残された合図②
ハナから連絡が有ったのは翌日朝。
決行はその日の夕方。
座標の固定、及び道の確保は、十六時から二時間の間。
逆算して出発の時間は俺に委ねられた。
そうですか。
十八時以降は仕事しないですか。
ホワイトだな。
「今回のオペレーション、それほど成果は期待されてない。
無理しなくて良いわよ」
作戦前にレアーの会議室でハナから気休めを言われる。
「元よりそのつもりです」
「それと、おそらく後から向かう人物は顔見知りになるだろう」
「了解です」
ならば、Aだな。
気楽で良い。
「あと、これ」
差し出されたのは、A4サイズの白い紙封筒。
「何すか?」
割と厚みがある。
開けると中から、小さな箱とネックストラップ。
「……はあぁ?」
開いた口が塞がらない。
比喩では無く、本当に。
ネックストラップには、俺の顔写真とG社のロゴが入ったIDカード。
箱の中に入って居たのは名刺。
『G Play極東研究所 研修員
御楯 頼知』
「インターンよね?」
笑顔で言い放つハナ。
「偽物ですよね?」
「良かったわね。
そのセキュリティキーがあれば、Gの本社にも入れるわ。
最も、行けるのは食堂だけだけど」
嘘から出た真……?
しかし、無用の長物である。
どうせ給料なんか出ないだろうし。
「食堂、美味いらしいですね」
「無料で食べ放題よ。
それと、一部社内の情報にもアクセス出来る。
例えば、米軍人の異世界レポートとか」
「……ご褒美、ですか?」
反応に困る俺に、ハナは心底嬉しそうな笑みを浮かべる。
「そんなので喜ぶなんて余程頭がおかしいのね」
……昨日の仕返しか。
綺麗にやり返された……。
「今度、案内して下さい。
自慢の食堂を」
「レディをディナーに誘うなら、もう少しマシな格好をして、気の利いた台詞を用意してね」
「……実験が成功したら、向こうで飛びっきりのディナーへご招待しますよ」
そう。
一時間は立ち上がれなくなるくらい強烈な奴を。
◆
溜池山王の専用スペース。
今日は横浜の研究所らしき所ではなく、ここからの転移になる。
それだけ力が入ってないってことかな、などと勘ぐりつつ俺は俺で俺のためにこの実験を活用する為に行動を整理する。
まず、最優先は門とその周辺の安全の確保。
出来れば、三時間以内に。
これには、白縛布を使う。
持続時間はおおよそ三時間。
これは俺が考えた設定の通りだ。
三時間以内に門及び安全の確保が出来なかった場合は実験は失敗。
こちらからの転移者は現れない。
まあ、出来ればこの実験は成功させたい。今後のために。
そして、追加で現れるその転移者を速やかに拘束し、更なる転移者を待つ。
すまんな。A。
その先が、この追試の本命。
御織札。
それは俺の設定が作り上げたもので、俺しか知らない。
神代文字はまだしも、裏に書かれたミテンの一文字、止めへんに天なんて完全に俺の創作。しかも、天の文字は上が短いと言う拘りまで。
それが、既に向こうに存在した。
何故か。
メッセージではないか?
誰からの?
その存在を唯一知っている者。
つまり、俺。
未来の俺からの過去へのメッセージ。
突飛な考えだが、矛盾は無い。
つまり、この実験はメッセージを発した未来の俺にとって既に定まった過去なのだろう。
果たして何が語られるのか。
相手にとっての過去、つまり俺にとっての未来を変え最悪の事態を回避する使命が言い渡されるのか、それとももっと他の何かなのか。
その答えはもうじき明らかになる。
Aは例えでコロンブスを出していたが、それはあながち間違いで無いのかもしれない。
俺達が行っているのは、異世界でなく、異世界と異世界の間。
コロンブスが、新大陸をインドと勘違いしたように、あそこは俺達が思うような異世界では無いのかもしれない。
それはいずれ全体像が明らかになるにつれ分かることだろう。
部屋に置かれた椅子に身を預ける。
『Welcome back. Lychee.
