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捜索②

 五月蝿ぇ!

 もう何度目か数えるのも馬鹿らしくなった異世界。

 相変わらず鳴り響く蝉の声。


 夏実を、そして、門を。

 辺りを見渡す。


 ……まさか。


 ……上から飛びかかって来る蝉人間を切り捨て、瓦礫の山を駆け上がっていく。


 見覚えのある光景。

 イツキを喪った、地下空間。

 まさか、またここで……?

 頭に浮かんだ最悪の光景を頭を振って掻き消す。


「夏美ーーー!」


 飛び回る蝉の声に負けないように声を張り上げる。

 しかし、応える声は聞こえず。


 クソ。

 奥歯を噛み締めながら、瓦礫の上から飛び降りる。

 この廃墟の中を探し回るか?

 天井が赤い。

 もうじき夜だ。

 そうするとまた亡者の群れが現れるのではないか?

 そうだ。

 それに、門。

 あの長距離射撃をかいくぐらねばならない。

 今度は一人。どうする?


 ……落ち着け。


 まずは、夏美を探す。

 暗くなるまで、おそらく一時間ほど。

 走れ!

 早くもにじり寄ってきた亡者を切り倒し、俺は廃墟の中を疾走する。

 飛んで向かってくる蝉人間。

 下から這い出てきたその幼体。

 行く先は、障害物ばかりだ。


 ◆


 四分の一ほど回った所で日が暮れた。

 それと同時に、連続する炸裂音。

 足を止め、物陰に身を隠す。

 俺の予想通りならば、今のはマシンガンの音。


「分かつ者

 断絶の境界

 三位さんみ現身うつしみはやがて微笑む

 唱、拾参(じゅうさん) 現ノ呪(うつつのまじない) 水鏡(みずかがみ)


 銃声が鳴り止まない所を見ると、蝉人間と戦っているのかも知れない。

 全然ありがたくない増援だ。

 いっそそのまま共倒れでもなって欲しいが、それを待つような時間的余裕は無い。

 ああ……ヘリのローター音まで。


「頭だけは守ってくれよ」


 浮かぶ盾にそう声を掛け、物陰から飛び出す。


「その死を知らぬ幼子

 舞い飛び散らせ

 落ちる涙は甘い白雪

 唱、拾壱(じゅういち) 壊ノ祓(かいのはらい) 浮き蛍」


 朧気に浮かぶ光の玉が、銃声の元へと即座に飛びゆく。


「夏美ー!」


 銃弾の止んだ束の間、声を上げるが返答は無い。


 ◆


 脳天を撃ち抜かれることこそ無かったが、それでも、足や腹に何度か銃弾を浴びる。

 その度に、身を隠し術で傷を癒やす。

 戦いが雑だ。

 自分でも分かる。

 集中できていないのが。

 当然だ。

 目的は人探し。

 戦うことでは無いのだから。

 だが、その為に敵を倒し生き延びねばならない。

 ここには居ないのだろうな。

 そんな、諦めに似た気持ちが脳裏をよぎる。


 奥歯を噛み締め立ち上がる。

 傷は癒えた。

 止まっていても、誰も助からない。助けられない。

 走らねば。


 ◆


 居ない!

 ぐるりと一周回った。

 返事はどこからも返って来ない。

 ここに、生きた人間は居ない。

 そう結論付ける。


 ならば、次は帰り道。

 門の位置は前回と変わらず。

 その上に浮かぶ玉があり、近づくもの全てを撃ち抜いている事は目視で確認済み。


 一旦物陰に身を隠し、目を閉じる。

 ……届かずに、射抜かれた記憶。


 今度は、失敗しない。

 簡単な事だ。

 守ってくれる盾がある。

 そして、討つ力も。

 今の俺ならば使える筈だ。

 一段上の力。


 覚悟を決め、亡者を蹴散らし奴の射程、五百メートルのその外ギリギリに立つ。


「疾る。偽りの骸で

 それは人形。囚われの定め

 死する事ない戦いの御子

 唱、肆拾捌(しじゅうはち) 現ノ呪(うつつのまじない) 終姫(ついひめ)

