花火と浴衣と夏実①
机に向かい、ノートを広げる。
黒歴史。
そう思っていた俺の設定帳。
稜威乃眼、禍津日、そして術。
双眸のイラスト。向かって左の瞳が赤い。爪の刀に写り込んだそれと同じく。
俺に関わる事は、ここに書かれた情報、そのままに。
御楯風果。
実在しない妹は、ここに書かれたバックボーンをそのまま背負っている様に見えた。
そして、彼女を一目見た時に、そうなのだと理解した。
まあ、性格までは書き込まれてないのだが。
そして、直毘の一族。
御天宗家と七つの庶家。
御剣、御珠、御鏡の御三家。
御舟、御紘、御槌、最後に御楯。
ページを捲る。
「いや……まさかなぁ」
そう、呟きながらノートを閉じる。
ノートに書かれた最後の設定。
それは、俺の『死』。
「デ○ノートじゃあるまいし」
あんまり真剣に読み込むと背中がむず痒くなってくる。
机にそのノートを仕舞い込み、冷蔵庫へ。
麦茶を飲んで時計を見る。
そろそろ出かけるか。
◆
待ち合わせの駅前。
日差しを避け、夏実と風巻さんを待つ。
八月、最後の土曜日。
何時もより、人出のある駅前。浴衣姿の男女が目に付く。
皆、行き先は同じだろう。
多摩川で打ち上げられる調布の花火大会。
終わりゆく夏。
その最後の思い出作り……。
手をつなぐ浴衣姿のカップルを見ながらそんな事を考える。
まあ、俺は幼馴染女子二人の後を付いていくだけだろうが。
「おまたせ」
夏美の声に、スマホから目を上げる。
そして、固まる。
「……変?」
浴衣姿の夏実が少し恥ずかしそうに自分の髪をつまむ。
セミロングの金髪をバッサリと切った、ショートボブの黒髪少女。
一拍、いや、二拍程遅れ、ゆっくりと首を横に振る。
三週間ぶりに会った夏実は、清純派美少女へと様変わりしていた。
「……失恋でもした?」
「まあ、そんなもん」
デリカシーのない俺の問いに、夏実は少し笑みを浮かべながら答える。
あれ?
何だろう。
可愛いぞ。
浴衣の所為か?
それとも髪型の所為か?
薄化粧の所為か?
誰かに似てる?
「リンコ、連絡あった?」
「まだ」
「そっか」
そう言いながら夏実は一度自分のスマホを確認する。
三人のグループトークは、数時間前から彼女が見た形跡は無かった。
「どっか入って待ってようか」
「う、うん」
ひとまず場所を移し、近場のスタバへ。
あれ?
なんか、デートみたいじゃね?
「どうしたんだろ? バイト終わんないのかな」
フラペチーノに刺さったストローに口をつけながら夏実がスマホの画面を睨む。
しかし、変わったなぁ。
週明け、休み明けの教室がざわつくぞ。きっと。
失恋かぁ。
相手はどんな男だろう。
この夏実を振るなんて随分と良い身分だな。
「……体調、どう?」
「うーん、何かちょっと違和感がある」
脇腹に手を当てながら夏実が答える。
まあ、体にメスを入れたわけだからな。
愚問だったか。
「ねえ!
これ、向こうに行って治したり出来ないのかな?」
「どうだろう?」
こっちの怪我、傷を向こうで……。
試した事は無いけれど。
「無茶はしないほうが良いよ」
「だよね。
そう言うと思った」
そう言いながら夏実は笑う。
「御楯は……」
言いかけた所で彼女のスマホが震える。
「リンコだ」
そう、俺に断りを入れてから電話に出る夏実。
「はい。
うん。
……そうなの?
うん。
あ、了解。
うん。ちょっと相談する。
うん。
うん。決まったら連絡するねー。
……ちょっと遅れるから、先行ってって」
通話を切り、俺を見ながら夏実がそう言った。
「遅れるって、どれくらい?」
「それも、まだはっきりしないんだって」
「そうなのか」
バイトかな。
大変だな。
「で、どうする?
もう暫くここで待っても良いんだけど、あんまり遅くなると人増えるじゃん?
先に場所取りしてる?」
「それでも良いけど……。
ただ混雑すると電話繋がらなくなるかも知れないよな。
合流出来るかな」
「そしたら、登戸まで行っちゃおうか」
「そうするか」
一人遅れた待ち人を待たず、俺達は二人電車に乗って移動する事に。
現実の調布花火大会は秋開催になりましたが、
夏の開催に戻った世界設定です。
夏の風物詩ということで。




