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直毘・御楯風果③

「抱きすくめ逃る

 足音は忘却を奏で

 慈しみは月より溢れる

 唱、参拾陸(さんじゅうろく) 壊ノ祓(かいのはらい) 津見綿つみわたり


 風果の声とともに現れた術が、一直線に鬼の群れを引き裂いていく。

 海が割れるように開けた、その敵の隙間へ身を躍らせていく彼女を横目にこちらも術を。


「伸びよ。満ちよ

 それは森の王の寵愛の如く

 穴を穿ち、餌と成せ

 唱、弐拾壱(にじゅういち) 壊ノ祓(かいのはらい) 骨千本槍」


 周りから群がり押し寄せる鬼どもをまとめて下から串刺しに。


 背後。

 風果のいる方向から、地鳴りと共に異様な気配を感じ取る。

 懐から紙片を。


「雨乞いは涙となり果たされた

 灯火

 消えてなお、消えぬ

 唱、漆拾参(しちじゅうさん) 現ノ呪(うつつのまじない) 神寄(しき)

 喚、実姫みのりひめ


 召喚によって現れた彼女は人の姿。


「あちらの手助けを。

 好きに暴れて来い」

「相分かった。

 主も、心せよ」


 それだけ言い残し、実姫は小柄な体で骨槍の隙間をすり抜けるように走り去った。


 俺は地鳴りから一拍置いて現れた気配の方へと刀を向ける。

 突風に鬼の亡骸とそれを串刺しにしていた骨の欠片が飛び散る。


 現れる影。

 身の丈、三メートル程の巨体。

 肩に金棒を担ぐ、白髪で醜悪な顔を持つ鬼。左腕の先が欠けている。

 それがこちらを見下ろしながら、悠然と口を開ける。


「我、茨木童子也」


 ……史に名の有るマガ

 大物だな。


「陰陽師か」


 そいつがつまらなそうに言う。


いな

 直毘なおび、御楯頼知。

 ……参る!」


 名乗りを上げ、地を蹴った俺に間合いの外から茨木童子が金棒を振り回す。

 それが、突風となり俺を吹き飛ばさんと向かい来る。

 飛び来る石礫と骨の欠片を避けながら、相手の隙を探る。

 再度、突風。

 吹き飛ばされんと踏ん張る俺に風を追いかけ迫る茨木童子。

 頭上から振り下ろされた金棒を刀で受け流す。

 人刃一体となった身。脳天から痛みに似た衝撃が走り抜ける。

 続け様に振るわれる左腕。

 辛うじて後ろへ。

 そこで待ち構える様に横払いにされた金棒の餌食に成る。

 体が浮き、数メートル吹き飛ばされる。

 地に転がった俺に群がる取り巻きの鬼共。

 金棒の直撃を受けた胴は、だが、竜鱗の鎧で守られ大したダメージにはなっていない。

 刀を振り回し、鬼共を蹴散らしながら体勢を立て直す。

 血を吸った刀が、首凪姫が、もっとと囁く。


 大きく一歩下がり、敵から距離を置く。


 整息。


 負けるな。

 鬼にも、刀にも。

 気を静め、刀を正眼に構える。



 ◆


 茨木童子が振り回した左手が、俺の鼻先を掠める。

 そのまま前に出て懐へと潜り込む。

 脇腹を一閃。

 たたらを踏むように下がった茨木童子は、しかし、踏ん張り金棒を振り上げ、俺の真上へ。

 それに、静かに刀を合わせる様に振るう。

 斬鉄。

 傷を負い、力の乗り切らない金棒の一撃は蒼三日月の刃で根本から斬り落とされた。

 跳躍して、続けざまにその刃を驚愕に歪んだ茨木童子の顔へ。

