異世界での出会い①
結局G社は『G play』が異世界への転移だと認めた。
あっさりと。
そして、帰らぬ人々に対しては自らの意思でそこへ訪れたのだと同意書を盾に主張した。
そして、その生死に関して責任は無いと。
何故ならば、仮に異世界で死亡したとしてもその原因を特定する事が不可能であるからである、と。
そして、最後に死亡者のリストは政府に提出済みであると付け加え。
矛先は政府へとすり替えられた。
世論の求めに応じ、公表された死亡者リストの中に鈴木さんの名があった。
やがて、秋に『G play』に対し個人の責任において利用を容認する特別法案が可決されるが、それを待たずして『G play』は再開される。
そして、世間は『異世界』と言う言葉を好意的に受け入れるようになり、その未知なる世界の可能性と広がる未来を語るようになる。
それはG社による印象操作だと声高に叫ぶ者も居たが、そう言った声は馬鹿な陰謀論だと一蹴された。
俺は、『G play』の再開と共に異世界へと向かう。
これはその前日の話。
◆
夏の課題が、終わった!
すごい。
過去最速だ。
そして、机の上には一冊のノート。
表紙に小さく『秘伝帳』と書かれている。
机の奥にしまいこまれて居た……黒歴史。
捨てたと思ったんだけど……あったなぁ……。
恐る恐る開く。
そこに書き込まれた俺の設定。
裏神道と刄術を操る退魔師。
御天一族の末裔。
裏神道は後の陰陽術の原型とも言われる秘術。
森羅万象の力を取り込み自らの力と為す、それは天変地異をも抑える。
刄術は後に忍術へと転じて行く体術。
それは熟練となれば影に潜み空を駆ける暗殺術。
……すげぇな。
天変地異を抑えるとかインフレ半端無い。
暗殺術とか、何と戦うつもりだったんだろう。
変な汗が出て来た。
時折、ああああと頭を抱えながらページをめくる。
これ、本当に使えるのかね。
しかし、目と手はこの通りだったんだよな。
俺はスマホを手に取り『G play』のアプリを立ち上げる。
【サービス再開記念、無料クーポンプレゼント】
完全に俺達をモルモットにしているG社に怒りを覚え無いこともないが、まあ、そのお陰で異世界で遊べる訳だ。
あれから二週間。
恐怖は薄れ、再びあそこへ戻りたいと、そう思うようになった。
世間は危険だと何かと騒がしいが俺なら上手くやれる。
そう思った。
あの世界の俺は俺で無いのだから。
◆
都心の『G play』周りではデモも起きているらしいが、ここは比較的静か。
入り口でクーポンをかざし中へと。
変わらぬ小部屋のタブレットに少し変化があった。
【今いる地球とは、全く違う世界へと移動します。
力と頭を最大限に使い、生き延びましょう】
死ぬ事前提に見える説明文。
開き直ったな。
まあ、実際に向こうで何が起きているのかこちらに伝える手段が無いからな。
異世界である事を確かめる為に自らの命をかけ異世界へと行く勇敢な議員は今の所いないらしい。
そして、異世界での出来事にこの国の法が及ぶのかと言う問題もある。
G社側は、危険を十分に周知した上で異世界転移と言う手段を提供しているに過ぎないと言うスタンスで、本社がアメリカ国内なので強硬な手段に出られない我が国の政府。と言う構図らしい。
経済における相次ぐ失策と超が付くほどの弱腰外交は、今現在政権を運営する後挟内閣の代名詞と言える。
マスコミはその姿勢から総理の名前をもじり『サンドバッグ内閣』などと揶揄するが、それすら逆手に取り「打たれても打たれてもへこたれないのがサンドバッグの良いところです」などと開き直ってみせるあたり流石はサンドバッグと言うべきか。
そんな総理を引き摺り下ろす様な機運が野党に限らず与党内からも上がらないのは、東京五輪以降目に見えて失速した経済と国力を前にして、あえて火中の栗を拾うような気概のある政治家は居ない事の証左である。
こうして、後挟内閣はその戦後最低を更新し続ける低支持率と裏腹に長期政権を担っていた。
と言う様な事を最近、勉強した。
ともあれ、俺はタブレットの開始ボタンにタッチする。
◆
地肌の剥き出しの洞窟。
今までの様に人工的に作られたものでは無く、自然の洞窟。
そんな感じの場所に立って居た。
ただ、日が差し込んでいる様子が無いのに仄かに明るい。
手には五本の爪。
ぶっちゃけ、邪魔な訳で。
これをどうにかする術は実はあった。
爪の一つを右手に持ち、言葉を口にする。
言霊。
それが、御天の力の根源。
「月夜に光る一陣の風。
闇に紛れる禍を滅する力となれ。
汝、蒼三日月也」
掲げた爪、蒼三日月が呼びかけに応え青く光る。
蒼三日月を水平に掲げる。そして、そのまま立てた左手の掌に突き立てる。
掌にチクリと痛みが走る。
息を一つを吐いて気を落ち着け、覚悟を決める。
一気に蒼三日月を掌へと押し込む。
「っぐっ、ってぇぇ」
想像以上の激痛に、思わず声が出る。
しかし、本来なら貫通して手の甲から飛び出ている筈の蒼三日月の刃は、掌に吸い込まれ俺の体内で溶解する。
蒼三日月全てが手の中へと消え、代わりに、左手の甲に十字の黒い刺青が刻まれる。
蒼三日月は俺の躰に宿る刀となった。
まず、一つ。
思った以上に……痛いぞ、これ……。
右手で涙の滲んだ目を拭う。
残り……四本もあるのか。
少し気分を落ち着け次に。
「灼熱の光。天にあまねく者。
慈悲なるその一撫でで禍を焼き殺せ。
汝、陽光一文字也」
激痛に耐えながら二本目。
刺青が増える。
「しなやかに流れる稲光。
走り捉えよ。黄泉の使い。
汝、金色猫也」
三度激痛。そして金色猫は刺青と化す。
痛みの所為か、意識が朦朧として来た。
体が重い。
座って少し休み、三つの刺青が入った左手を見つめる。
これで……プールに入れなくなったな。
まあ、この世界にプールなんて無いだろうし、あったとしてもそんなルールは関係ないだろうけど。
さて、残り二本。
少しふらつく体で立ち上がる。
大きく息を吐き爪を掲げる。
「静かな白い輝き。
静寂に遊ぶ童。禍を食い、狩り尽くし給え。
汝、狐白雪也」
俺の呼び声に、しかし、爪は応えず。
何ら変化も見られない。
あれ?
おかしいな。
爪を見つめる。
他と違いは無い。
「名前が気に入らなかったか?」
そう問いかけながら腰を下ろす。
何もして居ない筈なのに体が疲労で悲鳴を上げていた。
腹が減った。
喉がカラカラだ。
……食い物も飲み物も持って無いのに……どうすれば良いのだろうか。
そう言えば、この世界で何も口にして居ないな。
……そこで俺は豚が人を餌にして居た事を思い出し、それを振り払うように頭を振る。
なんか、食う物とかあるんだろうか。
洞窟だと、キノコ?
何か探しに行こう。
両手に一本ずつと、持ちやすくなったな爪。
それを手に立ち上がり、二度三度と屈伸。
慎重に洞窟を進み出す。