表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/308

初夏②

「疾る。偽りの骸で

 それは人形。囚われの定め

 死する事ない戦いの御子

 唱、肆拾捌(しじゅうはち) 現ノ呪(うつつのまじない) 終姫(ついひめ)


 立ち向かう者全てに死を与えるまで止まらない狂気の人形。

 俺の体に納めた爪刀の一つ、金色猫こんじきねこを依り代に、雷神の化身を名乗ったその力を降ろす。


 大刀と呼ばれる反りの無い直刀。

 それを握りしめながら金髪の横をすり抜ける。


 微かに鼻をすする様な音が耳に届くが、そんなのを気にする暇はない。

 猿は氷柱の向こうへと飛び降りた。


 地を蹴り刀を突き出す。

 氷柱が砕け霧の様な白煙が立ち込める。

 その白煙の中から猿が身を翻し飛び掛かって来る。


 その気配に、考えるより体、いや、刀が反応する。

 飛び掛かって来た猿を袈裟斬りに。

 肩口から腹にかけ刀が猿の身を切り裂く。


 終わった。


 しかし、着地した猿は血を撒き散らしながらなおも俺へ飛び掛かって来た。


 両肩を掴まれ大口を開けた猿の顔が迫る。


 咄嗟に、腰から狐白雪を引き抜き、腹に刃を突き立てる。


「零れ落ちる記憶の残滓

 遠路の先の写し身

 爪を赤く染めよ

 唱、() 壊ノ呪(かいのまじない) 鳳仙華(ほうせんか)


 苦悶の叫びを上げた猿の顔面、口内へ爆破の術。


 頭を吹き飛ばされ、マナを撒き散らしながら崩れ落ちる猿の死骸。


 強かったな。

 流れ出る濃密なマナがそれを証明している。


 一つ息を吐いて振り返る。


 女はしゃがみこみ片腕を抑えて居た。

 抑える手の隙間から血が滴る。


「……大丈夫ですか?」


 怯えの見えるその顔は東洋人。

 日本人だろうと当たりをつけ声を掛ける。

 目の端に涙をたたえ顔を歪ませながら女が反応を示す。


「ありがとう……ございます……」


 日本人だな。

 おそらく俺と同年代。


「怪我?」

「噛まれ……ました」


 俺は彼女の側へしゃがみ込む。

 間近に置かれた猿の死骸から彼女が顔を背ける。


「こうしてればそのうち楽になると思うけど……」

「……なぜに?」


 眉間に皺を寄せ怪訝そうな顔を俺に向ける。


「倒した敵から力が漏れ出して、それが力になる」


 ただ、ここでゆっくりと傷が治るのを待つつもりは無い。

 戦いの音、あるいは猿の血の匂い。

 そう言った物が更なる敵を呼び寄せる筈だ。


「ちょっと見せて」


 左腕の二の腕あたりを抑えて居る右手をどけさせる。


 ……酷い。

 肉がえぐり取られて居た。

 いや、ひよっ子がこの程度の傷で済んだ事の方が幸いか?


 その傷に手をかざす。


「幻の王

 響く声、笑う声

 未だ夢から醒めず

 全て暗闇の中に

 唱、() 命ノ祝(めいのはふり) 卑弥垂(いやしで)


 唯一使える癒しの術。それが彼女の傷を癒す。

 まあ、初歩の初歩の術なので直ぐに全快とはいかないが。


「創造する手・無の化身

 紡ぐ、縦横に

 拒絶する柔らかな結界

 唱、(さん) 現ノ呪(うつつのまじない) 白縛布(はくばくふ)