 額を真っ二つに。

 そして、返す刀をその首へ。

 着地し、懐へ。

 パックリと口を開けた喉笛を右手で抑えながら天を仰ぐ鬼の胸部の中心へ刃を深々と突き立てる。


 刀を引きながら、大きく後ろに下がる。

 倒れ込む巨体の下敷きになる前に。


 ……終わったな。


 流れる魔力マナを感じながら、地に転がる鬼の首を刎ねる。


 蒼三日月を体に納め、周囲に目を。

 取り巻きは茨木童子と戦いながら葬った。

 近くに敵の姿は無い。


 しかし、戦いの音は聞こえる。

 風果と実姫だ。


 烏墨丸を抜き、急ぎそちらへ。

 こちらに茨木童子が居たということは向こうにも同等か、それ以上。


 一体だけ、思い当たる存在が居る。

 酒呑童子。

 史上、最も有名と言っても過言ではない鬼、マガ



 髪を振り乱し大太刀を振るう巨体。

 それを翻弄するように避ける風果。

 やや離れた所から隙を伺う牛鬼、実姫。


 気配を隠匿しながら三者の戦いを見つめる。

 大きさは茨木童子よりは小さい。

 実姫と同等ぐらいか。

 ただ、その速さも威圧感も茨木童子より数段上。


 加勢するべきだが、迂闊に入ると二人の気を削ぐ事になりかねない。


 術を手に仕込み慎重に間合いを詰める。


 風果が術を放つ。

 それを受け、尚平然と立つ鬼。

 そこへ飛び込む実姫。

 間合いを詰め横薙ぎに剣鉈を振るう。

 しかし、その一撃は弾き返される。

 鬼が返す刀を上段から振り下ろす。

 実姫の剣鉈がそれを受け止め鍔迫り合いに。


 ……ここだ。


「縮め!」

オン


 俺の命を瞬時に理解した実姫がその身を子供の姿へ。

 突然、目の前の敵が消え去りたたらを踏む鬼。

 剣鉈を放り投げ横っ飛びで避ける実姫。


「零れ落ちる記憶の残滓

 遠路の先の写し身

 爪を赤く染めよ

 唱、() 壊ノ呪(かいのまじない) 鳳仙華(ほうせんか)


 鬼の鼻先に向け、術を放ちながら走る。

 刀を手に鬼へ向かい。

 目の前で炸裂した術を意にも介さず鬼の目が俺を睨みつける。

 間合いに飛び込んで来る俺を待ち受ける様に刀を振りかぶる。


「発ッ!」


 予め左手に仕込んでおいた術、縛鎖連綿を放つ。

 地から黒い鎖が伸び、鬼の巨体を拘束する。

 俺の刃がその体を貫く前に、背後から風果の鎌がその首を刎ね飛ばした。


 地に崩れ落ちた鬼の骸。

 それを見下しながら笑みを浮かべる風果。


 俺は身を投げ出しながら目一杯手を伸ばし、その風果を突き飛ばす。

 妹が目を見開く。

 直後、首だけになった鬼が風果の居たまさにその空間に突き出された俺の右腕に噛み付いた。


 鈍い音。

 直後に激痛。


 右腕が噛みちぎられるその前に、実姫が振り下ろした剣鉈が鬼の頭を二つに割りながら俺の腕から剥ぎ取る。


「お兄様!」


 顔面蒼白の風果。

 ……手は繋がって居る。

 辛うじて。

 代わりに、竜鱗の籠手は使い物にならなそうだが。

 同じ素材の胴当ては、金棒の一撃を受け止めたのだが。

 それ以上の怪力だったと言う訳だ。

 首だけになってもなお。


 だが、それもなんとか退治した。


「黒猫 添いて歩き

 落ちて戻る

 思いは血を越え飛び行く

 唱、伍拾伍(ごじゅうご) 命ノ祝(めいのはふり) 赤根点(あかねさし)


