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プールの風巻さん

 夏、最高。

 何時もはうんざりするような夏の暑さも、だがしかし。

 今日は全く気にならず。

 熱気、最高。

 半身、水に浸かりながら思う。


 流れるプールの先で風巻さんが後ろ向きで手を振る。

 俺に。

 俺に向かって。

 彼女が飛び上がる度に、ビキニに包まれた胸が揺れる。


 お盆休みと重なり、家族連れでごった返す都下のレジャーランドで夏を堪能。


 ……生きてて良かった!





「お腹すいたねー」


 グルグルと、キャッキャキャッキャと流れるプールを廻り、適度に疲労をしたところで水から上がり、タオルで顔を拭いた風巻さんが明るく言う。

 だが、視線の先の売店には長蛇の列。


「結構並んでるね」


 ……自分で言っておいてなんだが結構どころでは無い。


「ちょっと早いけど、出ようか」

「……そうだね」


 風巻さんの提案に渋々了承する。


 嗚呼。

 水着姿は見納めか。

 残念。


 ◆


 丘の上にあるレジャーランドを出てそのまま小田急の駅前まで戻り、そこにあったファストフード店へ。

 道すがら、彼女のバイトでの面白エピソードなどを聞きながら。


「あー楽しかった」


 ラフに髪を二つに結んだ風巻さんがトマトの輪切りの入ったハンバーガーの載ったトレイをテーブルに置きながら言う。

 ふわりと鼻を突いた塩素の匂いは自分の体からだろうか。


「すごい人だったね」

「ねー! 何年振りかな。あそこ行ったの」

「俺は……どうだったかな?」


 家の近くのレジャーランド。

 とは言え、行った様な初めての様な……。


「また行きたいね!

 来年……は忙しいかな?」

「なんで?」


 いや、同級生なのだから、聞かなくても答えはわかる。


「受験!

 しないの?」

「いや、一応するつもり」

「だよねー」

「できれば、バイトも辞めてたいな」

「そうなの?」


 好きでメイド姿をしているのかと思った。

 偏見だな。


「まあ、一人暮らししたいじゃん?

 その資金くらいはそれなりに用意したい訳ですよ!」

「なるほど」

「今のバイト先、実はそこそこ時給良いからね」

「だろうね」

「でも、なんか、オーナーが変わるかも?みたいな話があって、そしたらクビになっちゃうかも」

「へー」


 カフェ・アンキラは経営難なのか?


「逆に時給上がると良いね」

「ノルマ出来たりして。

 そしたらヨッチは毎日来てね!」

「いやいやいや」


 流石にメイドカフェとは言え女子が接客する店に入り浸ってはダメだろう。まだ。


「でも残念。

 アンコも来れれば良かったのに」


 風巻さんがポテトを齧りながら、ここに居ない、本当は一緒に来る筈であったもう一人の名を呟く。


「しょうがないよ」


 コーラを一口飲んでから、そう、短く返す。


「ねぇ?

 お見舞い行った?」


 その問いに首を横に振る。


「行かないの?」

「来るなって」

「そっか」


 三人で約束して居た予定が変わり、しかし、プールに行くと言う事は頑なに変えなかった風巻さん。

 結果、こうして二人でデートにも似た状況にある。

 完全にリップサービスだと思ってスルーして居た『大好き』と言うLINEは実は、なんて少し思ってしまうのは尚早か?


「じゃ、やっぱり来年も来よう。三人で!」

「そうだね」


 しかし、幼馴染とは言え二人は仲が良い。

 こうして、臆面もなく来年の予定を口にできるとは。

 来年、果たして俺は夏実と一緒に居るのだろうか。もちろん風巻さんとも。


「仲、良いよね」


 ポツリと口を衝く。


「そう?」


 コーラを飲みながら頷きを返す。


「昔ね、小学校……一年のときかな」


 彼女は俺の向かいでゆっくりと過去を語り始めた。


「家の外、公園で遊んでたのね」

「うん」

「そしたらさ、知らない人が話しかけてきて」

「……え?」


 まさか、壮絶な過去の告白か?


「なんか、黒い人。

 それぐらいしか覚えてないんだけど。

 とにかく……黒い人」


 黒い?

