人を運ぶ悪魔②
『人を運ぶ悪魔の召喚』
勝手に意訳した。
多分、間違ってない。
バティン。
ゴエティア、第18の悪魔。
瞬時に人を運ぶ力があると言う。
作戦名が悪魔の名前とか、悪趣味なのか気が利いているのか。
それとも、単に聞き間違えているのか。
ともあれ、その作戦の成否は何故か俺達に委ねられた訳だ。
降り立った暗がりの世界。
岩肌剥き出しの洞窟も、天井に付いた苔が光り内部をほんのりと照らす様も何度か見た事がある。
いつもと同じ。
しかし、一つ違うこと。
狐につままれたような表情をこちらに向けるAが横に居る。
俺も多分、同じ様な顔をしていると思う。
「……成功したみたいだな」
「すげえな……」
Aは白の肩当てと胸当てを身に着けた、西洋の騎士の様な出で立ち。
そして、身の丈ほどの細い棒を持っている。
「しかし、これはどういう事だ?」
Aが振り返りながら疑問を口にする。
その視線の先には、門が鎮座していた。
「帰るか」
俺はそう提案する。
複数人による座標指定同時転移実験『人を運ぶ悪魔の召喚』は成功。
それで報告としては十分だと思うのだが。
「いや。先遣隊を探す」
そうAは断言した。
真面目なのか、それとも、その方が報酬が多いからか。
門と反対方向へと歩き出す彼の三歩ほど後ろを付いていく。
道は岩肌が剥き出しの洞窟。
空気は多分に湿気を含みひんやりとして居る。
「武士?」
慎重に足を進めるAが振り返らず尋ねてくる。
後ろから見ていても周囲に視線を巡らせているのがよく分かる。
「みたいなもん」
説明が面倒なのでそう答える。
刀を使うから、まあ良いよそれで。
ただ、武士と違い仕える主君は居ないけれど。
「騎士?」
今度はAに尋ねる。
「みたいなもん」
同じ返事が返ってくる。
まあ、説明が面倒なのが半分、手の内を明かしたくないのが半分だろうな。
似たもの同士。
なんとなくそう思う。
「……お前、殺したことある?」
そう聞かずには居られなかった。
Aは振り返らずに頭を横に振る。
「お前は?」
「まだ」
無い。
短く答える。
「門を前に戻らなかった。
どうしてだと思う?」
Aの注意を削ぐつもりは無いが考えは聞いておきたい。
「実験は成功した。
はいオシマイ。
そんな風に素直に戻る連中じゃ無いんだろ。
だから選ばれたとも言えそうだけど」
なるほど。
俺としては、素直に戻りたいんだけどなぁ。
そんな連中が戻らないのは何かトラブルがあったからで、俺達はそのトラブルへと向かっていっている訳だ。
「連中には連綿と受け継がれている開拓者精神が有るからな」
それは、日本人なら全員武士道に殉じていると言われるに等しい気がするが。
まあ、開拓者精神は兎も角、その先遣隊の姿を見つけなければ実験が本当に成功したかどうかに疑問符が付くのは事実だ。
「だから、俺達が派遣された」
「……ん?」
やや強気に言ったAの言葉の根拠が理解出来なかった。
「どう言う意味?」
「将来有望なエージェント!」
振り返りながら言ったAの顔にはふざけた様子は無かった。
「なら、ランクBを派遣する訳ないと思うけどな。
成功確率すらわからない実験。
無くしても問題ない、掃いて捨てる程度の駒。
俺だったらそう言う奴を選ぶけど」
そして、そういう基準で選ばれたと思う。
しかし、俺の言葉にAは顔をしかめる。
「たまたまランクSが捕まらなかったんだろ」
「かもな」
ただ、そもそもレアーとか言う団体に所属しているだけの俺達の所に話が来る時点で違和感があると思うのだ。
先遣隊は、米国側から発ったと言った。
恐らくは米国軍人。
それを追うのが他国の民間人。
余りに奇妙だ。
或いは、それだけレアー、もしくは、そこに所属している調査員が評価されているのか。
「……お前、英語話せる?」
