初夏④
「そろそろ出発するぞ」
大地に大の字になって寝転ぶ夏実に声をかける。
返事は溜息で返って来た。
「置いて行っても良いけど?」
「……行く……」
流石に凹ませ過ぎたか。
本気で向かって来る魔法少女。
腕力で。
わざわざ殴られてやる義理は無いし手加減も出来ない。
じゃ女の顔を殴れるかと言われるとそれも出来ず。
結果、こちらの顔目掛け矢継ぎ早に飛んで来る夏実の拳をひたすらに避ける。
それは、まあ簡単に出来た。
調子に乗ってちょっと挑発したかもしれない。
それが余計夏実の攻撃に拍車をかけた。
まあ、一発も被弾せず向こうが燃料切れになった訳だけど。
そんな夏実をそのまま地面に転がしておける様な余裕はない。
さっさと何処にあるか皆目見当のつかない門を探さねばならないのだから。
「お腹……すいた」
「え?」
後ろでポツリと呟いた夏実を思わず振り返る。
「……だって、何も食べてないし」
「いや、説明しただろ。
マナがあれば問題無いって。
お前、あの猿のマナって相当なもんだからな?」
俺は使わずに蓄えているが。
術を取ったからか?
いや、ずっと変身したままで居るからか?
だとしたら相当燃費が悪い気がする。
「その格好だから余計エネルギーを使うんじゃ無いか?
一回、元の格好に戻れば?」
「……嫌だよ。下着姿なんて」
やっぱ気にはしてたのか。
「不味い干し肉ならあるけど?」
荷物の中から塩辛くて食えた物ではないそれを取り出し差し出す。
「良いの?」
「良いよ」
「ありがとう」
「あー、こうやって一方的に何かをもらう事ってあんまり無いから他の奴にやらない様に。
基本お互いの納得する所で物々交換」
「覚えておく。
これ……何の肉?」
「ワニ」
夏実は受け取った肉をまじまじと眺めた後、覚悟を決め噛みちぎる。
そして、思いっきり顔を顰める。
「不味い」
「だろうな」
しかし、そんなもんしか無いんだよ。
再び歩き出した俺の後を夏実は大人しく付いて来る。
しかし、手掛かりも何にも無いな。門。
そろそろ半日か。
明日の夜までには帰らないと。
「あ!」
後ろで夏実が声を上げる。
振り返ると何かを発見したのか上を指差す。
敵の気配はなかったが。
「あれ、果物じゃない?」
嬉しそうに指をさしたその先には、スターフルーツの様な形のやや紫がかった果実が二つぶら下がって居た。
果物、と言われればそうかとも思えるが。
「取ろう!」
「食べる気?」
「そうだよ」
「いや、生ものはやめた方がいい」
「食べた事あるの?」
「無い」
「なら試して見ないと!」
「……届かないだろ」
三メートル以上、上になっている。
夏実は真下に行ってジャンプをするがかすりもしない。
何度か繰り返し、己の無力さを味わい、それでも尚諦めきれずにその果物を見上げている。
そして、何を思いついたのか俺を手招き。
「しゃがんで」
「は?」
「いいから!」
言われた通りに地面にしゃがむ。
……まさか。
俺の想像を裏切らず、まず頭を両手で抱えられた後、左肩、右肩の順に負荷がかかる。
「立てー!」
肩車。
太ももが俺の顔を挟み込む。
という事は…………後ろに目が欲しい!
「ほら! 立て!」
俺の頭をポンポンと叩く夏実。
全神経を顔と首に集中させながら立ち上がる。
「おお!」
夏実が驚愕の声を上げる。
女一人担ぎ上げるなど訳ないのだ。
こっちでは。
「うーん……」
担ぎ上げた夏実が右へ左へと体勢を変えもがく。
その度に、太腿の感触が顔に。
「届かない!」
だろうな。
やらなくても分かりそうな物だけど。
「降ろすぞ」
そう声をかけ腰を下ろす。
「止まって」
夏実を下ろして再び歩き出そうとした所で制止の声。
「そのまま、ちょっと前かがみに」
そう、後ろから言われ何のつもりだろうと疑問に思いながらも言われた通りのその場で腰を曲げ…………まさか!?
思い至った時には既に遅く。
背の一点に夏実の全体重がのし掛かり、下に押し潰す様な圧力。
俺を!
踏み台にしやがった!
さっきの仕返しか!?
クソ!
見上げると跳躍して、果物を掴み取る夏実の姿。
そして、白い下着。
……うん。
許そう。
着地して両手に持った果物の匂いを確認する夏実。
「うん。
食べれそう」
嬉しそうに笑顔で振り返る。
「ふーん」
「何その反応。
もっと喜べば良いのに。
怒ってる?」
そう言いながら一つ俺の方に差し出す。
「いや。別に。
でも、それは要らない」
「何でよ。食べようよ」
放り投げられた果物を受け取る。
確かにほんのりと甘い果実臭がする。
ただ、表面は硬そうだ。
「ナイフとか持ってる?」
「ああ」
「あざー」
俺は腰から爪の刀を引き出し夏実に渡す。
受け取りその奇妙な刀を確かめる夏実。
俺はもらった果物を荷物袋に押し込む。
今食べる気は無い。
夏実は器用にナイフを使い、その果物の皮を剥いて行く。
そして、一口大にカットして再度匂いを確認してから口に運ぶ。
「……これも微妙な味。不味くは無いけど」
二度三度と咀嚼して、飲み込み、そう感想を告げる。
「食べないの?」
「ああ。生ものは口にしない様にしてる」
「ふーん」
俺の忠告にも関わらず、夏実は果物を一つ平らげた。
再び歩き出し、一時間程たった頃だろうか。
夏実が歩みを止める。
「……お腹痛い」
青い顔で両手で下腹部を抱えている。
「だろうな」
「……トイレ」
「行ってくれば?」
「……どこ?」
その辺の草陰を指差す。
「……ふざけてんの? 変態!」
「他にどう言う手段があると思ってるんだ?」
ここには、便器なんて文明の利器は存在しないのだ。
残念ながら。
そして、慣れない世界の生ものを口にすると低く無い確率でこうなるだろう事は予想できた訳で。
俺、止めたと思うけど。
「……我慢する」
「あっそ」
我慢してもどうしようも無いだろうが、本人がそう言うならば大丈夫だろう。
再び歩き出す。
それにゆっくりと付いて来る夏実。
「……お腹……痛い」
泣きそうな声。
「創造する手・無の化身
紡ぐ、縦横に
拒絶する柔らかな結界
唱、参 現ノ呪 白縛布」
上に向けた右掌の上に白い布が現れる
「ほら」
それを夏実に手渡す。
「何?」
「トイレットペーパー」
まあ、こう言う事にも使える。
複雑な表情を見せた後、大人しく受け取る夏実。
そしてゆっくりと、千鳥足で草の陰へと消えて行く。
「終わったらその布を広げて上から被せておけ」
そうすれば匂いが遮断される。
布自体は三時間で消えるが、流石にその頃はここから離れているだろうから。
やがて、静寂の中に下品な音が響く。
俺は耳を澄まし、魔物が寄って来ないかに注意を払う。
……来てるな。
足早に彼女が消えた方へと近寄る。
「夏実」
返事は無い。
「絶対に、立ち上がるなよ」
草の陰にしゃがみ込んだ彼女と一瞬目が合う。
目を丸くする彼女の上を飛び越え、木の枝を掴みその奥、敵の気配の方へ。
金属音がする。
リザードマンか?
だが、数は多くない。
急いで、静かに狩ろう。