いや、それは良いんだけど……大丈夫なの?

 うん。

 うん。

 わかった。

 後でちゃんと報告してね。

 じゃー。

 はーい……。


 リンコ、来ないって」


 通話を切り、俺を見て言った。


「え?」


 来ない?


「何で?」

「気になる人に誘われたって」

「……は?」


 え。

 何その恋する乙女見たいな展開。

 いや、恋する乙女なのか?

 この前! 俺と二人でプール行ってたのに!


「まあ、そうなるかもとは言ってたんだけど」

「え、知ってたの?」

「断わられたら、もしくは言えなかったらこっち来るって話だったのよ。

 私は、こっちに来ると思ってたんだけどな……」


 夏実が遠くを見ながら言う。

 そして、俺の方へと視線を戻す。


「……どうする? 帰る?」

「えっと……」


 問われ固まる。

 いきなり二人になった。

 いや、今まで二人だったのだけれど。

 このまま二人である事が確定した。


「取り敢えず、何か飲み物でも買ってこようかな」

「じゃ、私ここで待ってる。

 私の分もお願いして良い?」

「ああ」


 逃げるように立ち上がり、近くのコンビニへ。


 打ち上げまであと一時間を切った。

 コンビニで自分と夏実の飲み物を買う。

 スマホが震えた。


 ────────────────


 やきりんご>ごめんねー

 やきりんご>アンコの事、ヨロシク!

 やきりんご>ガンバレ!


 ────────────────


 ……いやいやいや。

 頑張れって。


 あれか!?

 失恋した女の子を優しく慰めて…………そんな器用な芸当出来る訳無いだろうが。


 既読にだけして、返信は後回し。

 河原で待つ夏実の元へ。


「はい」


 ペットボトルを渡す。


「あざー」

「このままここで見ようか」

「良いの?」

「夏実さんが良ければ」


 小さく頷く夏実。


 ひとまずその横へ腰を下ろす。


 しかし、失恋やら誘われたやら。

 青春を満喫してるな。

 みんな。


 鉄橋を渡る電車の音、車の音、通行人の喧騒。

 そんな音の中、言葉もなく二人の時間は過ぎて行く。


 日が沈み、急に暗く。


 そろそろ打ち上げの時間。


 川の上に大きな光の輪が開く。

 周囲から歓声。

 少し遅れて花火の音が届く。


 次々と、夜空に光の花が咲いては消え行く。


「綺麗」

「うん」


 暗がりの中、花火が彼女の横顔を照らす。

 青に。緑に。黄色に。赤に。

 血まみれになった彼女の顔をぼんやりと思い出す。

 そして三人で見た花火。

 打ち上がる花火と湖面に浮かぶ真っ赤な鳥居。

 ……今年で見納めだと呟いた風果の言葉の真意は結局わからなかったな。


「助けには、来なくていいよ」

「ん?」


 こちらを見た夏実から目をそらし、花火の方へ視線を向ける。


「俺の事に、夏実さんが巻き込まれる必要なんてない」

「……それは、お互い様じゃない?」


 彼女の声に、やや怒気が混ざる。

 怒らせるために言っているのでは無いのだけれど、やっぱり伝わらないか。


「俺が帰らないより、夏実さんが戻らない方が悲しむ人が多い」

「そんな事……」

「俺も、悲しいと思う。そうなったら」


 彼女の言葉を遮り、言い切る。


「……御楯を助けるって話だよね?」

「そう」

「おかしくない?」

「おかしくない」


 続けざまに上がっていた花火が、一瞬途切れる。

 そして、盛大に。

 まるで昼の様に空を明るく染める程の光。

 フィナーレだ。


 やがてそれは余韻も残さずに終わる。

 反動で、夜の暗さが一層際立つ。


「助けて、一緒に帰る。

 それが、正しい物語じゃない?」

「正しい物語の主役。

 俺、そんな柄じゃないからなぁ……」

「……主役は、私よ。だから、助ける助けないは、私が決める」


 夏実は、そう断言した。

 そう。

 彼女にとって、俺は脇役で、物語の途中で居なくなっても構わない。そんな存在。

 それが、正しい物語なのだ。


「帰ろう」


 立ち上がり、彼女にそう声をかけ、裸足のシンデレラの足元に下駄を揃え肩を貸す。


「歩ける?」

「うん」


 来たときよりも、幾分夏実の歩みを気にしながらその横をゆっくりと歩く。

 そして、来たときよりも混雑する電車。

 不可抗力で体を寄せ合った夏実の頭を見下ろしながら、自分の設定に彼女を巻き込む訳には行かないよなとそう思う。

 書かれた死の設定がそのまま再現されるとは思っていない。

 だが、その可能性を完全に否定出来ないのもまた事実。

 あの世界は何が起こるのかわからないのだから。


 分かっていることは、ノートに書かれた設定だけ。

 御紘みつなの長子がその最期に関わりがあるということ。


 つまり、そう言う奴が現れたら要注意と言う訳だ。


 まさかな、いやしかし。

 俺の心は揺れる。

 電車と共に。

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サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
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