 それは、マガに取り憑かれた人間、或いは、マガそのもの。

 ……と言うのは俺のノートの中だけの話。

 現実には一切関係無いか。


「何て言ってるかも全然わからなくて、ただすっごく怖くて、全然体が動かなくて」

「……」

「どうしよう……どうしよう……って泣きそうになって、必死で防犯ブザーを引っ張ったの」


 ああ、正しい行動だ。


「でも……壊れてたのか、何でかブザーが鳴らなかったの」

「……それで?」


 恐る恐る続きを促す。


「そしたらね、アンコが、大声を上げて飛んできたの!」


 風巻さんが、今、正に救世主が現れた様なそんな表情をする。


「リンコから離れろ! プリティアロー!! って!」


 魔法少女の登場だ!

 いや、しかし、変質者に向かって行くのは危険では無いか?


「それで、びっくりしたのかその人は逃げちゃって」


 おお、気弱な変質者で良かった。


「その後、どうなったと思う?」

「え?」


 まだ続くの?

 めでたしめでたしでなく?


「どうなったの?」

「二人でね、大号泣! 良かったね。怖かったねって」


 紛らわしい!


「そう言う訳で、それ以来アンコは私のナイト様な訳よ」

「へー」


 風巻さんが満面の笑顔の花を咲かせる。

 かわいい。


「だから、ヨッチも意地悪しないでよ?」

「しないよ」

「でも、ナイトは私の元から旅立って行きました」

「え?」

「だから私はアンコが何処へ行こうと笑顔で見送る事に決めたのです!」


 そう言いながら風巻さんが拳を握りしめる。


「だから、ヨッチ」


 俺を真っ直ぐに見つめる風巻さん。

 身を乗り出し、その両手で俺の右手を包み込む様に握る。

 ……え。

 その突然の行為に心臓が早鐘を打つ。


「アンコの事、ヨロシクね!」


 そう、ニコリとしながら言う。

 ……え?

 

 混乱する俺の下でテーブルに置かれたスマホが震える。

 風巻さんのもだ。

 二人同時にスマホを手に取る。


 ────────────────


 なつみかん>明後日退院


 ────────────────


 俺達三人のグループトークへメッセージ。


 ────────────────


 やきりんご>お勤めご苦労さまです!


 ────────────────


 三日前に急性虫垂炎で手術をした夏実だが、術後は良好の様だ。


 ────────────────


 なつみかん>楽しかった?


 ────────────────


 風巻さんが、俺の写真を返信代わりに送る。


 ────────────────


 なつみかん>ムカ!

 なつみかん>鼻の下伸びてーる

 御楯頼知>そんな事無い

 やきりんご>いやーん。えっちー。


 ────────────────


 おい。

 スマホから目を上げ目の前に居る風巻さん見る。

 悪戯っぽい笑みが返ってくる。


 ……許した。


 ────────────────


 やきりんご>退院の時間は?

 やきりんご>迎え行くよー

 なつみかん>ボロボロだから来なくて良い

 なつみかん>てか、来るな

 やきりんご>えー


 ────────────────


 こんな調子で見舞いすら行けてない。

 どうせ、すぐ退院するからと言うのも有るのだけれど。


 ────────────────


 やきりんご>動けるの?

 なつみかん>ほぼ

 なつみかん>一ヶ月はトレーニング禁止だけど

 やきりんご>太るな

 なつみかん>食わない!

 やきりんご>そんな事出来るの?

 なつみかん>出来ない

 やきりんご>ぷぷぷ


 ────────────────


 そんなやり取りを見ながら、何か退院祝いでも用意した方が良いのだろうかと考える。

 ただ、喜びそうな物が食べ物しか心当たらない時点で変なことしない方が良さそうだが。


 ────────────────


 やきりんご>花火は?

 やきりんご>行けそ?

 なつみかん>行けそ

 やきりんご>よし!

 やきりんご>じゃ、それは決定で!

 なつみかん>りょ

 やきりんご>入院すんなよ?

 なつみかん>二度としない!

 やきりんご>ヨッチは?


 ────────────────


 目と鼻の先に居るのだから、直接聞けばいいのに。

 そう思いながら、画面越しの風巻さんの問いかけに返答する。


 ────────────────


 御楯頼知>行けると思う

 やきりんご>よし!


 ────────────────


 こうして、残り二週間ほどとなった夏休みの最終日の予定は埋まった。

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サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
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