ステーキハウス②
先にプレートを平らげ、ヴァージン・アンコの戦いを見守る。
暇だな。
こんな時、どんな事をすれば良いのだろうか。
「一ポンドって、何グラム?」
三分の一程は、彼女の胃袋へと収まった。
「大体450g」
「おま……夏実さんって、そのステーキ何枚分?」
危うくお前って言いそうになった。
「何でそんなの聞きたいのよ?」
別に知りたくは無い。
でも、夢が合ってるのかは知りたい。
「いや、よく入るなと思って」
「デブだと言いたい訳?」
首を横に振る。
そこで気付く。
「今日はメイク薄いのな」
「暑いからね」
そう言う理由なの?
「その方が良いよ」
「……目腐ってんじゃないの?」
「かもな」
「……今度向こうで会った時にもう一回同じ事言ってみなよ」
「何で?」
「嘘だってすぐ見抜けるから」
「そう言う魔法?」
「そうね」
「それは良いな」
心からそう思った。
その能力は、羨ましい。
「でも、もう会えないと思う。
一昨日の実験は凍結だそうだ」
「え? 何で?」
「さあ? 何かトラブルでもあったのかもな」
「ふーん」
夏実のフォークがステーキに突き刺さる。
嘘を見ぬく、か。
……覚えておこう。
それから黙々と、肉を切り、口に運ぶ夏実を眺める。
残りは半分程になった。
「御楯……」
「ん?」
「……手伝って……」
〈カンカンカンカン〉
勝者、ランプステーキ一ポンド!
挑戦者、ヴァージン・アンコまさかの敗北!
◆
食べ物は残してはいけない。
それはわかる。
他方で、何で金を払って苦しい思いをしないといけないのだとも思う。
結局、1ポンドステーキの三分の一程を分けてもらった。
強制的に。
王者、ランプステーキ1ポンドは、俺達の急造タッグの前に敗れ去った。
ただ、俺と夏実も相応のダメージを受けたのだけれど。
小田急線の線路脇を歩き、公園で一休み。
炎天下の水場ではしゃぐ子供たちの声が聞こえる。
「うーん。
お腹苦しい……」
腹痛で苦しむ夏実を見るのは二度目だな。
さて。
そろそろ本題へ入ろう。
「おま……夏実さん、さあ」
「何?」
「風果と何か話した?
俺が戻ってから」
俺は実姫を戻し、一足先にこちらへと戻った。
夏実が戻るのはそれよりわずかに遅かった筈だ。
「んー。
貴女は兄の何ですか?
って。
友達って答えたけど」
「それで?」
「そうですかって。
それだけ。
あ、何か木の札渡された」
「字が書いてあるやつ?」
「そう」
御識札を夏実に?
風果は何を考えているのだ?
「さっき、何か途中になっちゃったけど……御楯と風果ちゃんって、別に暮らしてるの?」
「……居ないんだ」
「ん?」
ペットボトルの烏龍茶を一口飲んでから続ける。
「居ないんだよ。御楯風果なんて妹は」
「は? この前居たよね」
「居た。
うん。
あれは御楯風果を名乗ってたな。
それで、俺を兄と言ってた」
「うん」
「でも、俺にはそんな妹なんて居ない。
複雑な家庭事情とかで無く、正真正銘の一人っ子」
「……え? じゃ、あの子誰?」
「知らない」
「知らないって、だって、妹って。
お兄様って……」
「そう言う設定は……あった。
あの眼と同じ様に。
呪文と同じ様に、俺が考えた設定が」
「……じゃ、風果ちゃんは実在しないって事?」
その問いに首を横に振る。
「……意味わかんない」
「俺にもわかんない」
真夏の公園の木陰に、涼を運ぶ風が一陣。
夏実の金髪が揺れる。
「……あのさ、ああ言う子が好みな訳?」
「いやー……」
どうかな。
思い描いて居た物が実際に目の前に現れると妙に違和感があると言うか……。
「え、まさか、実ちゃんも御楯の設定?」
「あー、あれは全く違う」
「嘘ー? と言うか、御楯の設定って奴、一体どうなってんの?
妹十二人とか、そんな感じ?」
「な訳ないだろ。普通だよ!」
「……普通って、何から見て普通な訳?」
その設定を考えた当時の俺にとって。
正直、今の俺からすると目を細めて心を無にしてから眺めないと「んあ゛あ゛あ゛あ゛」と叫びたくなる様な代物だ。
だが、そんな事を悟られる訳にはいかない。
「そんな事言ったら、お前の変身シーンだって!」
「え?」
あ、やべ。
超やべぇ。
咄嗟に誤魔化そうとしてつい。
「……とっても素敵です」
「え、何?
自分で見えないからわかんないんだけど!」
「て言うかだな、人の刀を勝手にマスコットにするな」
「えー、だってあれが私の設定だもん」
「まさか、喋る……?」
俺の問いに嬉しそうに頷く夏実。
誤魔化せた。
誤魔化せたが、何か複雑。
狐白雪は一年近く一緒に戦った相棒なのに。
あいつ、喋るのか。
……喋らない方が良いな。
絶対。
実姫もヴォ、ヴモォって言ってる方が面倒無いもの。
「……多少の違いはあれど、御楯の力って御楯が考えた訳だよ……ね?」
「うん。まあ」
「…………変態」
目を伏せ、小声でチクリと言う夏実。
「実在、実現しないなら別に文句言われる筋合いは無いんだよ」
ノートに書いた妄想が誰かに迷惑かけたか?
かけてないだろ?
それが訳のわからない施設の先で実現するなんて誰が思うよ?
「でも、実現……したじゃん」
「だから困惑してんだよなぁ。
何であんな事になったのか……」
「……あんな事って……そんな言い方?」
「でもまあ、もう無いだろうから。
逆に当たり前になっても困るし」
行く度、行く度、正体不明の妹が現れたら困る。
若干ヤンデレっぽいし。
ただ、幾ら天才とは言え好きな所に瞬間移動出来る訳では無いのだ。
視界の範囲。
もしくは転移札。
それくらいの制限はある。
なので、俺の元へ現れる事は設定通りならば不可能な訳だ。
「そろそろ行くか」
苦しかった腹も少しは落ち着いた。
しかし、声を掛けた夏実は俯いたまま返事も無い。
まだ苦しいのか?
「夏実さん? 大丈夫?」
「……いい」
「ん?」
「……私、もう少し休んでから帰るから。
行って」
「なら俺も」
「行って!」
顔を伏せたまま、急に怒鳴る夏実。
「何?」
「何でも無い。
何でも無いから!」
訳わかんね。
お腹下した?
どうするかな。
……いいや。子供じゃ無いし。
「じゃ、何かあったら連絡して」
そう言って、その場を立ち去る。
何度か振り返ったが、彼女は顔を伏せたままだった。




