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ロスト

 電話の呼び出し音に起こされる。

 画面には夏実の文字。

 寝ぼけた頭のままそれを耳に当てる。


「……はい」

『あ、出た』

「は?」

『誰だかわかる?』

「夏実さん」

『……正解』

「何?」

『LINEが既読にならないから心配したんじゃん。

 生きてる?』

「……寝てた」


 ベッドから身を起こす。

 外は随分と明るそうだが、今何時だろう。


『これからリンコとご飯なんだけど、来れない?』


 時計は十一時過ぎを示して居た。


「……良いけど」


 特に予定も無いし。


「またステーキ?」

『もう、やらない!

 場所、送っておく』

「わかった」


 電話を切る。

 何か、すげー良く寝た気がする。

 すぐさま送られて来た地図を確認して、出掛ける準備をする。

 ……シャワー、浴びてから行くか。



 ◆



「ヨッチー!

 ありがとー!

 さっすが!!」


 開口一番、風巻さんが嬉しそうな声を上げる。


「いやぁ」


 その向こうに夏実の仏頂面。

 何で機嫌悪いんだ?


 三人で向かったのは鶴川駅から少し離れたパスタ屋。

 一ポンドの女は大人しくレディースセットを頼む。風巻さんと一緒に。


「心配しすぎなのよ。みんなして」


 セットのサラダにフォークを差しながら夏実がボヤく。


「そりゃ、心配するでしょ!」

「そんな事無いのに」

「次は私が探しに行くからね」

「いやー、それは止めた方が良いよ」

「じゃ、ヨッチを送り込む!」

「今回は、たまたま見つけられただけだからなぁ」

「まあ、親にもチクチク言われたから暫くは……やめておく」

「チクチクで済んだの?

 何日間留守にしてたのよ?」

「……丸五日」


 指折り数える夏実。


「何でそれで怒らないかなぁ。

 アンコパパは!?」

「いや、怒っては居たんだけどね」

「相変わらず甘い」


 そういや二人は幼馴染か。

 家族ぐるみでの付き合いなのだろう。


 そうこうしているうちにパスタが運ばれてくる。


「さあ、食べよう!」


 これ以上文句を言われたく無いのだろう。

 夏実がフォークを突き刺し、トマトソースのパスタを口に運ぶ。


「そう言えば、あの人。

 この前ヨッチが連れて来た人」


 パスタを巻きながら風巻さんが思い出した様に言う。


「ああ、金子さん?」

「そうそう。

 あの人、最近お店によく来るよ。

 何やってる人?」

「え?

 個人事業主って言ってたけど?」

「そうなんだ」


 遠いとか言ってた癖に通ってるのか。

 余程、ミキミキちゃんが気に入ったのか?


「誰? 同級生?」

「ショニン」


 首を傾げた夏実の方を見て答える。

 トマトソースで真っ赤になった唇。


「……あれ?」

「ん?」

「化粧、薄くね?」

「え!? 気付いたの、今!?」


 風巻さんが目を丸くする。


「だから、こんなもんなんだって」

「えぇー。

 ヨッチ、それは無いよー」


 そんな事言われても……。

 非難めいた顔の風巻さんと、何やら悟った様な表情を浮かべた夏実の向かいで顔を伏せ、俺はパスタと格闘する。



「ヨッチ、今度さ、プール行かない?」


 デザートを食べながら、風巻さんがそう提案した。


「プール?」

「そう!

 まあ、ヌードモデルになる訳には、流石に行かないけどー。

 水着ならギリセーフかな」

「ちょ!」

「ヌードモデル?」


 夏実がジト目で睨む。


「何、その話!?」


 いきなり何を言い出すのだ?


「え? スケッチしてくれるって言ったじゃん。

 大丈夫。デートじゃ無いよ?

 アンコも一緒!」

「いやいやいや。

 そんな約束したっけ?

 そもそも、絵とか見せた事あったっけ?」


 狼狽えながら尋ねる俺。

 向かいにはジト目の夏実。


「えぇ? タブレットに入ってるの見せてくれたじゃん。

 ……あ、何か、地雷踏んだ?」


 風巻さんが横目で夏実を見る。


「知らない」


 夏実がアイスティーのストローに口を付ける。


「……そんなの、無いでしょ?」


 鞄からタブレットを取り出し、風巻さんに確認。


「これ?」

「それ」


 タブレットの認証を解除して、イラストの一覧を表示する。


 ……ん?


「これ?」


 一枚の絵を画面に映し、テーブルの上に置く。

 二人に見える様に。


「そう、それ」


 そこには知らぬ女性のイラストがあった。

 描きかけの様な、未完成の。


「……誰? 知り合い?」


 二人の友達だろうか。


「えー知らないよー」


 風巻さんはそう答え、夏実は小さく首を横に振る。


「……ネットの画像を間違って保存しちゃったのかな」


 そう言いながら、その画像を消去する。


「あ! 消した!?」


 突然、夏実が大声を上げ腰を上げる。


「ん? 消したけど?

 え? 知ってる人?」


 俺の問いに彼女は、悲しそうな表情をしながら首を横に振る。

 ……意味わかんね。



 店から出て、バイトに行くと言う風巻さんを改札の前で見送る。


 そして、夏実と二人。


「御楯、時間あったら、ちょっと付き合って」

「良いけど?」


 夏実は、いつかと同じ様に自転車を押して歩き出した。

 俺は、機嫌の悪そうな彼女に付いて行く。

 いつかと同じ様に、無言で。


 そして、暑い蝉の声の中たどり着いたのは、これまたいつかと同じ『鶴川ボクシングジム』。


「先、入ってて」


 言われるままに、中へ。

 何だ?

