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人を運ぶ悪魔③

「ガスって来たか?」

「ああ、そうだな」


 暫く進んだところで後ろからAがそう声をかけて来る。

 確かに、霧の様な物が現れだした。

 相変わらず俺達以外の気配は無い。


 構わず歩みを進める。


「お、おい。

 毒とか警戒しなくて良いのかよ?」

「大丈夫だろ」


 仮に毒ならば、先遣隊が死体になって転がっているだろうから。

 その先遣隊も、ここを通った。

 地の上に僅かに残るその痕跡がそれを示している。

 では、何故戻らない?

 或いはこのまま進めばやがて引き返して来た先遣隊と出会う事になる。

 その場合、一緒に戻るべきか、それとも俺達は俺達で先に進むべきか。


 霧はますます濃くなり、後ろを歩くAの顔すら朧気になって来た。

 地底湖でもあるのだろうか。

 或いは、温泉?

 何か、焦げた様な匂いが鼻をついた様な……。


 ……気の所為では無かった。


 地に転がる物体。

 だが、霧の所為で正体までは分からない。

 生き物では無い。

 木か?

 しゃがみこんで、その正体を確かめる。

 その迂闊な行動が、結果として真っ黒に焼けただれた死体を間近で見つめてしまう結果になる。


 思わず、顔を背け、小さく息を吐いて、再び目線を戻す。


 探していた、先遣隊か?


「どうした?」


 後ろからAの声。


「死体だ」


 木製のネームタグが地に落ちて居た。

 首から下げていたのだろう。

 その先についていたであろう、紐は焼き切れている。

 しかし、木の札そのものは無事。

 そこに掘られた英字を脳裏に刻み込みながら、再び死体の様子を確認する。

 大の字に仰向けに転がる焼死体。

 右手にサーベルの様な刃物を握っているという事は、戦いの最中に絶命したか。

 焼けている部分は限定的。

 肩から上。

 特に顔が極端に焼けただれ炭化している。

 短時間に、高温で焼かれた。

 ……術か?


 もう一人は無事か?


 腰の剣を抜き左手に。

 右手を懐に入れ、念の為紙片を。


 立ち上がり、二歩、三歩。


 地の上、焼死体の先に黒い水の滴った様な跡があった。


 そして、その先に……足。

 もう一人、地に転がっている。


 慎重に近づく。


 仰向けになって、目を見開くそれは既に事切れて居るのが明白だった。


 その死体の下、地面が真っ黒に染まっている。

 俺はしゃがみこみ、ネームタグを確認して、そして死体の肩を持ち上げる。

 背に、深々と刃物傷。

 これが致命傷か?


 一人は刃物で殺され、もう一人は、焼き殺された。


 どんな敵がこの霧の中に潜んで居る?


 周りを警戒しながら立ち上がる。


 左眼の奥にチクチクと違和感を感じた。


「エル……」

「ああ。恐らく先遣隊だろう」


 背後から呼びかけて来たAに振り返らずに答える。

 周囲を警戒しながら。


『殺せ』


 咄嗟に振り返る。


 Aが、苦悶の表情を浮かべ、俺に武器を向けて居た。


 視界がチカチカする。

 ……禍津日マガツヒが暴れている。

 さっきの声は、俺の脳内に直接響いた禍津日マガツヒの声。


「エル……お前が、殺したのか?」


 Aは何を言ってるのだ?

 この状況を、どこからどう見たら俺が……?


『殺せ』


 再び禍津日マガツヒの声。

 それと同時に、Aが武器を突き出しながら飛び込んで来る。


 大きく後ろに飛んで距離を置く。

 追撃は、来ない。


 Aの動きに迷いが感じられた。


 そのAが大きく息を吸い込み、武器を持つ手に力を込める。

 その顔から迷いが消えた。

 完全に俺を敵と見なした様だ。


 クソ。

 何が起きている?

