捜索①
「あら、おかえり」
やっと、帰って来た。
戻った先は、行った時と同じレアーの会議室。
「あーあーあーあー」
さっきまでの轟音が一気に無くなり、耳がおかしい気がする。
「どうだった?」
「レポートで出しますよ。ちゃんと。
今日、何日ですか?」
「八月三日」
ゲ!
蝉の洞窟を三日間も彷徨って居たのかよ。
術が使えないとは言え慎重に動きすぎたか。
「レポートは要らないわ。
お目当はこれかしら?」
ハナが自分の前に置いてあったラップトップの画面をこちらに向ける。
そこに映っていたのは、袴姿の女性達。
そして、ワイプで的が。
「これ……」
「決勝の順位決定戦。三位からの順位がこれで決まるみたい」
「桜川さんって」
「これから」
辛うじて間に合ったか。
「レポート要らないんですか?」
画面を見ながら問う。
「ええ。
言ったようにこれは記録に残さない調査だから。
アプリが本物である事が分かったから十分」
「そうですか」
「どんな所に出た?」
「岩肌の洞窟です」
「どれくらい調べた?」
「隅から隅まで」
「何か特徴は? 地底湖とか」
「そんなのなかったですね。
ただ、ひたすらに五月蝿い敵が多かった」
「羽化するタイプの?」
「ええ。ご存じで?」
「ここ二、三日レアーに限らず、報告があるわ。
地理的に近いエリアで大量発生してるんじゃ無いかと言うのが、大勢の意見ね」
「そんな状況なのか。
で、俺の後か先に行った誰かは無事ですか?」
「何の事?」
「地底湖って言うのはそいつの行った場所って事では?」
「勘が良くて気持ち悪いわね」
少し考えればわかる。
このアプリを二人が使ったら同じ場所に飛ぶのか。試して見ないとわからないならば試せば良い。
つまり、俺より前に戻った誰かが地底湖のある洞窟と、そう言う報告をしたのだろう。
アプリは、同じ場所には送らない様だ。
画面の中に桜川祈月が映る。
美しい立ち姿は、俺の記憶に残るイツキと同じ。
そして、放たれた矢は的の中心、正鵠からは僅かに外れた所に突き刺さる。
動かない的ならば……避けない的であったならば……。
矢は、当たったのだ。
結果、彼女は三位入賞となった。
「そう言えば、今回の活動って、ノルマから差し引いたり……」
「良いわよ。
今月は免除する。
夏を楽しむのかしら?」
「ありがとうございます」
暫く、蝉の鳴き声は聞きたくない。
まあ、外に出たら耳に入るのだろうけれど可愛いもんだ。
人間大の化け物の放つ声に比べれば。
しかし、三日間無断で留守にしたか。
流石に親は心配してるか?
スマホを取り出すと、画面が真っ暗。
……電池切れ。
「充電しても良いすかね?」
「良いわよ。
帰り、送ろうか?」
「……いや、電車で寝ながら帰ります」
充電コードを差し、しばし待つ。
ここでフル充電する必要はない。
一応、連絡の有無だけ確認しておこう。
やがて、起動画面から待ち受け画面へと変わる。
……着信……5?
未読メッセージ……20!?
え、何だこの数?
訝しみながら誰からの連絡か確認。
……全部、風巻さん?
メッセージも。
────────────────
やきりんご>ねーねー
やきりんご>アンコ知らない?
やきりんご>ねーねー
やきりんご>見たら連絡ちょーだい
やきりんご>まさか、デート?
やきりんご>おじゃまさん?
やきりんご>一緒に居る?
やきりんご>一緒ならそれだけ教えて
やきりんご>よっち?
やきりんご>連絡ちょーだい
やきりんご>アンコも捕まらないの
やきりんご>おーい
やきりんご>二人無事だよね?
やきりんご>一緒?
やきりんご>どうなの?
やきりんご>電話でてー
やきりんご>電話してー
やきりんご>おーい
やきりんご>電話
やきりんご>それか返事
────────────────
何だ?
今はバイト中かな?
一旦、メッセージを返す。
────────────────
御楯頼知>どうしました?
────────────────
と。
直ぐにスマホが震える。
風巻さんから着信。
「はい」
『ヨッチ!?』
「そうだけど」
『アンコ、一緒じゃ無い!?』
電話越しに叫ぶ様な風巻さんの声。
「いや、一緒じゃ無いけど」
『何処に行ったか知らない?』
「……知らない。ちょっと待って」
こちらに怪訝そうな顔を向けるハナに問いかける。
「夏実、ここに来てます?」
「アン? この前渋谷で会ったきりだが……まさか……」
ハナがパソコンのキーボードを叩く。
そして突然拳を机に振り下ろし、苦虫を噛み潰した様な表情になる。
「……あの日、三日前に鶴川のG Playから飛んだきり、戻って無い」
何だって!?
