カフェ・アンキラ
試験休みが明け、密かに確かな手応えを感じて居た俺の元へと舞い戻ってきたテスト結果。
それは、想像していた以上の出来、なんて事は無く。
まあ、悪くも無かった訳だが。
もうちょい出来てても良いのにな。
などと、少し釈然とせぬまま帰ろうかと荷物を鞄に詰め込む。
「はい」
突然、夏実が一枚の紙を差し出して来た。
「え?」
受け取り、確認する。
そこにアルファベットの羅列。
メールアドレス。
「何、これ」
「ショニンの連絡先」
「え!?」
これを渡して来たと言う事は、向こうへ行って来たと言う事だろ!?
「ちょ、無事だったのか?」
いや、今、目の前に居るのにそう尋ねるのは可笑しいと思うが聞かずには居られなかった。
夏実は、一点の曇りも無い笑顔で親指を立てて見せた。
◆
「アンコと何かあったのかな?」
テーブルに座る俺を見下ろす様に風巻さん、いや、マキマキちゃんが問いかけてくる。
フリルの付いた黒のワンピースにカチューシャ、エプロン姿。
「いや、別に無いけど」
「この前、不自然によそよそしかったよね?」
「そんな事ないよ。
と言うか、そもそも、それほど仲良く無いし」
俺に付きっ切りで給仕をしてくれるメイド嬢、マキマキちゃん。
「そうなの?」
「だって、クラスメイトなだけだし」
「えー。
何それー。
私のアンコを泣かさないでよ?」
「いや、どちらかと言うと俺の方が泣かされる方かと」
鼻に走った激痛を思い出す。
「何でよー!
ちゃんと、アンコより強くならなきゃ駄目だよー!」
「いや、そんなに体育会系じゃ無いし」
「だって、あの子の好み知ってるでしょ?」
「いや、知らない」
「え、知らないの?」
「知らない」
「自分より強い人って。
そんな事言ってるからきっと黒人のマッチョとか連れて来ちゃうんだよ!
二メートルくらいの!
私、そんなのイヤぁ」
どうしてマキマキちゃんが夏実の彼氏を検分する必要があるのだろうか。
しかし、夏実、いやヴァージン・アンコより強く、か。
俺には立候補する資格すら無さそうだな。
俺の二倍は有りそうな肩幅の黒人マッチョとその横に並ぶ金髪ギャルを想像する。
……意外とお似合いじゃ無いか?
「因みにヨッチの好みって、どんなタイプ?」
「俺?」
ここは、あれか?
もちろん君だよ的な返事が良いのか?
まあ、そんな台詞を吐ける様な訳は無いのである。
「好み……かぁ」
朧げに浮かぶ一つの顔。
「別に無いかな。これと言って」
「むー。
じゃ、逆に嫌いなタイプは?」
「逆に?
……白無垢……かなぁ?」
ふと、そう頭に浮かぶ。
「白無垢? 花嫁さん?」
「そう」
「へー。
そうなんだ。
女の子の憧れで無い?
何でー?」
「何というか、あの真っ白な顔と真っ赤な口紅が好きじゃ無いんだよね」
「水化粧の事?
何でー?
綺麗じゃん」
……何でだろう。
いや、特に理由は無いな。
「何となく?」
「変なのー。
でもさぁ……」
なおも何かを言いかけるマキマキちゃんを遮る様にカランコロンとドアベルが鳴る。
「「「「お帰りなさいませ! ご主人様」」」」
カフェ・アンキラの店内に居るメイドさん達が一斉に、ハイトーンの声を上げる。
「ただいま。僕宛に来客があったと思うんだけど知らないかな?」
マキマキちゃんが俺を見る。
多分、そうだろう。
小さく頷く。
「ご主人様、こちらでお待ちです」
そう言いながらマキマキちゃんがショニンを迎えに行く。
「いやー、遠いね。町田」
マキマキちゃんに連れられ現れたショニンの開口一番。
「すいません。わざわざ」
「いやいや、中々良い店を教えてもらえたからね」
「そうすか?」
社交辞令なのか、他を知らない俺には判断がつかない。
夏実から連絡先を貰い、早速コンタクトを取り、何故か女の子のいる店なら行っても良いよと言う訳のわからないオーダーに答えるべく風巻さんのバイトしているカフェ・アンキラへと招いた訳で。
「お疲れ様です。ご主人様。
お飲み物は何がよろしいですか?」
「アイスコーヒー貰おうかな。
氷多めで」
「かしこまりました」
片膝をつきながらオーダーを取る、やや小柄のミキミキちゃん。
八重歯がチャームポイントだと言っていた。
でも、本当のチャームポイントは弾けんばかりの巨乳だと思う。
オーダーを持って戻るミキミキちゃんの後ろ姿を目で追いかけるショニン。
二十代……半ばくらいだろう。
中肉中背でこれと言って特徴の無い顔。
似顔絵にし辛い顔。
「うん。
足を伸ばした甲斐があったね」
「喜んでもらえて何よりです」
「鎧の調子はどう?
