ファミレス②
代わりに、では無いがハンバーグが運ばれて来て夏実の前に。
「……風巻さんって何のバイトしてるの?」
「行ってみたら良いじゃん」
夏実が肉にナイフを入れながら答える。
少なくとも酒が出る様な店では無いと言う事か?
「あのさ、向こうの事でいくつか聞いたい事があるんだけど」
「何?」
「えっと、注意点とか」
「……どう言う為の注意点?
その目的によっても変わると思うんだけど」
「うーん、死なない為の?」
「行かなきゃいい」
スマホをいじりながらそう返す。
それが唯一まともに与えられるアドバイス。
……カフェ・アンキラを検索。
……ここから割と近い。
そして、酒を出す店では無く当然俺も入れる店。
行くかどうかはさておき。
「そう言う言い方ないんじゃ無い?」
「ん?」
スマホから顔を上げると、夏実がフォークとナイフを置いてこちらを睨んでいる。
「だって、そうとしか言えないもん。
俺は、たまたま能力があって、それで、死なない様に細心の注意を払って。
でも、死ぬときは死ぬんだよ。
多分、あっさりと」
今まで、何人もその光景を目の当たりにして来た。
それは、彼らが弱かったからでは無い。
何故ならば、俺と恐らくは同じ程度の実力者であるレアーの調査員とて命を散らしているのだから。
では何故?
運がなかった。
言葉にすると、至極簡単だけれど他に決定的な理由がないのもまた事実。
「あっそ。聞いた私が馬鹿だった」
そう言って再びフォークとナイフを手に取る。
「……て言うか、また行く気?」
肉を見たまま頷く夏実。
「何で?
風巻さんの彼氏はもういいんだろ?」
「楽しいじゃん。
変身出来るんだよ?
体も信じられないくらいキレイに動かせるし」
「そうやって調子に乗ってるとあっさり死ぬんだよ」
「……そんなの、御楯に関係無いじゃん」
怒気がこもった声で、まるで突き放す様にそう言われる。
「それもそうだ」
「大体さ、自分は力があるなんて自惚れてるのは御楯の方なんじゃ無いの?」
「そうだよ!
自惚れで悪いかよ!
俺は、何でも出来る。
何にだって勝てる。
でも!
そんな事、無かったんだよ!」
思わずそう怒鳴り、それに対して面食らう夏実を見て血の気が引く。
そして、後悔。
「……飲み物、取ってくる」
こんな所で夏実と言い争って何になる。
行きたいなら、勝手に行って、勝手に死ね。
どうせただのクラスメイト。
あと一年半、同じ教室で顔を合わせる。
ただそれだけ。
それが、仮に半月になろうが、半年になろうが何も変わらない。
氷の入ったグラスに、茶色の炭酸水が注がれるのを見ながら考えを整理し席に戻る。
夏実は、憮然とした顔で肉を口に運んでいた。
俺は無言のまま、鞄からタブレットを取り出しアプリを立ち上げる。
そして、夏実が食事を終えたタイミングでそれを差し出す。
「……何、これ?」
「向こうで見た敵のスケッチ。
下に見た限りの行動もメモしてある」
「スケッチって、どうやって描いたの? これ」
「こっちに戻って来てから、記憶を頼りに」
「あ、これ、この前の竜人?
すごい、上手い」
タブレットの画面をスワイプしながら夏実が目を丸くする。
「これ、公開すれば良いのに。
他のより全然上手いし役に立ちそう」
「夏実。
お前の得意技って何?」
「え?」
「リングの上での」
「リングの?
コンビネーションかな。足を使った」
「俺さ、お前の右ストレートで一発KOされたからそれを知らないんだよ」
「……ごめん」
「いや、責めてるんじゃ無くて。
つまり、そこに書かれているのは、俺が体験した限りの情報でしか無いんだ。
右ストレートしか見た事が無い俺は、夏実がコンビネーションが得意とは知らない」
「うん」
「強力な右ストレートを使う相手。
強力な右ストレートと、華麗なコンビネーションを使う相手。
当然戦い方は変わるよな?」
「うん」
「だから、それを見ても、あくまで参考程度に考えておいた方が良い」
「なるほど」
「それに、例え似た姿形をしていても同じ行動をするとは限らない。
俺の前に、ボクサーとキックボクサーが現れたら見分けがつかない様に」
「それは、わかるでしょ?」
「いや、わかんないよ。
普通の人はわからないだろ」
「そうかな?