Are you ready?』
「Yes」
『Have a good trip!』
合成音声に成功を祈られながら異世界へ。
◆
周囲は、赤茶色の岩肌。
見上げた天井は二、三十メートル以上はありそうなほどに高い。
空は見えないが、天井全体が明るく、それが洞窟内を照らしている。
まずは、門。
荷物の確認を済ませ、術で布を作り出す。
それを、左手首に軽く巻いて洞窟内の探索を始める。
左右に広い道。
下は乾燥した剥き出しの岩肌。
足跡の様な物は見当たら無い。
周囲の気配を探りながら歩みを進める。
やがて、三十分程度で広い球形の空間へと至る。端から端まで百メートル以上はありそうだ。
下は、剥き出しの岩肌から砂地へ。
キラキラと光る柱の様な物が何本もあり、近寄るとそれは上から落ちて来ている砂だと分かる。
「ああ、あったな」
その空間の中心に砂に埋もれるように門も。
このまま砂が流れ込んだら、門が完全に砂の中へと隠されてしまうかもしれない。
もっとも、そうなるのは、十年二十年、或いは百年先か。
まあ、そんな未来へ思いを馳せる必要など無い。
門は見つかった。
問題は、その周りに微かに敵の気配が有ること。
しかし、姿は見えず。
慎重に、砂の上で足を運ぶ。
サラサラで、海辺のような砂。
歩く度に、僅かに足が沈み込む。
突然、砂の中から何かが飛び出し強い衝撃を受ける。
鈍い音を立てながら、俺の身につけた鎧に弾かれたそれは……魚?
銀色に光るダツの様な細長いフォルム。
地に落ちたそれは、直ぐに砂の中へと姿を消す。
……一匹では無い。
周囲、三百六十度ぐるりと囲まれている気配。
「疾る。偽りの骸で
それは人形。囚われの定め
死する事ない戦いの御子
唱、肆拾捌 現ノ呪 終姫」
呼び声に応え現れる直刀、金色猫。
その場で身を翻しながら飛び来る魚を切り落としていく。
……数が、多い。
なんか、最近頼りっぱなしだな。
そう思いながら懐から紙片を取り出す。
突如、足下の砂が盛り上がる。
魚では無い!
避ける間も無く左足首に何かが絡みつく。
触手!?
そのまま逆さに釣り上げられる。
咄嗟に刀を振るうが、触手を切り落とすには至らず。
宙吊りにされた俺目掛け魚が飛び来る。
身をひねりそれを避けるが、避けきれず体に突き刺さる魚。
激痛が走る。
不味い。
「雨乞いは涙となり果たされた
灯火
消えてなお、消えぬ
唱、漆拾参 現ノ呪 神寄
喚、実姫」
「ヴモォォォォ!」
叫び声一つ。
そして、釣り上げられた俺を見て鼻で笑う。
手前ぇ……。
しかし、文句を言っている暇は無い。
実姫は、跳躍し剣鉈を振り下ろす。
その一太刀で切り落とされた触手毎、地に落ちる。
「助かった」
「ヴォ」
「幻の王
響く声、笑う声
未だ夢から醒めず
全て暗闇の中に
唱、伍 命ノ祝 卑弥垂」
突き刺さった魚を抜き、傷を癒す。
そして、絡みついたままの触手を引き剥がす。
……離れない。
何だ? これ。
よく見ると、触手に規則正しい吸盤がついている。
……もしや。
砂が盛り上がり、ちょっとした小山が出現する。
その麓に、ギョロリとした目。
巨大なタコ!?
……触手に襲われて色んな意味で大変!
何て展開にならなくて良かったのか、残念なのか。
いや、馬鹿な事を考えてないでさっさと終わらそう。
今日はやる事があるんだ。
「分かつ者
断絶の境界
三位の現身はやがて微笑む
唱、拾参 現ノ呪 水鏡
風止まる静寂
溢れる鬼灯
涙は涸れ、怨嗟は廻る
唱、捌 現ノ呪 首凪姫」
さて、あの大蛸を狩るのは俺か実姫か。