 次いで包帯を作り出しその傷に巻く。


「これで直に治る筈」

「……凄え。痛くなくなった……」


 腕に巻かれた包帯を見ながら目を丸くする。


「取り敢えず、ここから離れた方が良い」


 立ち上がり、彼女を見下ろしながらそう提案。

 ……しゃがんだ彼女の胸の谷間が目に入る。

 いや、決してわざとで無く偶然。


 その視線に気付いたのかそれとも痛みが引いて冷静になったのか、彼女は胸と腰を隠す様に両手を移動させる。


 あぁ……なんか、面倒な事になって来たな……。

 ひよっ子で異性。

 金髪から目を逸らし、自分の荷物入れの中から白い豹の毛皮を取り出す。


「これ、羽織る?」


 トオルにこしらえてもらった外套。


「すいません。助かります」

「あとこれも」


 ヨークにもらったサンダル。

 裸足より随分とマシになる。

 当面、彼女を連れて野外を歩かなければならなそうだから。


 マスターに習ったやり方をそのまま彼女に教え、サンダルの紐を足首に固定する様に巻きつける。


 シンデレラかよ。


 跪いて女性に靴を履かせると言う状況に内心突っ込みを入れる。


 何故か彼女は眉間に皺を寄せ、首を傾げていたが。


「さ、離れよう」

「あ、はい」


 微かに犬の遠吠えのような物が聞こえた。

 おそらくここを目指してくるだろう。

 後ろからついてくるひよっ子をどうすべきか考えながら、聞こえた遠吠えの反対方向へと歩みを進める。


 しかし、いくらも進まぬうちに強化された俺の感覚が、気配と物音、微かな敵の兆候を捕える。


「唱、捌拾弐(はちじゅうに) 鼓ノ禊(つつみのみそぎ) 千理鑑せんりがん


 足を止め、その気配の方へ目を向ける。

 意識を集中させ、森の更にその奥へと目を凝らす。


 闇の中を蠢く集団。

 その足取りはこちらへと向かっている。

 ……リザードマン。

 武器を手にし二本足で立つ人型の蜥蜴。

 言語を用い、仲間とのコミュニケーションを図ることもある。


「……どうしたん……」


 咄嗟に片手で彼女の口を塞ぐ。

 一瞬目を見開き、次いで彼女の右拳が下から掬い上げるように飛んでくる。

 ミエミエのその攻撃を、首を引いて躱す。


 尚も抵抗する素振りを見せる彼女。


 首筋に手刀を一撃入れ気絶させる……などと言う技術は残念ながら無いので、掌に噛み付こうともがく彼女の目を見て人差し指を立てて自分の口に当てる。

 静かに。

 頼むから、伝わってくれ。


 意図を察したのか抵抗を止める彼女。


 その隙を突いて腰へ手を回し引き寄せる。


「唱、漆拾弐(しちじゅうに) 鼓ノ禊(つつみのみそぎ) 神匸(かみかくし)

 唱、陸拾漆(ろくじゅうしち) 鼓ノ禊(つつみのみそぎ) 火辺知(かべはしり)


 彼女を腰だめに抱えたまま、術で気配を遮断し近くの木の幹を駆け上る。

 そして、枝の上に。


 そこから地上を蠢くリザードマン達の姿を捕える。

 手に槍、斧、剣そして弓。

 流石に飛び道具相手にひよっ子を守りながら戦うのは厳しい。

 こいつが死んでもいいなら別だけど。


 息を殺して眼下を通り過ぎる集団を見つめるひよっ子。

 驚きと恐怖でだろう。顔が引き攣って居る。

 片手で木の幹を掴み、もう片方の手は俺の腕を爪を突き立てるほどに掴んでいる。


「しばらくここで様子見」


 不安定な枝の上に腰を下ろしながら言う。


 猿の死骸に寄ってきた何かをリザードマン達は狩りに行ったのだろう。

 僅かに戦いの喧騒や嬌声の様な物が聞こえる。


 せめて夜明けまでは動かずにいよう。

 ゲート探しは、明るくなってからだ。


「初めて?」


 隣に腰を下ろした彼女に問う。

 しかし、それに答えずこちらをまっすぐに見つめる彼女。


「……うーん……知ってる……?」


 そんな事を言いながら眉を潜め首を傾げる。


「……何が?」


 質問の答えになってない。

 まさか、電波ちゃんか?


