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ミノ

『Have a good trip!』


 何度聞いても慣れないな、などと全身を違和感に包まれながらに思う。

 何が悪いのだろう。

 声質だろうか?

 いや、そもそも台詞が悪趣味なんだよな。


 そんなどうでも良いことを考えている間に世界が切り替わる。


 ドン、といきなり目の前に何か落ちた。


 反射的に後ろに一歩大きく飛び退きながら、腰へ手を回し剣を掴む。

 ショニンから買い取った黒の直刀。

 烏墨丸からすまると名を与えた。

 その切れ味は、ショニンに言わせれば斬られた事にすら気づかないと言う。


 だが、それを鞘から引き抜く前に、俺は警戒の構えを解く。


 ……荷物?


 何か、布の様な物に包まれた、両手で抱えられるくらいの物体。

 その上に、一枚の紙が差し込まれていた。


『黒イ武士君江』


 そう書かれていた。


「武士じゃないんだよな」


 そう呟きながら、その荷物を検める。

 布づつみの中から出てきたのは、腹巻き型の甲冑と篭手。

 どちらも鱗の様なもので作られている。


 間違いない。

 ショニンが俺に送ってきたのだ。

 しかし、どうやって?

 ……彼の能力だろう。

 いずれ、聞く機会もあるかも知れない。

 いや、聞こう。

 向こうで会って。


 そう小さく決意して、そして新たな防具の具合を確かめる。

 軽い。

 黒く染め上げられたその防具は、今手にしている黒刀であっさりと切り裂かれるような事は無い。

 これなら、命を預けるに足りそうだ。

 などと、上から目線で評価する。


 更に、これらが包まれていた布は、竜人の翼を縫い合わせた外套だろうか。

 こちらも黒に染め上げられている。


「取扱説明書とか、付けて欲しいな」


 送られてきた品々を身に着け、そんな感想を漏らすが紙自体貴重なのだろうから贅沢は言えない。

 現に、わざわざ宛名を書いて寄越した紙もおそらく何処かで拾った古紙の様なものだろうから。


 俺は、降り立った小部屋で二度、三度と防具の具合を確かめるように跳躍して、その場へ腰を下ろす。

 そして、瞑想。


 竜人から吸い込んだ魔力マナは体内に蓄えられている。

 これを使い、新しい力を得ることは容易いだろう。

 だが、力は有限。使い途は慎重に選ばねばならない。



 目を閉じ……暗闇の中に浮かぶ、力の扉。


 ……その一つに、違和感があった。


 現ノ呪(うつつのまじない) 漆拾参(しちじゅうさん) 神寄(しき)


 依代へ力、或いは魂そのものを降ろし、使役するすべ

 なのだが、降ろすべき力を身に宿した覚えなど無い……。

 そう言えば、夏実は俺の背に翼を広げた様な紋様が有ると言っていた。

 その正体がこれか?


 朧気に光を放つその扉へ近づき、そして手をかざす。

 やはり、何か居る。


「汝、名は?」


 このまま開け放てば俺の力となるかも知れない。

 或いは、扉を閉めたまま追い返すことも出来る。


みのり


 力強い返答がある。


 しかし、それと共に流れ来る悲しい感情。

 殺された、いや、供物として捧げられた魂。

 そんな物語が一瞬にして脳裏で展開される。


「実、いや、実姫みのりひめ

 我を主として力を振るい給え」


 静かに命ずる。


「よしなに」


 声と共に、扉が開け放たれた。


 ◆


「さて、蛇が出るか、鬼が出るか」


 防具を新調して、新たな術も手に入れた。

 気分一新。

 張り切って行こう。


 俺は立ち上がり、降り立った小部屋から歩みを進める。

 新たな術を試す機会は有るだろうか。


 できればそんな窮地に陥りたくないが、使ってみたいという思いもある。

 複雑だな。


 ◆


「本当にっ! 鬼が出るかよ!?」


 小部屋から出て、延々と続く一本道。

 そこへ壁面から湧き出てくる、黒い鬼。

 手に金棒。

 行く手を塞ぐ脳筋の輩共。

 その数……百を越えそうだ。

 狭い通路内で戦い方も限られる。

 縛鎖連綿で、敵を縛り付け侵攻を押し止める障害物と化すか?

 いや、それが破られた場合、怒涛となって押し寄せてくる。


 一旦、下がりつつ戦い方を考える。

 ……不味い。後方からも同じのが来た。

 このままだと挟まれ、すり潰される。


 懐から、紙片を一つ取り出す。

 小さく菱形に切った紙。

 それに、右手の人差し指と中指でつまむ。


「雨乞いは涙となり果たされた

 灯火

 消えてなお、消えぬ

 唱、漆拾参(しちじゅうさん) 現ノ呪(うつつのまじない) 神寄(しき)


 呪文を唱え、右手の紙片に息を吹きかける。


 紙片は俺の手から離れ、僅かに上へ舞った後、クルクルと回りながら下へと落ち、地に着くその瞬間、つむじ風が吹く。


 その風と共に舞う黄土色の小さな欠片は、籾殻だろうか。

 実りの象徴。

 雨乞いの為、水神への供物としてその身と命を捧げた巫女。

 彼女は穏やかな祈りの中、その命を散らして行ったと言う。


 本当だろうか。

 俺に名を告げた彼女から伝わった感情は、悲しみ、怒り、無念。


 ならば、それを晴らせ。

 破壊の力として。


「喚、実姫みのりひめ!」

「グモォォォオォォォオォオォ!!」


 現れると同時に、耳を塞ぎたくなるほどの咆哮を上げる実姫。

 背丈二メートル近い巨体。

 側頭部から大きく伸びた二本の角。

 こちらを振り返るその眼は怒りでか真っ赤に血走っている。

 その顔は、牛そのもの。

 俺に向けて威嚇する様に、もう一度短く鳴いて、それから鬼に向かい悠然と歩いて行く。

 肩に巨大な斧を担ぎ。


 ……あれ?

 翼の紋様って言うからもっと、こう天使みたいなの想像したんだけど。


 ……翼じゃ無くて、牛の角……?

 全然違うじゃん!


 ともあれ、かつて俺と死闘を繰り広げた牛頭神は俺の力を認め式神と成った。

 でも、隙を見てぶん殴る、そんな風に思っていそうで怖い。

 それに、牛頭神を従えているなんて御剣の連中に知れたら何と言われるだろうか。


 まあ、それでも心強い味方だ。

 鬼に負けず劣らず屈強な彼女の背を頼もしく思う。


 ◆


 結局、鬼の集団は実姫のお陰で苦もなく突破出来た。

 ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。

 そんな活躍を見せた実姫は今、鬼の残して行った武器を振り比べている。


「それが良いのか?」

「ヴォ!」


 満足そうな顔で牛頭の式神が頷く。

 彼女が手にしているのは幅広い刀身の剣鉈。

 それを肩に担いだ牛頭。

 とんでもなく凶悪な絵面なのだが、気の所為だろうか。


 まあ良いや。

 これで今月のノルマも達成だ。


「環」


 指を二本立てた右手を実姫へ向ける。


 一陣の風と共に彼女は去って行った。

 後に残ったのは菱形の紙片。


 これは、俺と一緒だな。

 禍津日マガツヒと言う悪神を降ろし、使役する為の依代。それが、俺の体なのだろう。

 御天の当主はもちろんそんな事は否定するだろうが。


 紙片を拾い上げ、俺は門へと触れる。

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サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
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