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夏の初め

 

 なつみかん>明日ヒマ?


 ────────────────


 スマホが震えた。

 そして、それ以上に俺が震えている。


 ヤバイ。

 来た。

 来ちゃった。


 夏実にIDを教えたのが月曜。

 翌火曜、そして水曜、つまり今日の昼と何も無かった。


 だから、別に期待などしていなかった。

 嘘。

 ちょっとしてた。


 しかし、斜め四十五度から映された見覚えの無い美人の自撮りアイコンから実際にメッセージが飛んで来るとどうして良いかわからず。

 出会い系のスパムだと思ったよ。本気で。

 盛り過ぎ。


 いや、それより早く返事を。

 なんて返せば良いのだ?


 震える手で文字を入力し、そして送信。


 ────────────────


 御楯頼知>学校


 ────────────────


 ……。


 ……。


 ……あぁぁぁぁぁ。

 違う!

 そうじゃない!

 確かに学校なんだけど!


 多分、夏実の聞きたいことはこれじゃない。

 何で俺はこんな返答を?


 ……既読マークが付いた。


 今から取り消すべきか?

 再びスマホが震える。


 ────────────────


 なつみかん>バカ?

 なつみかん>放課後


 ────────────────


 セーフ!

 多分。


 落ち着け。俺。

 ちゃんと返信するんだ。


 ────────────────


 御楯頼知>暇


 ────────────────


 一文字!

 自分でもどうかと思う。

 でも、これを返すのに三分ぐらいかかってるんだぜ?


 ……。


 ……。


 ……あれ。

 既読にならない……。


 返すの遅かったか?

 それとも最初の返信からすでに不味かったか?

 え、ちょ……っと。


 ────────────────


 なつみかん>りょ


 ────────────────


 身悶える俺のスマホに返信があったのは十五分後。


 ……いや、ただのクラスメイトだよ。

 ちょっと、舞い上がりすぎだ。


 うん。


 ◆


 同じクラスでさ、同じ教室に居たわけだよ。

 さっきまで。


 ────────────────


 なつみかん>16時に鶴川駅


 ────────────────


 なんでわざわざ移動して待ち合わせなんだ?

 疑問に思いながら高校からの帰り道で途中下車。


「よ!」


 駅前で佇む俺に夏実が右手を上げながら軽く挨拶。

 それに手を上げ返す。

 夏美は自転車を押していた。


 と言うことは、この辺に住んでるのか。


「じゃ、行こっか」


 一体何処へ?

 自転車を押し歩き出した夏実に付いて行く。


 そのまま、踏切を渡り川を越え歩く。

 何処行くの?

 彼氏は無事だった?

 この辺に住んでるの?

 色々と聞きたいことはあるのだけれど何と声をかけたら良いのかわからず、ただただ前を歩く金髪の後ろ姿を眺めるのみ。


「着いた」


 そうして、無言で十分ほど歩き住宅街の一角で夏美が立ち止まる。


「自転車置いてくるから先入ってて」


 そう言って指し示された建物には、『鶴川ボクシングジム』と言う看板が掛かっていた。


 どういうこと?

 混乱する頭のまま建物の中へ入る。



 青いリングにトレーニング器具。

 映像なんかで見るボクシングジムそのもの。


 いや、少しくたびれているかな。

 リングも、器具も。


 西日の差し込む無人のジムでそんな事を思う。


「御楯」


 夏実の声に振り返る。

 俺の視界に飛び込んできたのは真っ赤な物体だった。

 直後、顔面に衝撃。

 後ろに倒れる体。

 ふんばろうとするが、膝が言うことを効かず。

 目を見開き呆気にとられるように口を開けた夏実の顔を一瞬視界に捉え、そのまま背中から床に倒れ込んだ。


「……え? 御楯? え、何で? あ、ヤバイ!」


 何が起きた?

 顔が、首が痛い。

 鼻の下が熱い。


「大丈夫? これ」


 バタバタと夏実がタオルを差し出して来る。

 彼女は、何をしてるのだろうか。


「鼻。鼻血!

 起きて」


 鼻血?

 床からわずかに起こした俺の体を彼女が背に手を入れ支える。

 そして、持って来たタオルを顔に押し付けて来る。

 真っ白なタオルを持つその手にはめられた真っ赤な……ボクシンググローブ。


「何で避けないの?」


 泣きそうな顔で夏実が俺に怒鳴る。


「あー……」


 何となく、状況を理解した。

 俺は殴られたのか。

 宣言通りに。


「……痛ぇ……」


 理解すると同時に強烈な痛みが襲って来た。

 鼻と、そして首。


「ごめん……」


 間近にある夏実の顔は、やり返して満足と言う風には到底見えず。

 むしろその逆。

 眼に涙が浮いている様に見える。

 いや、涙目になっているのは俺の方か……。




 長椅子に座りしばし。


 何とか落ち着いた。


「いきなり殴るかよ」


 そんな事が言えるくらいには。


「だって! この前は簡単に避けてたじゃん……」

「……あれは、向こうだけ」

「……そうだよね。わかった。ごめん」


 俯く夏実。

 あっちとこっち。

 自分の違いをまざまざと思い知らされた。

 いや、わかってはいた。

 だが、彼女がショックを受けているのと同じくらいに俺もショックだった。


「……何か飲み物買って来る」


 そんな俺に夏実は笑顔を見せ、ジムから出て行った。


 鼻を抑えていたタオルを離す。

 鼻血は止まったか?


 再びジムの扉が開く。

 鼻歌を歌いながら、腹の出たハゲ親父が入って来た。

 顔が赤い。

 日焼けか、それとも酔っ払いか。


あんちゃん、誰だ?

