表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/308

直毘・御楯風果②

 湯を沸かし、コーヒーを淹れる。

 本当のコーヒー豆なのかは定かで無いが、それっぽい香りと味はする。

 砂糖とミルクは無い。


「ほら」


 琥珀色の液体の入ったコップを風果に差し出す。


「ありがとうございます。お兄様」


 いつの間にか地面の上に敷いた布の上に腰を下ろした風果が笑顔でそれを受け取る。


「ですが、折角のご招待なのに随分と殺風景なところですわね」

「百鬼の巣窟よりはマシだろ」

「それもそうですわね。

 今日はお一人ですか? 夏実さんは?」

「来れる訳が無い」


 そんな事、確認しなくても分かりそうなものだが。


「では、本当に私を待ってらしたのですね?

 ああ、嬉しい。

 それで、どうして此処へ?」

「それはこっちが聞きたい。

 もともと此処へ御識札を埋めたのはお前だろう?」

「ええ。そうですわ」

「何でだ?」

「お兄様は、この先に何があるかご存知で?」

「瘴気の海」

「ええ。ではその先は?」


 首を横に振る。


「それを見に行こうと、そう思っていましたの」


 瘴気の発生源が穢れならばそれを祓い、まがを直すのが我々のやるべきことだ。

 だが、転移術、飛渡足ひわたりはそもそも禁呪であり、そうホイホイと使えるような類の物では無いはず……。

 そうまでして何がある? 何を知りたい? 何が欲しい?


「わざわざ?」


 俺の問に風果は小さく首を縦に振る。

 俺を真っ直ぐに見据えながら。


「一体何がある?」

「……私は、小指の先に至るまで全て禍津日マガツヒに飲み込まれ、身動き取れなくなったお兄様がのたうち回っているのだと、そう思いましたわ」


 笑顔でそう言われ、返す言葉に困る。


「ですが、違いましたわね」


 しかし、そうか。

 神たる禍津日マガツヒが欲するほどの瘴気。

 ならばその元はそれ同等に大きな力。


「よし、行こう」


 確かめよう。


「……本気でおっしゃってます?」


 立ち上がった俺を見上げる風果が露骨に眉根を寄せる。


「そのつもりだけれど?」

「瘴気の渦の中で、お兄様の中の力が暴走しようものならば、一体誰が止められると言うのです?」


 そう問われ、一瞬考えてから返す。


「お前」


 そう言い返した俺に目を伏せ小さく首を振る風果。


「……この手で、その心臓を握り潰せと、そうおっしゃるのですね?」


 ……いや……何も殺さなくても良くない?

 前提がハードすぎない?

 思わず顔が引き攣る。


「……もう少し、穏便に頼む」

「わかりました。では一思いに首を刎ね飛ばすといたしましょう」


 どうあれ、死ぬのがスタートラインなの?


