初夏⑥
「おはよう」
「おはよう……ずっと起きてたの?」
「ああ。マナがあれば寝なくても活動出来るから」
空が明るくなると同時に夏実は目を覚ました。
「起き抜けで悪いけど出発だ。
途中で水を汲んでお茶を淹れよう」
「……うん」
荷物袋を担ぎ、焚き火の跡を足で蹴散らしてから歩き出す。
今日で最後。
だが、焦る必要は無い。
ひよっ子を無事に帰す。
それが最優先。
母の説教は甘んじて受ける。
もう、イツキの二の舞は御免だ。
お茶を飲みながら、明るくなった世界を見渡す。
何処にも手掛かりが無い。
「よし。決めた」
唐突に夏実がそう口にする。
何を?
問いかける眼差しを向けるが彼女はお茶を置き目を閉じる。
そして、ゆっくりと右手を上げる。
その右手が何かを掴む様に、ゆっくりと力強く握り込まれる。
目を開け、俺を見てニコリと笑う。
何か力を手に入れたのか。
「どうしたの?」
「しっ」
夏実はそのまま俺の顔をじっと見つめる。
……耳が、熱くなって来た。
やがて、夏実はゆっくりと口を開く。
「御楯」
「何?」
「今日の貴方のラッキースポットは向こうです!」
そう言って夏実は川の下流の方向を指差す。
「……は?」
「じゃ、出発しよう」
「いや、今の何?」
「占い!」
占い!?
朝の、占い!?
「それを信じろと?」
「うん。
99%当たる占い!」
「百じゃ無いのかよ」
「未来は変えられる。
それが残りの1パーセント!」
……他に手掛かりは無い。
取り敢えずはその方向へ行くか。
夏実の力を疑う理由も無い。
それが彼女の求めた力なのだろうから。
言われた通りに川下へと歩く俺達の前に幾度となく敵が立ちはだかる。
リザードマンであったり、ゴブリンであったり。
夏実はそれらに恐れを見せずに立ち向かって行った。
ただ、目の前の相手一体に集中してしまう傾向があるのでフォローは必要だった。
だが、それを伝えると直ぐに改善してみせる夏実。
何でこんなに戦闘的なんだろう。
俺の中の魔法少女がゲシュタルト崩壊を始める。
◆
「あれは……」
川沿いを歩く俺達の目に、鮮やかな人工物が飛び込んでくる。
赤い布で作られた旗。
「何? あれ」
「赤い幟。誰かが商売している証」
「商売? こんな所で?」
という事はあそこに人がいる。
そして、情報も。
「占い、当たったな」
俺の後ろでなく、横を歩くようになったひよっ子にそう声を掛ける。
「ね」
当の本人の顔にも僅かに驚きが見える。
どうやら本人すら半信半疑だったようだ。
「行こう」
「何を売ってるんだろう」
「行ってみないとわからない」
扱う商品は、人それぞれなのだ。
「こんちは」
「いらっしゃい」
木の下で布を広げて地に座る店主。
そこに並ぶのは、魚の開き。
川で取れた物の一夜干しだろうか。
「一つどう?」
「おいしいの?」
「絶品だよ」
夏実がしゃがみ込んで物欲しそうにその魚を眺める。
ご丁寧に箸まで用意してある。
ただ、食事は後。
「珍しい物を売ってるね」
武器、防具或いは薬。
そう言った類で無く、食料。
それが主な商品になると言うことは、ここで長期間、生活の様な事をしている可能性がある。
「美味しそう。食べてみたい」
横の猫耳は呑気だな。
一度、食べ物で酷い目に遭っているくせに。
まあ、食えないものを偽装して商品にするような事はしないだろうが。
「どうやって買うの?」
魚から顔を上げ、店主に問う。
「基本的に物々交換だよ。お嬢さん」
「まあ、店側の言い値になる事が多いけど。
それでも、背に腹は代えれないからな。
武器や防具が必要なら、抱え込まず交換してしまった方が良い」
「そう言う事。
聡明だね。お兄さん。
僕はショニン」
さり気なく言った彼のその名前を聞いた瞬間、驚きが表情に出た。
微かな俺の変化を相手は見逃さず、ニヤリとして続ける。
「お名前は?」
「ライチ」
「ほう」
流石は商売人。
俺の名も知ってるか。
「ライチ?」
しゃがみ込んだ夏実がこちらを怪訝そうな顔で見上げる。
「こっちではそう名乗ってるの。
向こうの名前が知られると無用なトラブルに成りかねないから。
お前も登録の時に決めたんだろ?」
「あー。リコだ」
「ふむん。
ひよっ子かな?」
そんな俺達のやり取りを眺めて、ショニンはあっさりとその結論に至る。
「今日来たの?」
「えっと、一昨日の夜です」
「へー。よく生き残れたね」
「直ぐにこの人に助けてもらって」
「そりゃ良かった。
ここでは幸運が一番重要なステータスだからね」
そう言って、夏実に向かってウインクする店主。
夏実がマジマジと、少し訝しむような顔で俺を見る。
……お前、実感無いだろうけど超幸運なんだからな?
「まあ、その幸運もここまでかなぁ」
そう、呑気に店主が言う。
「門が無い?」
俺は、想定する最悪の事態を口にする。
食料を売っていると言うことは長期にここに留まっている事の証左。
しかし、それに店主は首を横に振る。
良かった。
「門の場所を教えてくれないか?
もちろんタダとは言わない」
「教えるのは構わないよ。
でもね、通れないんだ」
「通れない?」
行くのに険しいか、それとも、番人が居るか。
「竜人が居るんだよね」
後者か。
「何それ?」
夏実が疑問を口にする。
「強力な魔物だよ」
「み……ライチよりも?」
「どうかな。まだ会った事は無い」
「そのお兄さんが退治してくれると僕達みんなハッピーなんだけどね」
みんな……。
「他にも何人か居るのか」
「僕が知ってるだけで十人くらいだな。
一番上がAランクらしいんだけど。
確か名前がモブ」
「……聞いた事無い。
でも、Aですら倒せないのか」
「そう。僕はかれこれ二週間くらいかな。
男ばっかり取り残されてるからちょっと最悪だよ。
最近も可愛いひよっ子の男の子が来たんだけどさ……」
店主がニヤリとする。
慰み物にされたか。
「お嬢さんは特に気をつけたほうが良いと思うよ」
「あの、その男の子って名前は?」
「あー聞いてないな。
何で?」
「彼女は知り合いを探しているんだ」
「どんな背格好でしたか?
何処に行けば会えます?」
「落ち着けよ」
ショニンに食って掛かるような勢いの夏実。
探しているのは本当に、友達の彼氏なのだろうか?
「もう会えない。
耐えきれずに死んじゃったから」
ショニンが静かにそう言い放つ。
一体何をされてたのか……。
「そんな……」
夏実が絶句する。
「そいつが来たの、いつ?」
「ちょうど一週間前だね」
その答えを聞いて、夏実の方を見る。
「じゃ……違う人だ……」
その顔に安堵の色が浮かぶ。
「他人か。良かったね」
ショニンは笑みを浮かべながら、思っても無さそうな事を言った。
他人の生死など、どうでも良い。
そう思っているのは俺だけでは無いはずだ。