まだ使ってない?」
「お陰様で良い感じです」
「そりゃ良かった。
今度、薬でも送ろうか?」
「それなんですけど、どうやってるんですか?」
「僕の能力」
「一方通行?」
「そ」
「それじゃ、薬の代金、払えませんよね?」
「こっちの通貨で良いよ。円でも、BTCでも」
「ああ、成る程」
そう言う商売の仕方が有るのか。
「先払いか、後払いかは、物によるけど」
踏み倒されても、もしくは、代金を支払えない様な事故が起きても問題ないものだけは後払いという事だろうな。
「まあ、まだ注文入った事は無いんだけど」
「今度、また直接売りに来てください。
武器なんかはやっぱり見て買いたい」
その俺の要求にショニンは鼻で笑うのみ。
……それは、出来ないのだ。恐らく。
送れるのは、物のみ。
それも、ショニンから一方通行。
そう言う能力なのだろう。
「お待たせいたしました」
ミキミキちゃんがアイスコーヒーを運んでくる。
「ありがとう。
お礼に今日、一緒に温泉行かない?
ロマンスカーで」
「生憎と今日は館の掃除が御座いますので」
ショニンの唐突な誘いを笑顔で断り、ミキミキちゃんは去って行った。
断り方がこなれている。マニュアルでも有るのかな。
「振られちゃった。
そう言えば、彼女元気?
ここに居るの?」
夏実の事か。
「いや、あの子は彼女じゃないす」
「あれ? 実はあっちでやりたい放題やってる系?」
「いや、そんな事はないす」
「だってあんな熱い口付けしててさ?」
「いや、熱くはないす」
もう思い出させるな。
消化出来て無いんだよ! まだ。
だから、無かった事にして忘れようとしてるのに。
「そうかい?
何か、色々面白そうだから一緒に温泉行かない?
ロマンスカーで」
「行かねっす。
何すか?
さっきからそれ?」
「いや、折角小田急でこんな所まで来たからついでに箱根まで足を伸ばそうかと思ってさ」
「そっすか」
言いながらショニンは、アイスコーヒーを飲み干す。
「さて、そろそろ行こうかな。
また、向こうで会ったら宜しくね。
あと、これ」
ショニンは一枚の名刺を取り出す。
『異界活用研究所 代表
金子 交二』
そう書かれていた。
「社長なんすか?」
訳のわからない会社だけども。
「個人事業主。
まあ、ゆくゆくは法人化するかもしれないけど。
その時はウチに来てね。
待遇は出来るだけ聞くから」
「はあ」
何か、スカウトされた。
それだけ言って、ショニンは立ち上がる。
「そういや、高校生?」
「そっす」
「なら、まあここはご馳走しよう」
「はあ。ありがとうございます」
頭を下げると同時にミキミキちゃんがやって来る。
「お出かけですか?
ご主人様」
「そうだね。
領収書、ちょうだい」
「はい。宛名は何とお書きしておけば宜しかったですか?」
「異界活用研究で」
そんな会話をしながら立ち去るショニンを見送る。
「「「「行ってらっしゃいませ。ご主人様」」」」」
ややあって、揃いのハイトーンボイス。
「帰りにまた来るよ」
そう言いながら、ドアベルの音と共にショニンは去って行った。
気に入ってもらえた様で何より。
「ご主人様、お待たせしました」
「え?」
名刺を眺めていた俺の所へマキマキちゃんがお盆を持って現れる。
そして、目の前に皿を置く。
その上に、黄色いオムレツ。
頼んでないけど?
「あの……」
マキマキちゃんはケチャップを持ち、その上に何かを描き始める。
『彼女?キス?』
黙って待って居るとオムレツの上にそんな問いかけが完成する。
聞こえてたのか。
「……何のこと?」
「誰とですかー?」
「……メイドさんには関係ない事です」
「非道い! この前は、個室であんなにお楽しみだったのに!」
待て!
個室って、カラオケ屋の事!?
「まあ、冗談はさておき」
そう言いながら何故か向かいに座るマキマキちゃん。
「オムライスは私からのサービスです。
で、本当の所、アンコの事、どう思ってる?」
そう、真剣な顔で問われる。
「んー、ちょっと派手かな」
そう答え誤魔化す。
そのまま、視線を合わせずサービスのオムライスを黙々と食す。




