熱帯夜の夢
『赤ーコーナー』
リングアナの絶叫が、二人の戦士を呼び上げる。
『105パーンッズッ!
アイアン・メイデーンッ!
ヴワァージーン・ナァツーミー』
真っ赤なボクシンググローブを篏め、コーナーにもたれかかった夏実は、右手だけを上げて大歓声に応える。
『青コーナー。
110パーンッズッ!
ヤンデレ・クイーーーン!
フーカ・ドエスー!』
次いで対戦者。
黒のセーラー服姿の風果がコーナーポストの上から跳躍。
ムーンサルトを決めながらリング中央に着地。
リングの中央で向かい合う両者。
「重い割に身軽そうなパフォーマンスね。
もう息切れしてるんじゃ無い?」
「きっと、胸の重さが違うんでしょうね?」
両者、笑顔を浮かべてはいるが、既に火花が散って居る。
「その作り笑い、粉々に砕いて上げるわ」
「ええ、貴女が這い蹲る姿を見て心から高笑いを上げますわ」
口では風果の方が上か。
「両者、正々堂々。
ルールに則って」
二人の間に立ち、レフェリーである俺が言い聞かせる様に言う。
だが、二人はピクリともこちらを見ず。
カン!
甲高いゴングの音とともに俺は後ろに跳躍。
リングの上、距離を置きながら睨み合う二人。
「ファイ!」
両手を交差させながら戦いを促す。
互いにジリジリと隙を伺う。
「ファイ!」
「五月蝿い!」
再び掛けた声に、アンコが俺を見て文句を口にする。
「集中しろ!」
その隙を見逃さず、フーカが飛び込む。
淀みなくふり抜かれた右手の長ネギ。
美しい剣筋を描いたそれは、アンコの脇腹を捉える。
飛び散るネギの雫。
表情を歪めるアンコ。
しかし、怯まずに飛び込むアンコの右ストレートがフーカに伸びる。
それを半身で躱し、左手でカウンターの掌底を放つフーカ。
左手の掌が真っ直ぐにアンコの顔面を捉える。
飛び散る真っ赤な鮮血。
……いや、違う!
トマト!? 完熟トマトだ!
フーカが手にしていた完熟トマトがアンコの顔面で押し潰されたのだ!
トドメとばかりに振り下ろされた牛蒡の一撃!
しかし、アンコはそれを受け止める。
口で!
「ふん。
今度料理の仕方を教えて上げるわ!」
トマト汁で真っ赤な顔のアンコが牛蒡を食いちぎりながら吐き捨てる。
「チ。脳筋が!」
フーカが舌打ち。
「大人しく、兄を引き取りなさい!」
「熨斗つけて! 返品する!」
大声で叫び、飛び込んで行く両者。
何だろう。
涙で前が見えない。
「ヨッチ!」
リングの下から風巻さんが呼ぶ。
振り返ると、片手を上げスマホをこちらに差し出して居た。
「ハナさん! すぐ来いって!」
今、それどころじゃ無いんだけどな……。
◆
と言う夢を見て、寝汗ビッショビショで目が覚めた。
熱帯夜。
何時もは涼しい風を運ぶエアコンが止まって居た。
故障?
マジかよ……。




