試験休み③
「はい」
夏実の声で覚醒する。
……寝てた。
何時の間にか。
朝まで悶々としてて寝不足だったのも原因だろうけど、何よりやることがなさすぎる。
考え事をしているうちに意識を失っていた様だ。
夏実は向かいでスマホを耳に当てていた。
蘇る昨日の悪夢。
しかし、笑みを浮かべる夏実の表情からその心配は無さそうだと胸を撫で下ろす。
「うん。そう。うん。待ってる」
そろそろ解放されるか。
何にも無かったな。
具体的に、何をどうこうしたかったという訳でないけれど。
「リンコも来るって」
「……え?」
通話を切ってから夏実はそう言った。
「何で?」
「会いたかったんじゃないの?」
「いや、そんな事無いよ」
帰って良いかな。
そう言おうとする前に、夏実は続ける。
「まあ、いいじゃん。
すぐ来るって」
とう言う様な話をしている間に二人きりの部屋へ第三者が現れる。
「あっついねー」
そう言いながら、風巻さんが部屋の中に。
ツインテールではなく両方の髪を輪のようにサイドで纏めている。
吊革?
「あれ? 歌ってないの?」
「良いよ。歌って」
「二人で何してたの? 勉強?」
「そんな感じ」
そう言いながら夏実がタブレットを俺に戻してくる。
「歌って良い?」
「どうぞどうぞ」
タブレットを受け取り、リモコンを風巻さんに差し出す。
彼女は慣れた手つきでリモコンを操作しだす。
ふざけていると分かっては居るが、ラブソングを歌いながら見つめてくるのは、反則だ!
続けざまに歌を入れていく風巻さんのちょっとしたいたずらにそんな風に思う。
そして、部屋は女子二人が交互に、時折一緒にマイクを手にするライブ会場と化した。
観客は俺一人。
まあ、盛り上げるような踊りを踊るでもなくただただ聞いているだけなのだが。
風巻さんがリモコンで次の曲を選ぶ横で、夏実が画面に向かい熱唱。
が、途中でパタリと歌声が止まる。
画面の中で『口づけ』と言う字幕が白からピンクへと塗られていく。
一瞬、夏実と視線が絡む。
心臓が、早鐘を打ち出した。
「ゴメン、消して」
突然止まった歌声に不思議そうに顔を上げた風巻さんに夏実が言う。
「え、何で?」
「ちょっと、トイレ」
「え、じゃ、私歌う!」
風巻さんにバトンを渡すようにマイクを渡し、夏実は部屋から出ていった。
後を託された風巻さんはノリノリで歌い上げた後、ニヤリとしながら俺の方を見て一言言う。
「何か、顔、赤いよ?」
いや、そりゃ……極力、気にしない様にしてさ。
向こうだって、緊急措置、人工呼吸程度にしか考えてないだろう。
そう思って。
改めて、ああいう反応をされてしまうとこちらとしてもどうして良いかわからず。
いや、普通にしよう。
「暑くない?」
「そう?」
室内の冷房は、ガンガンに効いていた。
それでも、俺はそう言ってごまかした。
次の曲へ。
だが、風巻さんはリモコンを取らずにマイクを置く。
「してたのは、本当に勉強?」
何かを含んだような言い方。
笑みを浮かべながら探るような上目遣いで見てくる風巻さん。
「まあ」
そう答えながら、視線を逸らし、無意識に先程まで夏実が見ていたタブレットに。
「何、それ」
風巻さんもそれに気付く。
「俺の」
「二人で、何見てたの?」
からかうような口振りの風巻さん。
「別に面白いものじゃないよ」
そう言いながら、指紋認証を外して画面のロックを解除する。
そして、それまで起動していたアプリがその画面に映し出される。
「うわ。美人。……誰?」
それは、描きかけのスケッチ。
記憶を頼りに描いた女性。
どうにも似ていなくて、描くのを途中で止めたイツキの絵だった。
下の方に添えたドライフルーツだけは、やけに上手く描けているけれど。
「……命の恩人」
風巻さんの問いに、短く答え画面を消す。
ロック解除でこの絵が出ると言う事は、それまでこれを使っていた夏実もこれを見ていた訳だな……。
何と思われたのだろうか。
「今度、私も描いて」
「ラフで良ければ」
上の空でそう返す。
「……うわー、エッチー」
「ん?」
ラフ……裸婦?
「いや、違う」
ガチャリと音がして、夏実がドアを開ける。
その顔を見て、不意に彼女の変身シーン、露わになったボディラインを思い出す。
「俺も、トイレ」
ドアを開け、怪訝そうな表情の夏美の横をすり抜け、部屋の外へ。
そのままトイレに駆け込み、手洗いで顔を洗う。
ペーパータオルで拭き取り、顔を上げる。
備え付けの鏡には、黒い眼の男が一人。
赤い眼ではなく。
もう一度、水で顔を洗い部屋へと戻る。
その後、二時間程、二人のライブは続いた。