 また、殴られるのか?


 蒸し暑いジムの中で、青いリングを眺めながら待つ。


「御楯」


 後ろからかけられた声。

 腰を曲げ、ファイティングポーズを取りながら振り返る。


「……何してんの?」


 今度は、パンチは飛んでこなかった。


「いや……」


 気まずさを感じながら、姿勢を戻す。


「はい」


 そう言いながら、夏実は手にしていた赤いボクシンググローブを投げて寄越す。


「え?」


 両手で受け取るが、意味がわからない。


「それで、私を殴れ」


 夏実は、真顔でそう言った。

 何言ってんだろう。

 この人。

 大体、グローブの着け方すらわからないのに。

 着けた所で、俺のヘナチョコパンチが当たる訳ないだろうに。


「そうしないと!

 私の気が収まらないのよ!」


 えぇ?

 まさか、ドエムですか?

 この人。


「ちょっと、落ち着けよ」


 そう言いながら、グローブを山なりに投げ返す。


「……私は、アンタを今、思いっきりぶん殴りたい!」


 ……え? ドエス?

 怖い。

 何言うのいきなりこの子。

 武器を渡しちゃまずかったかな?


「そして、何か思い上がってた自分が恥ずかしい!!

 私をサンドバックにしてやりたい!!」


 え?

 えぇ?

 もう、言ってることが支離滅裂だよ。


「どうした?」

「どうもしない!!」


 そっすか。


「ああん! もう! 死ね!」


 そう言いながら投げつけられたグローブを受損ない、顔面に当たる。


 痛ぇ。


 文句を言おうとした視線の先には、目を真っ赤に充血させた夏実。


「……お前、何で泣いてんの?」

「うっさい! こっち見んな!」


 どうすりゃ良いんだよ!?

 俺はリングの方へ顔を向ける。


「大体、何で助けになんか来たのよ……」


 何でって……。


「リンコに頼まれたから?」

「……違うよ」


 助けに行った理由。


「また、居なくなるのが嫌だった」


 考えた答えでは無かった。

 ただ、素直に口から出た言葉。


「……また?」


 夏実の疑問。

 ……また?


「また、じゃ無い……か」


 そんな心当たりない。


「……ごめん」


 何故か、涙声で謝罪する夏実。


「何が?」

「……私を助けに来たから、だから……」

「誰かを忘れた」


 それが、確か禁呪の代償。

 夏実の方を振り返る。

 真っ赤な目が俺を見る。


「誰を忘れたのかわからないけど、お前が気にする事は無い。

 だって、それを決めたのは俺だから」

「……何、格好つけてるのよ」


 そう言いながら視線を逸らす夏実。


 それに俺は忘れてしまったけれど、向こうは覚えてる。

 そのうち向こうから声をかけて来るだろう。

 雑な設定で良かった。


「でも、これからもホイホイ行ける訳じゃ無いみたいだからアテにするなよ」

「してないわよ。

 ……でも、迷惑はかけたと思ってる。

 御楯にも。

 ハナさんにも」

「ハナ?」

「昨日ね、家に来て親に説明してくれた」


 あの人、そんな事してたのか。

 ……何と説明して回ってるのだろう。

 ひょっとして、ウチの親にも?

 今度聞いてみよう。

 はぐらかされそうだけど。


「風果ちゃんはまた会いに来るって言ってたけど?」


 ……あいつ……。

 俺の所にも出没するつもりじゃ無いだろうな?

 なんか荷物に紛れ込まされてたりしないだろうか。

 ……やりかねない。

 向こうに行ったら調べよう。


「……あいつは天才だから」

「彼女の事は覚えてるのね」


 試したのかよ。


「……お前ら、きっと良いコンビになるよ」

「そうかな?

 まあ、一人よりは、お互いに安心だけど。

 ……そうか。御楯の力は、彼女に聞けば良いのか」

「は?」

「知ってるんでしょ?」

「そう見たいだけど、何で?」

「私は、騙されてキスさせられたからね!」

「待て!」


 騙しては無い!


「あれは! 事故だろ!」

「はあ!?

 何、その言い方!!」


 夏実が歯を剥き出しにして睨みつける。


「事故って何よ!!

 初めてだったのに!!」


 そう叫ぶと同時に、ジムの扉が開く。

 ドアを開けたまま固まる目を見開いた中年親父。


「……お前……ロスト・バージ「死ねぇ!!」


 叫びながらヴァージン・アンコは飛び出して言った。

 入り口で、顔の赤い親父を突き飛ばし。


 立ち上がり、追いかける。


「会長さん。

 そのリングネーム、変えた方が良いすよ」


 そう言って一礼する。


 ああ……誤解を与える言い方だったなと気づいたのは家に着いてからだった。


 追いかけ、外に出るが既に彼女の姿は無く。


 さて、どう謝るか。

 それを考えながら来た道を戻る。


 何を言っても墓穴の様な気がするが、だからと言って放っておくのも気まずい。

 しかし、結論など出る訳無く。

 そうやって悩む俺を道の上で待っていた夏実。


「あの……」

「また、危ない時は助けに来て」


 ん?


「そして、全部。私の事、全部忘れてしまえ!」

「まあ……そうだとしても、助けに行くよ」


 その時は多分行くだろう。

 ただ、夏実の危機なんて分かりようが無いと言う問題はあるのだけれど。


「……いい。来なくて。忘れて欲しくなんか無い。

 ……昨日は、嬉しかった。ありがとう」


 言いたかったのは、それだけ。

 最後にそう言い残し夏実は帰って行った。



―― 第三部完


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