「どこかで会った事無い? 中学とか?」

「君と?」


 言われ記憶を辿る。

 仲良くしていた女子など皆無なのでクラスメイトの顔見知りくらいしか居ないのだが。


 ……いや、わからん。

 こんな金髪、知り合いに居ない……金髪?


「え?」

「ん?」


 改めて顔をよく見る。


夏実なつみ……さん?」

「そう」


 コクリと頷く彼女。

 だが、上げた顔は未だ眉を顰めている。


「……誰だっけ?」

「……御楯みたて

「ミタテ……?」

「……今、同じクラス」

「………………あ! あー! はいはい!」


 教室で見た顔とは全く違うクラスメイトは俺の名前すら覚えていなかった様だ。

 マジか。

 一ヶ月斜め後ろの席に居たんだけども。


「何だよ! 気付いてよ!」

「……いや、全然顔違うし」

「嘘!? まさかすっぴん?」


 そう言いながら両手で顔を覆う夏実。

 普段どんだけ盛ってんだよと思いながら頷き返す。


 ひよっ子、異性、クラスメイト。

 より面倒な事になったな。

 そんなつもりは無いけれど、捨てる訳にも行かなくなった。


「で、今日が初めてなの?」

「あ、うん。そう」

「それは御愁傷様。ここは随分と高難度」


 だけど俺に救われたんだから大分幸運だろう。


「……何で?」

「ん?」

「最初は簡単な所からでしょ?

 入門向けの」


 さも当然の様に夏実が答える。


「……何だそれ。誰に吹き込まれた?」

「誰って、攻略教室で教わったけど」


 何だそれは。


「その話、詳しく聞かせてくれない?」

「詳しくって、御楯も行ったんじゃ無いの?

 G playに行くには全員一度は受けるって」

「……お前、騙されてるよ」


 良かったな。

 命があって……。


「え、何で?」

「何処で知った?」

「G playの前でチラシ配ってた」

「どんな?」

「黄色い紙で、攻略法教えますって」


 あれか。


「どんな内容だった?」

「最初に出会う敵の倒し方とか、こっちの案内人との合言葉とか……そうだ。案内人探さないと」

「……そんな奴、居ないぞ」


 そうやって騙された奴は……帰らないのだろうな。

 だから被害が表に出ない。

 運良く帰れたとしても、上手く言いくるめるのだろう。

 案内人はタイミング悪く強敵と戦っていて貴方と落ち合う事は出来ませんでしたが、そのお陰で貴方は生還出来た。おめでとうございます。とか。


「居ないって……え、意味わかんない」

「そうやって小銭を巻き上げてるんだろ」

「は?」


 そこで自分が騙された事を理解したのだろう。

 夏実の顔が曇る。


「何を教えられたか知らないが、全部嘘だと思った方が良い。忘れろ」

「え、困る……」

「……ちゃんと帰れる様に面倒見るよ」


 眉間を抑えながら半分自分に言い聞かせる様に呟く。

 夏実は小さく頷いて、そしてその顔を伏せる。


「何しに来たの?」


 幾ら払ったか知らないけれど嘘の情報を買わされこんな所に来た理由は何だろう。

 興味本位?


「……何となく」

「ふーん」


 まあ、俺も誘われたから何となくだしな。


「……ねえ、こっちに来る時に相手の名前を言えば同じ世界に行けるって話は?」


 夏実が俺を見上げながら言った。


「嘘だな」

「……そう」

「誰か探してるの?」


 俯きながら夏実は頷く。


「……彼氏?」


 そう言えば前に男と二人歩いて居るのを見たな。


「……友達のね」

「ふーん」


 諦めな。

 その言葉は、言わない事にした。


「大丈夫だよ。その彼氏も生きて戻れる」


 何の根拠も無い慰めだが、夏実は素直に頷いた。


 そうして、木の上で時が過ぎるのを待つ。

 この世界の門はどこだろう。

 目を凝らすが、そのとっかかりすら見えず周りはただただ木の葉が茂るのみ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on 新作もよろしくお願いします。
サモナーJK 黄金を目指し飛ぶ!
https://ncode.syosetu.com/n3012fy/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