 左眼から頭にかけてガンガンと痛む。


 まさか……この霧……瘴気か!?


 Aが再度こちらに向け突進の構え。


「雨乞いは涙となり果たされた

 灯火

 消えてなお、消えぬ

 唱、漆拾参(しちじゅうさん) 現ノ呪(うつつのまじない) 神寄(しき)

 喚、実姫みのりひめ


 飛びかかるAを遮り、俺を守る様に実姫の巨体が現れる。


「殺すな!」


 咄嗟に、その背にそう怒鳴りつける。

 一瞬、肩に担いだ剣鉈がビクリとしたが、それを振り下ろす事なく反対の腕を振り回す。


 直後、鈍い音。


 肩越しに実姫がこちらを睨みつける。

 その向こうで、Aがうつ伏せになり転がって居た。


 ……死んでないよな?


 ◆


 気絶したAを後ろ手に縛り、実姫に担いでもらう。

 そのまま急ぎ、門へと引き返す。


「殺して無いよな?」


 地に下ろされ、拘束を解かれても微動だにしないA。

 一応、癒しの術もかける。


「ヴモォ!」


 不満げな実姫の返答。


 後でちゃんと謝ろう。

 そう思いながらAの体を門へと放り投げる。


 光に包まれ消え行くA。

 ひとまず、任務は完了かな。


「暴れるのはまた今度な。

 還」


 実姫の召喚も解除。

 消え行く一瞬、歯をむき出して睨まれた。

 だが、瘴気の最中へ彼女を連れ戻すとどうなるか分からない。


 俺は再び先遣隊の遺体の元へ引き返す。


「地の底 海の底

 罪穢れ流る

 はは いざなう彼方へ

 満ち延びる

 唱、玖拾肆(きゅうじゅうし) 鎮ノ祓(しずめのはらい) 神葬(かむはぶり)


 目を閉じ、静かに唱えた術。

 すぐさま金色の炎となり二人の遺体を音もなく消滅させて行く。


 二人の信ずる神とは違うだろけれど、このまま瘴気の中に捨て置いてはいずれマガにまみれ、人ならぬ物へと変わってしまうだろう。


 金色の炎が、束の間周囲の瘴気を晴らすが、すぐにまた霧が立ち込めて来る。


 この瘴気の元は何だ?

 闇の中を蠢く凶神。それが放つ負の気配。

 退魔師たる俺が祓うべき物。

 ……だが、これ以上進んで瘴気に晒されるのは危険だ。

 左眼に封ぜられた禍津日マガツヒが、行けと囁いている。

 それは、即ち凶神へ利を与え俺を害する事に他ならない。


 帰ろう。


 再度、引き返す。門へと。



 しかし、どうしてここへと飛ばされたのだろう。

 帰る道すがら、それを考える。


 呼ばれたのだろうか?

 禍津日マガツヒが喜ぶ程の瘴気の主に。


 ……クソ。


 左眼が、チカチカする。

 門が視界に入った途端、禍津日マガツヒがまた暴れ出した。

 引き返せ。

 行かせぬ。

 そう、騒ぎ立てる様に。


 左半分だけ視界が仄かに赤い。

 早く、戻ろう…………ん?


 ……何だ?


