人を運ぶ悪魔①
「遅い!」
レアーに着くなり、青筋を浮かべるハナがお出迎え。
しかし、こちらに非はない。
「最速、最短で来ました」
言った通り電車で来たのだから。
まあ、乗ったのは各駅だけど。
着替えもせず、制服で。
こっちは、女子と二人きりと言うタイミングを邪魔された訳だ!
これはちょっとした事件だ。
例えば他の女子とデートをして居たとしても、そこに監視カメラがある限り俺の居場所は筒抜けなのだよ。
この組織には。
スマホのGPS切っておけば安全か?
そんな事無いだろうな。
「俺のプライバシーって、誰に文句を言えば守られるんですかね?」
これくらいの小言は言いたい。
「そんなもの、無い」
しかし、あっさりと跳ね返されるわけだ。
「で、なんすか?」
溜息すら出ない。
「道々説明する。
まずは地下、駐車場」
と言う事は、ここから移動か。
◆
下に既に待ち人が居た。
駐車場の暗がりでも分かるほどに茶髪に染まった短髪を立てた男。
ポケットに手を突っ込み、テスラに寄りかかって居る。
格好から同年代だろうとあたりをつける。
「お待たせ」
ハナがそう声をかけながらスマホを操作。
テスラのキーロックが外れる音がする。
そいつが後部座席のドアを開けて先に乗り込む。
「アンタも後ろ乗って」
そうハナに言われ、そいつが乗った方と反対から車内に。
「アルファ。通称、Aだ」
後部座席に座った俺に、横に並んだそいつがそう名乗った。
「お前は?」
「……ライチ」
「ライチ……なら、Rだな」
どう言う事だ?
「エージェントは名前を隠すもんだ」
そう言いながらそいつは俺にサングラスを差し出す。
「顔もな」
ひとまず、それを受け取り、そして前に座るハナへルームミラー越しに救いの視線を投げる。
説明を。
しかし、一瞬合ったその視線はテラスが動き出すと同時にそらされる。
「……頭文字なら、Lだ。
エージェントになったつもりは無いし、こんな格好でサングラスをかけたら逆に目立つと思うけど?」
二人共、どう見ても高校の制服姿。
サングラスが、自然に馴染む格好では無い。
「エル、か。
漫画のキャラと被るけどまあ仕方ない。
よろしく」
そう言いながら、Aはサングラスをかける。
「似合わない。不自然だぞ」
「良いんだよ。CIAの秘密工作員ならこれくらいのハッタリは必要だろ。
ランクは?」
「レアーは、CIAとは一切関わりは無い」
窓の外を眺めながらハナが釘を刺す。
「B」
受け取ったサングラスを掛けながら答える。
「俺もBだ」
同レベル、か。
サングラスを外し、それをまじまじと観察してAに言う。
「映画の見過ぎじゃないか?」
「良いだろう? それの何が悪い?」
そう言われ、それこそが力であるあの世界を思い出す。
「今度、オススメ教えてくれ。
デートに使える奴」
キザにそう返す。
悲しいかな、そんな予定はまるっきり無いのだけれど。
「そろそろ、話をして良いかしら?」
若干呆れ声でハナが言う。
「オフコース」
そう答えた俺に舌打ち。
そして、ルームミラー越しに刺す様な視線。
再度、サングラスを掛けながら笑みを一つ返す。
返ってくる舌打ち。
「後ろのバカは、安佐川巧馬。
そっちのバカは御楯頼知。
臨時で二人に指令。
仲良くしろ」
あっさりと正体をバラされるエージェント達。
隣で安佐川こと、Aが口をへの字にする。
「指令?」
俺はルームミラー越しにハナを見る。
「着いたら話す」
ハナは面倒臭さそうに言い放ち、カーステレオのボリュームを上げる。
◆
車は第三京浜に入り、そして都筑で下りる。
そのまま、横浜の郊外を走り、ガラス張りのビルの地下へ。
「わかってると思うけど、他言無用。
エージェントなら、守れるわよね?」
車を停め、ハナが振り返りながら言う。
ふざけた言い方だが、その顔は真剣だった。
にわかエージェントの二人が無言で顎を引く。
◆
真っ白の会議室。
そこに通された俺達。
それに面するのは一人の外国人。
三十代前半……といった所か。
痩身の男性。
レオナルド・クーパーと、そう名乗った。
「一昨日、G playにて奇特な状況が観測された。
分析の結果、それはG playの転送先固定に繋がるものでは無いかと言う結論に達する。
そして、米国側で二人の調査員を派遣した。
それが、およそ24時間前」
俺達と向かい合ったハナが、そう説明をする。
「二人は、これを追いかけ連れ帰って欲しい。
それが、任務。
質問は?」
「……転移先が、固定できるようになった。
同じところに複数人送れるようになったということですか?」
逸る気持ちを抑え、俺がそう尋ねる。
「その可能性がある。そういう実験をしていた。そういう事」
ハナが淡々と答える。
「どうして俺達が追う必要が?」
「先遣隊には速やかに戻るように伝えてある。
戻らないのは何かトラブルがあったとも考えられる。
そこで、レアー屈指の調査員である二人に白羽の矢が立った」
「なるほど」
隣でAが納得したように答える。
「そもそも、その転移が成功したかどうかは?」
「わからない。
それも含め、調査するのが貴方達への指令。
報酬は、それなりに」
移動が成功したかどうかも定かで無いと言うことか。
俺は、転移に失敗し蝿と融合してしまう映画を思い出す。
……横目で隣の男を見やる。
コイツと一体化するのはゴメンだなぁ……。
「了解!」
その男は二つ返事で快諾した。
不安とか無いのだろうか。
しかし、ハナはこちらに対しやるかやらないかの選択肢を与えなかった。
という事は、逃げられないんだろうなぁ。
「……了解」
俺は渋々そう返す。
「Okay!
オペレーション・バティン、トライアゲインです!」
レオナルドが嬉しそうに両腕を上げた。
その後、通された会議室と同じように、真っ白の転移スペース。
そこに置かれた同じく真っ白の椅子に腰掛け、背もたれにもたれかかる。
Aも同じ様な所に通されているのだろうか。
『いってらっしゃい』
スピーカー越しのハナの声に送られ、目を閉じると直ぐに全身を違和感が包み込む。
だが、あの悪趣味な台詞で送られるより幾分も良い気がした。