 すぐさま風果が右手を癒す。


「気を抜くからじゃ」


 実姫がもう一度、鬼の頭へ剣鉈を振り下ろしてから俺を見て言う。

 いや、気を抜いたの俺じゃ無いんだけど。


「痛みますか?」

「いや。大丈夫」


 手首を回しながら確認。

 痛みは無い。

 だが、籠手はもう使い物にならないだろう。


「酒呑童子か?」

「ええ。そう名乗っておられましたわ」

「大物だな。

 瘴気の主はこいつか」


 籠手を外し、手を何度か握りながら辺りを見渡す。

 敵は倒した筈。

 だが、瘴気が晴れる気配は無い。


 酒呑童子の持って居た大太刀を実姫が拾い上げ、確かめる様に二度、三度と振るう。


「気に入ったのか?」

「……違う」


 俺の問いに首を横に振る実姫。

 自分の身長より長い刀。

 だが、実姫のお眼鏡には適わなかった様だ。


「ならば私が」


 なら、俺が。

 そう言う前に、風果に奪われる。

 いや、二人の敵だったのだから奪われると言うのは違うか。


「そんな長い刀、鞘から抜くだけで一苦労じゃないか?」

「使い物になる様であれば、封納(ほうのう)しますわ」


 実姫から受け取った刀を立て、検分しながら風果が答える。

 ちっ。

 諦めないか。

 刀の振り心地を確かめる風果を見ながら、その場へと腰を下ろす。

 横で実姫が刀の代わりに風果から受け取った飴を頬張る。

 完全に餌付けされたな。


 使い物にならなくなった篭手を荷物袋に仕舞い込む。

 同じものをショニンの用意してもらう事は可能だろうか。

 大分、吹っ掛けられそうだな……。


 ……今度、連絡を取ろう。

 篭手のついでに飴玉でも無いか聞いてみようか。


 風果が刀を鞘に収め、自分の身長よりも大きなそれを肩に担ぐ。


「行くか」


 立ち上がり声をかける。

 頷く風果。

 瘴気は依然として晴れない。

 まだ、何か有るのだろう。




 廻りを警戒しながら歩みを進める。



 ッ!


 俺と風果がそれに気付いたのはほぼ同時だった。

 警戒を緩めたつもりは無かった。

 だが、天井が見えなくなるほどに立ち込める瘴気に感覚が麻痺しかけて居たのかもしれない。

 なだらかな上り道に、それが山であることに気づかないように。


 それは、突然俺達の前に姿を現した。


 鎌首をもたげる、山。

 そう、山の様に大きな……蛇……瘴気の中、赤い目が光を帯びる。

 それが、幾つも。


「「し縛る者

 連なるは人為らざる者の声

 縄と成りて足手を縛る

 唱、弐拾玖(にじゅうく) 鎮ノ祓(しずめのはらい) 縛鎖連綿(ばくされんめん)」」


 二人、同時に術を放つ。

 示し合わせた訳ではない。

 反射的に、そうしたのだ。


「退くぞ」「退きます」


 そして、また、同時に声を上げる。


「還」


 実姫を戻し、ふわりと舞った紙片を手早く掴み走り出す。

 門へと。


 幸いにも、追ってくる気配は無かった。


 ◆


「……八岐大蛇」


 息もつかせず全力で遁走し、門の手前で二人へたり込む。

 そして、風果がその名を口にする。


 神代より伝わる荒ぶる神。

 とんでもない大物が潜んでいた。

 今の俺達二人でどうこうできるような代物では無い。


「……次は、酒を持ってこないとな」


 神話になぞらえ、そう口にするが再び相見えるつもりなど毛頭なかった。

 害を為さぬならば放っておけばいい。

 触らぬ神に祟りなし。


「それならば、お兄様お一人で行ってくださいな。

 お化粧はして差し上げますから。

 死化粧になっても良いように、美しく仕上げて差し上げますわ」

「櫛になって付いて来ればいい」

「……本気でおっしゃってます?

 その役目を私に?」


 女装し奴に近づいた須佐能神に擬えられたので、櫛名田姫に見立て返したのだが、そうか、二人はそののち夫婦と成るのか。

 首を横に振る。

 こんな冗談をプロポーズに取られてたまるか。


「では、誰がその……」


 そこまで言って、風果が俺を見て口を噤む。


「何でもありません。

 これ以上の長居は無用の様ですわね」

「そうだな」

「これは、お兄様へ」


 そう言って差し出された小さな木片。

 『三』の文字が彫られた御識札。

 俺が持っていた『二』は風果自身が預かると言うことだろう。


「封はしないでくださいな。

 大丈夫です。

 用があるときしか現れませんので」


 笑みを浮かべながらそう言い残し、一礼して彼女は消えて行った。


「どうだか……」


 ひとまずそれをそのまま荷物の中へと放り込み、俺も門へと触れる。

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