 祓濤(ばっとう) 金色猫!」


 雷神の化身を名乗った狂気、終姫の依代と化した刀、金色猫の力を解き放ち、人刃一体となる技。


 刃毀れをすればこの身が削られ、刀身を折られでもすれば命をも失いかねない。

 だが、その恩恵は小さくは無い。


「行け。朧兎」


 そう、声をかけ先行させる。

 追って、地を蹴る。


 光線が放たれた。

 そう、認識した直後視界が光で真っ白に。

 攻撃を遮る盾、朧兎。

 光を逸らし、散らし、押し返す。


 雷撃の力を纏った身が、球体へと飛び行く。

 さながら、放たれた矢の如く。

 あっという間に球体を後方に置き去りに。

 すれ違いざまに振り抜いた刃は正確に球体の中心を捉えそれを真っ二つに両断した。


 振り返った時にはすでに球体の姿は無く。

 ただ、体内に流れ込むマナが強敵を葬った事を伝える。


 そして右腕に激痛。

 術に体が耐えきれなかった……折れたな。


「幻の王

 響く声、笑う声

 未だ夢から醒めず

 全て暗闇の中に

 唱、() 命ノ祝(めいのはふり) 卑弥垂(いやしで)


 自由に動かすのが困難な程に深手を負った俺の右手は自らの拙い術では僅かに痛みが和らぐのみ。

 これで現実に戻ったら痛みで動けなくなるかもしれない。

 ……だが、そんな事も言ってられない。

 百メートル以上先の門を目指し足早に移動する。


 こんな傷も風果ならば、あっという間に治せるのだろうな。

 いや、そもそも彼女には飛渡足ひわたりの術がある。

 こんな傷を負う事無く、球体へ近づけるのだ。

 空間を渡り。


 俺にその力があれば夏実も容易く見つけられるか?

 いや、そんな事ないな。

 飛べるのは見える所と御織札ごしきふだの所だけだ。

 その御織札を夏実が持って居なければ意味が無い。


 門へ向かう足が止まり、棒立ちになる。


 ……持ってる。

 夏実は、御織札を持っている。

 風果に渡されたと、そう言っていた。

 ならば、飛べる。


 ……どうやって?


人を運ぶ悪魔の召喚オペレーション・バティン』……は凍結された。

 そもそも使うべきで無いと進言したのは俺だ。

 直ぐに再開できるか?

 ……危うい。

 それを信じて待つ余裕は無い。

 少なくとも今の俺には。


 ならばどうする?

 俺が、その術を使えば良い。


 天ノ禱(てんのまつり) 佰弐(ひゃくに) 飛渡足(ひわたり)


 八つの禁呪の一つ。

 その力を得るために必要な物。

 ……莫大な魔力マナと、代償。


 マナは、今の球体で足りるか?

 ……いや、足りない。

 だが、亡者と蝉人間がうようよしている。

 それを狩れば良い。

 後は、代償。

 血筋の違う俺が御舟の禁術を使うために支払わねばならないもの。



 ……やろう。

 夏実を救いに行く。


 左手を懐に入れ、紙片を取り出す。


「雨乞いは涙となり果たされた

 灯火

 消えてなお、消えぬ

 唱、漆拾参(しちじゅうさん) 現ノ呪(うつつのまじない) 神寄(しき)

 喚、実姫みのりひめ

「ヴォオ!」

「敵を蹴散らす! 手伝え!」

「ヴォオオ!」


 左手で烏墨丸を抜き、踵を返す。

 射程の外の敵を狩る。

 急げ。

 マナを取り込むのだ。

 できるだけ、多く、早く。


 足を地につける度に、右手から頭に抜ける様な痛みが走る。

 だが、止まるわけにはいかなかった。




 空が白み、亡者が影を潜める。

 残った蝉人間を標的に変える。




 行ける。

 そう確信する程のマナが溜まったのは昼過ぎ。


 実姫に警戒を任せ、物陰で瞑想する。

 目的の扉へ。


「還」


 目を開けると同時に実姫を戻す。

 そして、立ち上がり左手を顔の前に。


「虚ろを巡る鳥

 天を翔ける石の船にして

 神より産まれし神

 鳥之石楠船神とりのいわくすふねのかみ

 ここに現し給え

 天ノ禱(てんのまつり) 佰弐(ひゃくに)


 静かに目を閉じ、行き先を探る。

 求めるは、御織札ごしきふだ。『一』の文字。

 闇の中に、その方角がはっきりと浮かぶ。


飛渡足(ひわたり)


 唱えると同時に、目を開ける。

 周りの景色が、まるで穴に吸い込まれる様に歪みそして俺もその穴へと吸い込まれて行く。

 そんな感覚を覚える。


 長く長く感じる一瞬ののち、暗闇の中の小さな穴から世界が広がり俺を包み込む。


 飛んだ。


 そう認識した。


 次に脳が知覚したのは驚きを浮かべた顔。

 それは、探し求めた夏実の顔。


「お兄様!」

「んぐぁあっ!!!」


 横手から抱きついて来た風果。

 全力でぶつかられた右腕に激痛。

 絶叫。


 堪らず、その場にしゃがみ込み目の端を拭う。


 嬉し涙じゃ無い。

 痛みの涙だ。

 多分。

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サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
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