「……冗談ですわ」


 立ち上がり、ニコリと笑顔を向けながら風果が訂正する。

 ……どうかなー? 一ミリも信用出来ないぞ? その笑顔。


「ですが、私が退くと決めたら直ぐに従って下さい。

 ……こんな所で、二人朽ちるのは……嫌です」

「わかった」


 こちらとしても死ぬつもりなど毛頭ない。


 周囲に敵の気配は無いが、念の為烏墨丸を抜き、道を下りて行く。


 ……後ろからぐさりと刺されたりしないだろうな。

 ちらと振り返ると、直ぐに後ろに笑顔の風果。

 ……どうしてだろう。笑顔を見て気持ちがざわつくのは。


「……刺すなよ?」


 思わず、そう言ってしまう。


「ウフフフフ」


 しかし、欲しかった否定の返事は返って来ず。


「冗談ですわ」


 身を引きながら振り返る俺に意外そうな顔で笑う風果。

 全く考えが読めぬ我が妹。

 前よりも、若干後ろを警戒しながら道を下る。


「そう言えば、お前、飛渡足ひわたり、言霊無しで使ってなかったか?」


 一番最初に俺の前に現れた時。

 何も口ずさまずに、夏実と実姫の間をすり抜け飛んで来た。


亟禱きとうですけれど?」

「そうか」


 さも当然かの様に答える風果。


 亟禱きとう

 心の内で祈りを形にして発現する技。

 熟達の退魔師のみが使える高等技術。


「お兄様は?」

「無理」

「修練が足りませんわよ?」


 そう言われ、返す言葉も無い。


「……まあ、私も常に出来る訳では無いのですけれど」


 そう少し恥ずかしそうに言う。


「今は……まだ、使いこなせない切り札、ですわね」


 それを使いこなせたら、向かうところ敵無しだろうな。




 道が広くなり、少し瘴気が濃くなって来た。

 知らず、左手で目を抑える。

 だが、前の様に疼く様な気配は無かった。


「どうかなさりました?」


 それに気付いた風果の声にやや緊張が滲む。


「いや、何とも無い。これだけの瘴気の中なのに」

「それは、私が掛け直した訳ですから。

 まあ、本当はそんな事をせずとも元通りになるのです。

 それだけ強固な術式。

 たとえ、夏実さんと何度唇を重ねようとも」


 何度もしてはいない。

 ただ、下手な事は言わない方が良い。

 沈黙は金。

 妹のジト目を受け流す。


「……そう、そうなのです」

「ん?」


 何か、独り言ちる風果。


「幾ら、夏実さんが封印を開けたとしても……あんなに緩むなどあり得ないのです。

 中から、壊しでもしない限り……」


 風果が、俺に探る様な視線を向ける。


「中から……壊した……。

 禍津日マガツヒが、這い出てくる様な事が……ございました?」


 俺は無言で首を横に振る。

 そんな心当たりは無い。


「……ですよね。

 そんな事があれば、お兄様、死んでますものね」


 そう、ニヤリと笑う風果。

 何だろう。

 やっぱり殺したいのかな。


「まあ、お馬鹿なお兄様が気付かない何かがあったのかも知れないですけど」

「……幾ら何でも、それくらいはわかる」

「そうですか?」


 完全に舐められているな。

 俺は小さく息を吐いて歩き出す。

 この妹に口では勝てないのはわかっている。



 暫く歩みを進める。

 瘴気はより一層濃く。


 チラリと後ろを振り返る。


「何か?」

「いや」


 あくまで強気な風果の顔。

 正気を失い襲って来る様な事は……なさそうか。

 退魔師なら当然瘴気に耐性があるのだから。


 再び歩みを進める。

 相変わらず、敵の気配は無い、



 突然。

 そう。

 ゲリラ豪雨の様に湧き出した敵の気配。

 周囲をグルリと囲まれて居る。


「お兄様!」

「ああ」


 風果が横に並ぶ。

 瘴気の向こうに浮かぶ影は……鬼だろうか。


「お背中、お預けしますわ」

「わかった」


 半分受け持つと言う風果の言葉。

 弱気? ……いや、冷静な分析だろう。

 ならば、こっちもきっちり半分狩ろう。


「風止まる静寂

 溢れる鬼灯

 涙は涸れ、怨嗟は廻る」

「闇飛ぶ妖精

 白銀になびく水音

 流る光は金色に映る

 追う。咎人を」

「唱、(はち) 現ノ呪(うつつのまじない) 首凪姫(くびなぎひめ)

「唱、参拾参(さんじゅうさん) 現ノ呪(うつつのまじない) 灰百合(はいゆり)

祓濤(ばっとう) 蒼三日月(あおみかづき)

祓濤(ばっとう) 璃璃丸(りりまる)


 俺と風果が同時に刀の力を解き放つ。


 物音一つ立てず静かに首を刈ったと言われる刀の現し身。

 その力を宿した蒼三日月の力を解放。


 手にした刀が、蒼く光を放つ。


 切り落とす。

 全ての敵を。

 瘴気では無い。

 刀が、そう囁く。


「ハアッ!」


 背後で風果が短く声を上げる。

 その体が地を蹴り敵に向かい行くのが見えた。

 長得物を手に。

 あれは……鎌……大鎌か?


 ……成る程。疑いの余地なく俺の妹だ。

 あんな武器を、派手に振り回すのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on 新作もよろしくお願いします。
サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
https://ncode.syosetu.com/n3012fy/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