 今、何か……違和感があった。

 早く門へと触れ、戻らねば。

 そう思う俺を引き止める程の違和感。


 立ち止まる。

 ここは……転移して来た、まさにその場所。


 辺りを見回す。

 門と、今来た道。

 それ以外には何も無い。


 左眼から頭にかけて激痛。

 立って居られず片膝を突く。

 両目を閉じ、眉間を抑える。


 ……帰ろう。


 ゆっくりと目を開ける。


 ……違和感の正体はそこにあった。

 禍津日マガツヒの力がこぼれ、赤く染まる左半分の視界。

 その中で、まるでそれに抗う様な異質な力。

 右のイズノメが微かな力の流れを掴み取った。

 その正体を求め、俺は地に手を当てる。

 そして、更にその下。

 地面を掘り、僅か一センチ程、土をどかしたそこにあった物は小さな木片。

 幾何学模様の彫り込みに、くすんだ赤の染料で色付けがされている。

 それは、天名地鎮あないちと呼ばれる神代文字の『一』を表す字形に似ていた。

 裏には、とめへん(止)に天、つまり、ミタテを表す一文字。


「……御織札ごしきふだ?」


 それは、裏神道に伝わる暗号札。

 所謂マーカー。

 術者の力が織り込まれた文字によってこれ自体が力を持ち、場の気を変質させ強める働きがある。


「いや、しかし……」


 だとしたら、誰が?

 これが……座標固定転移の原因か?


「天地・東西南北

 夜舞やまい、かれ

 死舞しまい、荒神あらが

 唱、拾玖(じゅうく) 鎮ノ祓(しずめのはらい) 六合封緘(りくごうふうかん)


 ひとまずその力を封じ、それを荷物袋の中へと仕舞い俺は門へと手を伸ばす。

 果たして、これでどうなるか。


 ◆


 眩いばかりの光。

 行きと同じく真っ白の部屋。


『おかえり』


 淡々としたハナの声。

 戻って来た。

 左眼の痛みも、頭痛もピタリと止んだ。


『そのまま、そこでレポートを上げて』


 横にラップトップのPCが置かれていた。

 流石にこのまま帰してもらえる訳は無いか。


 俺はそのPCを使い、向こうで見た事、起きた事をまとめて行く。

 ただ一つ。

 最後に掘り出した木片の事だけを除き。


 それからタブレットと付属のペンを使い、二人分の遺体。

 その様子のラフスケッチを思い出しながら簡単に描く。


 そのデータとネームタグにあった名を添えてレポートを提出する。


 それで、解放された。


 部屋の外でハナが立って待っていた。


「まだ事後処理があって私は動けない。

 帰れるなら帰って良い」


 スマホを取り出し、時刻を確認。

 22時過ぎ。


 ここから家まで……二回乗り換えて……面倒だな。


「それ、どれくらいかかるんですか?」

「二、三時間」

「……電車で帰ります」

「わかった。

 近いうちにまた連絡する」

「はい」


 ここでハナを待つよりは、帰ろう。

 多少、面倒でも。


「あ、そうだ。

 名刺、一枚下さい」

「ん、ああ……これで良いかしら?」

「……肩書、幾つ有るんですか?」


 その問いをハナは微笑みで躱す。


 ◆


「よう」


 出入り口の手前、ちょっとした待ち合わせスペースで声をかけられた。

 Aだ。

 ハナを待って居るのか?


「さっきは悪かったな」


 素直に詫びる。

 殴ったのは俺でなく式神なのだけれど。


「いや、こっちこそ。

 何て言うか、お前が敵に思えて怖くなったんだ」


 ……瘴気の影響か。

 あれは、人の負の感情を刺激する。


 ああ、そうか。

 帰還直後にレポートを書かされたのはこうして口裏を合わさせない為か。


「常識の内で助かったな。

 お互い」


 そう声をかけ、怪訝な表情を浮かべるAに手を上げて立ち去る。


 もし、Aに人を殺す事に躊躇いが無ければ俺は後ろから殺されていただろう。

 当然それは逆の立場でも同じ。

 俺がその気になれば、式神は容易くAを二つに引き裂いたはずだ。


 その甘さが、今日は幸運となった。

 だが……この先、いつまでもそんな事を言って居られるかどうか。


 電車の外を流れる光を眺めながら、そんな事を考える。

 そして、スマホを取り出す。


 向こうに行っている間に夏実からメッセージが入っていた。



 ────────────────


 なつみかん>連絡ちょうだい


 ────────────────


 既読にしてないそのメッセージに、何と返したものか。

 かれこれ三十分程の悩んだまま。

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