「生死は!?」
「生きてる」
「風巻さん、夏実は異世界だ」
『生きてるの?』
「大丈夫」
『でも、遅いよね?
おかしいよね?
きっと何かあったんだよ!』
統計情報を思い出す。
確か三日、七十二時間を境に生還率が激減する。
これは、向こうでの活動スタイルも影響すると思うので一概には言えないが、三日経っても帰って来れない。それは即ち高難度と言える。
いや……今は蝉の発生と言う異常事態でもある。
「大丈夫だよ。あいつ、強いから」
『どうしよう……ヨッチ!
助けて……アンコを助けて』
電話の向こう、風巻さんの声は涙混じりだった。
「うん。
迎えに行って来るよ」
『お願い……お願い。
私、ヤダよ……アンコが居なくなったら』
「絶対見つけるから」
当ては無い。
だから、それは気休めの言葉でしか無い。
でも、行かないと。
電話の向こうで心配する友人の為に。
そして、俺の為にも。
手遅れになる前に。
『……嘘。嘘!
ごめん。
私が行く』
……俺の事を心配したのだろうが、遭難者が増えるだけだ。
「大丈夫だよ。
俺、アイツより強いから。
風巻さんは、こっちで待ってて」
『……うん。お願い……します。
……ヨッチも居なくならないでね』
「うん。じゃ。
何かあったらすぐ連絡する」
そう言って通話を切る。
「……ここを使うと思って居たわ。
気付けなかった」
ハナが悔しそうに言う。
「まだ生きてるなら直ぐに探しに行きます」
俺は荷物を手に取りながら叫ぶ様に答える。
「探すって、どうやって?」
「片っ端から見て回るしか無いでしょう?
下から飛びます。
何かあったら連絡下さい。
戻る度確認します」
「分かった。
状況が変わり次第伝える」
「ありがとうございます」
頭を一つ下げ、会議室から出る。
「ヨリチカ。
お前も、十分に気をつけろ」
「分かってます!」
かけられた声に振り向かずに答え、部屋から飛び出しエレベーターのボタンを連打する。
早く来い!
◆
転移と同時に耳に飛び込んで来る騒音。
鳴き声。
「雨乞いは涙となり果たされた
灯火
消えてなお、消えぬ
唱、漆拾参 現ノ呪 神寄
喚、実姫」
叫びに近い詠唱。
それに応え、姿を現わす実姫。
出現と同時に、器用に顔を顰める牛の顔。
しかし、今は細かいことなどどうでも良い。
「実姫! 出口と夏実を探す!
敵は、全部薙ぎ払え!!」
「ヴォオ!」
叫ぶと同時に刀を手に走り出した俺の後を、足音が追いかけて来る。
◆
現実へ戻る。
スマホを確認する。
午後六時。メッセージ一件。
────────────────
やきりんご>がんばって
────────────────
既読にして、再度異世界へ。
ハナからの連絡は無い。
便りがないのは……良い知らせ。
◆
転移と同時に、足を滑らせ尻もちを突く。
痛ぇ……。
蝉の鳴声が無い。静かだ。
そして、涼しい……いや、寒い。
ここは……氷の洞窟か。
「夏美ィィ!」
叫び声が木霊しながら響き渡る。
しかし、耳をそばだてても応答は無い。
代わりに、わずかの敵の気配。
剣を抜き走り出す。
ここも、外れか?
◆
午後十時。
連絡なし。
それだけ確認して、異世界へ。
◆
脳を揺さぶるような、大音量の蝉の声。
刀を振り上げると天井にぶつかるのでは無いかと思える程に狭い洞窟内に幾重にも異音が反響している。
「……!」
クソ。
叫んだ自分の声すら聞こえない!
視界を埋め尽くす蝉人間たちを刀で切り裂いていく。
芋洗いの海水浴場かよ! ここは!
退け!
道を開けろ!
◆
午前四時。
連絡なし。
それだけ確認して異世界へ。
◆
午前六時。
連絡なし。
◆
午前十一時。
連絡なし。
◆
午後六時。
連絡一件!
────────────────
やきりんご>大丈夫?
────────────────
クソ!
余計な連絡は要らないんだよ!
既読だけ残し、再度異世界へ。