再び前を向いて歩き出したAに問いかける。
「全然。何で?」
「先遣隊は日本語喋れるんだろうか」
「……身振り手振りで何とかなるだろ。
いきなり襲って来る様な非常識な連中じゃなければ」
……果たしてそれは非常識なのだろうか。
この世界において。
話せば話すほどに不安ばかりが頭に浮かぶ。
引き返した方が良い。
真剣にそう思う。
「そうか、英語も必要か。
いや、中、韓、露……その辺まで抑えるべきか」
「何が?」
「L。お前、この先どうなると思う?」
「さあな。陽気な米国軍人達がキャンプファイヤー囲んでバーベキューしているんじゃ無いか」
そう適当に答える。
先に何が有るかなんて行ってみない事には見当もつかない。
「違う。
将来の事だよ」
「将来?」
「俺は、そのうち今より安全にここと行き来が出来るようになると思う。
現に、こうして同じ所に転移できる様になった。
そうすると色んな可能性が出て来るんだよ」
何の話だろうか。
俺の疑問を他所にAは尚も続ける。
「俺は、まあまだランクこそBだけど、上手くこの世界で活躍してると思うんだ。
そんな力を生かして、この先、案内人として生計を立てていけるんじゃ無いかと思うんだ」
「……案内人? ツアーコンダクター見たいなもんか」
「そう! どう思う? 興味、あるだろ?」
Aが嬉しそうに振り返る。
俺はその嬉しそうなAを睨みつけ、声のトーンを落として言い放つ。
「……御託はいい。さっきから代わり映えのしない洞窟をウロウロしているだけじゃ無いか。
何のために高い金を払って雇ったと思ってるんだ」
やや芝居掛かった口調の俺にAが眉間に皺を寄せる。
「腹が減った。
水は無いのか?
モンスターは何処にいるんだ?
そうだ、君、魔法は使えないのか?」
「……何言ってんだ?」
「こんな風に、あーだこーだ喚き散らす小金持ちの親父を相手にする訳だ。
俺には無理だなぁ」
「……若い女しか案内しない」
お前がそうである様に、客もまたそうなんだよ。
若い女の案内人が居たらそっちが人気になるだろう。
まあ、それは言わない事にした。
……しかし、そうか。
改めて考えるとこうして実験が成功した事によって様々な可能性が出て来たと言うのは確かだ。
「例えば、二人組の客が来たとする」
「ん、おう」
「明らかに堅気で無いその客の一人は、こちらに着くなりもう一人を殺してしまった」
「は?」
「不慮の事故で死んだ。
そう言う事にしておいて下さい。
向こうで不幸になりたくなければ」
「ご安心下さい。
こちらで起きた出来事を、口外する様な事はありませんので」
芝居掛かった口調でAが返す。
そう言う犯罪を秘匿するのに、この世界は持ってこいだ。
「……簡単じゃ無いな」
「そうだろうな」
「まあ、俺達はそんな新世界を開拓するコロンブスの卵だ」
そうAが締めくくる。
コロンブスの卵とは、そう言う意味で無いと思うのだけれど。
異世界だと意味が変わるのかな?
それっきりAは口をつぐみ、歩みを進めていく。
なだらかに下る道。
脇道は無い。
前を行くAが警戒するけれど、敵の姿も無く。
「少し、開けて来たか」
前を行くAがそう呟く。
人一人が通れる程度の道は、いつの間にか二人並んで歩けそうだ。
そんな事しないけど。
「先頭、変わろうか?」
「ん、ああ」
俺の提案に、Aは素直に振り返る。
多分、慣れない複数人行動。
敵の気配に注意しながらも、俺に気を使う、そんな様子が見て取れる。
「じゃ、はぐれたら置いてくからな」
そう言いながら俺はAの横をすり抜け足早に進む。
案内人気取りか知らないけれど、そんな気遣い同業者には不要なんだよ。
自惚れ?
一回生きて帰っただけの夏実に何がわかる?
道は尚も広がり、そして下って行く。




