初夏①
「まあ、予想通りだな」
俺は、貸し出されたタブレットに映る数字を眺めながら呟く。
レアー内部にある調査データ。
調査員のレポートは見れないが、ごく一部、俺でも見れる情報がある。
その一つがG playの統計情報。
電子機器持ち込み不可のセキュリティルームで監視カメラに見張られながらその数字を眺める。
圧倒的に、初回の生還率が悪い。
二回目以降は、ガクンと生還率が上がりそのまま横ばいで推移していく。
つまり、異世界は初日が最も危険。
そういうことが数字になってはっきりと現れている訳だ。
それもそうだろう。
武器も何も無く見知らぬ所に放り出される。
そこで戦い抜く為の能力は各々用意されている筈だがそれに気付けるものかどうか。
俺の場合、運良く先人である米軍軍人の爪を拾い、更に自らの眼で力に気付いた。
そして、ヨークと言う幸運の出会いがあり、マナの扱いと眠る力の引き出し方を知った。
既にそう言ったことは情報として公になってはいる。
だが、日本でのサービス開始から一年が経とうとしている現在でもその生還率が改善されていないところを見ると、知識として知っているから向こうで労せず扱えるという訳では無いのだろう。
或いは、信じていないか。
◆
「収穫はあった?」
レアーのある22階から地上へ下りるエレベーターの中。
二人きりの空間でハナが腕組みをしながら言う。
「大して」
「今のアンタにはあそこまで開示するのが限界。
そう言うルール」
「でしょうね」
レアーから見れば俺はただの期間工だろうし。
「殆どのルールはそれを運営する人間によって如何様にも変えられる。
覚えておきなさい」
珍しくハナが助言めいた事を言う。
振り返ると同時に地上階へ到着。
エレベーターのドアが開く。
ハナの顔から真意を汲み取る事は出来ず。
エレベーターの扉はそのまま閉まり、ハナだけを上へと運んで行く。
そんな事、速度違反で捕まった奴の言う事じゃ無いだろう……。
◆
宣伝の効果もあるのだろう。
クラスメイトの話題の中にG playの事が増えた。
『誰々がどんな体験をした』
『誰々が帰ってこない』
『誰々が廃人の様になって帰って来た』
そんな、知り合いの知り合いの話として嘘の様な噂話が休み時間に俺の耳に入る。
守秘義務があるので俺がその会話に加わる事は無いが。
今の所、クラスの中で行ったと公言している様な奴は居ないが、それも時間の問題だろう。
夏休み明けに何人か居ない、なんて事にならない様に祈ろう。
まあ、なっても別に関係無いけど。
俺は俺で忙しいのだから。
今月末は期末考査がある。
なのでその前にノルマの40時間を消化しないといけない。
しかも、今月は祝日のない六月。
この週末で30時間は稼ぎたい。
そんな計画を立てながら人のまばらな夜の上り列車に乗ってスマホを眺める。
IDOのランキングをウォッチして週一程度でブログに感想をアップしている人がいる。
何でそんな事をしているのか不思議に思ったがどうやらランキングの変動が賭けの対象になっているらしかった。
何故か俺の名も取り上げられて居て『Bクラス活動最小時間』などと言われて居た。
確かに公表されている活動時間を見ると他のランカーより桁が一つ少ないのだが。
他にも『人喰い鬼』『荒ぶる道具屋』『笑う毒使い』『千本刀』など、向こうでの姿を知らないとつけられないであろう紹介が並ぶ。
どうもランキング上位の内で、情報を融通し合うようなグループが幾つか出来ているらしい事と、そのグループを支援する企業があるらしい事が朧気に見えて来た。
今の所、横の繋がりが一切無い俺にとって情報交換の場があるという事は羨ましいと思う部分も有るのだが、レアーに所属している以上こちらで誰かに情報を流す訳には行かないので、そのグループにコンタクトを取るわけには行かず。
それに、その情報を得て知っているつもりになると、そこに予断が生じる。
誰かの難敵は、俺にとって与し易い相手かも知れないし、当然逆もあり得る。
つーか、もっと良い呼び名あるだろ。
『邪眼使い』とか『闇の言霊使い』とか『天走る刀』とか。
向こうで会ったら抗議しよう。
どんな奴か知らないけども。
電車に揺られ一時間強。
溜池山王のビルに着いた頃には日付が変わっていた。
遅くとも日曜の昼には戻る。
自分のブースでそう誓い、リクライニングチェアに身を横たえる。
◆
天井に薄っすらと光る苔が生えている。
はじめはそう思った。
いや、違う。
目を凝らし、そして、周りを見渡して再び仰ぎ見てその正体に気付く。
星空。
周囲はまばらに木が生えていて、ポッカリと開けた俺の頭上は生い茂る葉の向こうに見たこともない満天の星空があった。
屋外。
その状況を認識して俺は少し背筋が寒くなった。
洞窟であれば、行くか戻るかの二択。
複雑に枝分かれしていても壁にそって歩けばいずれ終端に辿り着く。
その過程で門が見つかることが多い。
しかし、今の状況ではそれが通用しない。
三百六十度、何処へでも行ける。
のんびりとピクニックをしているような余裕は無い。
……前。
何ら根拠の無い直感を頼りに俺は風下へ歩き出す。
風に乗って匂いが流れようと後ろから背後から襲われる事は無い。
その程度の考えしか無かった。
琵蝶の術で辺りの気配を警戒しながら進む。
夜目掛を使わずとも星明かりが僅かに世界を浮かび上がらせる。
……何か、聞こえた。
狐隠で自らの気配を殺しながら微かに捉えた音の方へと慎重に歩を進める。
「キエェェェェェェ」
甲高い獣の奇声。
近い。
木立の中、その声の主を探す。
……居た。
白毛の……猿。
それと向かい合う金髪の……女。
位置的に後姿しかわからないが女の方は粗末な下着姿。
という事は……『ひよっ子』か。
どうする?
対峙する両者から隠れる様に動きながら考える。
金髪を犠牲にしてあの猿の戦い方を見る。それが一番俺の命に取って有益。
いや、金髪という事は米軍関係者か?
助ければレアーにとって利益となる。
……一概にそうとも限らないか。
ロシアとかそう言う可能性も……。
猿が顔を歪めながら再度奇声を上げる。
その口内に並ぶ鋭い歯。
威嚇……次の行動は恐らく攻撃。
間に合え。
「静寂の精、銀の戯れ
閉ざされた結界
時すらも凍る
唱、参拾壱 壊ノ祓 逆氷柱」
上から襲いかかろうと、猿が二メートル近い跳躍を見せたその瞬間、それに合わせる様に下から氷の錐を出現させる。
外した!
タイミングは問題なかった。
しかし、猿は錐の先を器用に掴み、迫り上がる氷から逃れて見せた。
強敵。
「Don't move!」
惚けて上を見上げる金髪の背中にそう声を掛けながら走り出す。
損得は後。
取り敢えず、この場から二人生還する。
俺はまだ……常識の内だな……良いか悪いかはさておき。