 入門か?」


 そう問われ、首をゆっくりと横に振ってから答える。


「えっと……夏実の」

「アンコの男!? ……な訳ぁないやな」


 な訳は無いのだが、クラスメイトと言い終わる前に、食い気味に否定されるとは。


「ぶん殴られたのか」

「はい」

「凄ぇだろ。あいつのパンチ」

「はい」

「あいつは世界チャンピオンになる女だ」

「はあ」

「それなのに、プロにはならない。

 試合には出ない。

 いきなりそんな事を言い出しやがった。

 お前のせいか?」

「いいえ」


 やっぱ、格闘技経験者だったのか。


「なら、あんちゃんからも説得してくれよ。

 リングに立つ様によ」

「いや、そんな仲でも無いんで」

「リングネームも決まってるのによ」

「へー」

「聞きたいか?」


 キラリン☆ナツミ、とか?

 魔法少女的に。


「まあ」

「あいつは未来の世界チャンピオン!

 ヴァージン・アンコだぁ!」


 そう巻き舌で言い放ったオッサンの顔面に、飛んで来たペットボトルの底が直撃した。


 入り口に鬼の様な顔をした夏実。


「死ねぇぇ! アル中!!」


 そう叫び、彼女は走り去る。


 え……何この状況……。


 目の前にノックアウトされたオッサン。

 そして、扉を開け放ったまま走り去ったクラスメイト。


 どうすれば良いよ?


 ……追いかけるか。

 痛む体を持ち上げ、ジムの外を目指す。


 走ったら死ぬな……。



 ジムから出ると、ヴァージン・アンコが立っていた。

 気まずそうな顔をして。


「荷物、忘れた」


 そうかい。


 ◆


 ゆっくり歩く俺に合わせ、自転車を押す夏実。


「もう大丈夫だから」

「いや、そう言う訳にはいかないでしょ」


 流石に悪いとは思っているのか。


 そしてまた、行きと同じ様に沈黙の時間。

 せめて何か会話を。


「……何で、プロにはならないの?」


 才能があるなら活かすべきだと思う。

 うらやましい。


「会長に聞いたのか……」


 しかし夏実は苦虫を噛み潰した様な顔をする。


「うーん……あんま言いたく無いな」

「あっそ。……あー首痛ぇ」


 わざとらしく首に手を回す。


「……アンタ、学校じゃ全然喋んない癖に」


 いや、痛むのは本当だからな?


「美しすぎる美人格闘家、武市たけちゆめ。知ってる?」

「知らない」

「世界チャンピオンなのよ。本当に強い。

 なのに、みんなその試合より容姿をまず口にする。

 彼女の容姿と強さは関係無いのに」


 そう、夏実は憤る。


「男ならそんな事無いでしょ!?

 だって、腕っ節の強さを示すために戦っているんだから。

 そこに顔の良し悪し何て、何の意味も無い」


 何故か睨みつける様に俺を見る。


「このままなら、私も同じ。

 美しすぎる世界チャンピオン。

 そんなの……なんか、見世物みたいで嫌だなと思って」


 美しすぎるのも、世界チャンピオンになる事も確定事項なの?


「元々、試合に出たくて、勝ちたくて始めた訳じゃないから、別にプロにならなくても良いやって思った。

 会長は納得して無いけど」

「まあ、リングネーム考えてるくらいだからな」

「あれ、絶対! 学校で言わないで!!

 出来れば忘れろ!!」

「お、おう」


 言ったら殺される。

 そう思わせる目つき。


「バカじゃ無いの!

 あんな名前!

 彼氏も作れないじゃない!」


 お、おう。

 そしたら改名すれば良いんじゃないか?

 それじゃただの晒し者か……。

 あの会長は何を考えてそんな名前を?


 ……バカなんだろうな。うん。


「でも、彼氏いるんじゃ?」

「は? ……いない、けど?」

「この前探しに行ってた……」

「友達の彼氏だって言ったじゃん。

 いや、元彼氏」

「元?

 無事帰ってきたの?」


 しかし、夏実は首を横に振る。

 死んだのか?


「そもそも行ってなかった」

「は?」

「で、そう言って違う女の子の所に居た。

 最っ低の浮気野郎」


 うわぁ……。


「お前……そんな奴の為に……」


 命懸けで異世界行ったのか。


「そう……。

 取り敢えず、一発ぶん殴っておいた」

「南無」


 そっと自分の首を抑える。

 その彼はまだ生きてるのだろうか。


「もうあんな男の事は良いよ。

 でさ、友達がアンタにもお礼を言いたいって」

「何もしてないけど?」

「今日、この後会わせようかと思ってたんだけど……また今度にしよう」

「そうだな」


 そんな話をしているうちに駅に着く。


「私、自転車置いて来るから」

「何で?」

「そんな格好で帰ったら何か言われるでしょ?」


 そう言って指差した俺の制服のシャツは鼻血で所々赤くなっている。


「ちゃんと説明して謝るから」

「いやいやいや!

 不味い不味い。

 お前、そんな事したら、死ぬよ?」

「は?」


 家には夏実よりも恐ろしい母がいる。

 夏実が、場合によっては俺が、死ぬ。


「本当、大丈夫だから!

 ここで十分」

「でも」

「女子にKOされた、何て知られたくないから!」

「そう……か」

「ここまでで大丈夫。

 また明日」

「うん。本当にごめん」


 軽く手を上げ、駅へと向かう。

 相変わらず首は痛む。


 家に帰った俺は母に気付かれない様にこっそりとシャツを洗濯した。




 これが、夏の初めの物語。



―― 第二部完




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