でも、言いたい事はわかった」
「それと、お前、ネットで色々調べただろ?」
俺のスケッチを見て、他のより、と何かと比較した。
それは、きっとネット上の情報だろう。
「うん」
「それは、全部忘れろ」
「何で?」
「真偽が定かで無いから。
それに、さっき言った様に予断は持たない方が良い」
「ふーん。
御楯は、これ公開しないの?」
「しない」
レアーには渡してあるが、見ず知らずにこれを見せる予定は無い。
「喜ぶ人多いと思うよ?」
「それを信じて、結果死ぬ奴も出てくる」
そこまで責任は持てない。
それに、多分守秘義務に抵触する。
今、こうして夏実に見せているのも怪しいけれど、この程度ならバレなければ問題無い。
「そうかな?
まあ、良いや。わかった。
これ、借りて行って良いの?」
「ダメだよ。
今ここで見ろ。
大体持ち帰っても、指紋認証あるから起動しないぞ」
「そっか」
夏実がスワイプしながら画面を眺める。
時折、絵やメモに質問が来て、それに説明を返す。
そうやって、暫く時間過ぎる。
何度目かのドリンクバーから戻った所でスマホが震えた。
相手は……ハナ。
何の用だろう。
ひとまず、電話には出ずに『後で掛け直します』とメッセージで応対する。
タブレットを眺める夏実がスマホを取り出し、怪訝そうな顔をする。
そして、それを耳に。
「はい。
……はい。そうですけど……は?
誰ですか?
は?」
間違い電話か何かだろうか?
「いえ、はい。
……はい」
「え?」
夏実がスマホを俺に差し出す。
「代われって」
「俺に? 誰?」
「ハナって人」
俺は、右手で眉間を抑えながら夏実からスマホを受け取った。
「代わりました」
『デート中にごめんなさいね』
全くすまないと思ってなさそうな口ぶり。
「何すか。
て言うか、いや、どこに居るんですか?」
店内を見回し、そして、振り返り店の外を観察する。
『レアーの社内よ?』
「は?
それでどうして……え、まさか」
俺の視線が店内に設置された監視カメラを見て止まる。
『正解』
あのカメラの映像を盗み見ている訳か?
いやいやいや。
法に触れるだろう?
治外法権も大概にしろよ……。
「なんなんすか?」
『緊急事態。至急、都心へ来い』
「は? いや……」
『来るまでガールフレンドの電話にずっと掛け続けるわよ?』
「……行きます」
クソが!
ガールフレンドじゃ無いし。
後で直接訂正しよう。
『この時間なら車も電車もそう変わらないから好きな方で良いわ』
「車って……タクシー代、出るんですか?」
『出ないわよ?』
「電車で向かいます」
『急げ。
それで、そこでしている事は不問にする』
それだけ言って電話は切れた。
……情報を夏実を見せた事を利用されたか。
「誰?」
咎める様な夏実の目。
「……上司」
「は?」
「ごめん。
呼び出された。
行かなきゃ」
「ふーん」
スマホを返す俺にジト目の夏実。
「バイト、してないって言ってなかった?」
「いや、バイトとはちょっと違う……」
「ふーん」
「……続きは、また別の日に」
「ふーん」
夏実からタブレットを受け取る。
スマホが震える。
ハナ!?
直ぐに電話に出る。
『早く!』
「イエス・サー!!」
ヤケクソ気味に言って電話を切る。
「悪い! 会計任せる。お釣りは今度」
「あ、ちょっと!」
テーブルの上に千円札を一枚置いて、カバンにタブレットを詰め込みながら足早に外へ。
そして駅へと向かう。
緊急事態って何だよ。
そして後日、夏実にこの事であれこれ聞かれるのだろう。
それを考えると憂鬱だ。




