蟲
【新生活エンジョイキャンペーン!】
新しい年度を迎え、
入学、就職、引っ越しなど
環境が変わった方も多いと思います。
そんなみなさんの日頃の疲れを癒やしていただくべく
『G play』では新生活エンジョイキャンペーンと称しまして
ご利用一回無料クーポンをお送りしております。
『G play』は全国各地の3,000箇所以上の店舗で
同じようにサービスを行っております。
店舗一覧
https://****
皆様のご利用、心よりお待ちしております。
☆G play
◆
スマホのアプリにこんなメッセージが届いていた。
年始以来、鶴川の『G play』には行ってないし、今月は新たな級友と親交を深める週末に忙しいし……。
などと強がっても虚しいくらい週末の予定は真っ白。
俺は八重桜の綻び始めた道を通り抜けながら、久しぶりに鶴川の『G play』へとチャリで足を運ぶ。
だが、異世界へ行くかどうかは決め兼ねていた。
取り敢えず、飲み物を買おうと駅近くのコンビニへ。
店内に並べられた雑誌の表紙には『G play!大解剖!』『異世界で役立つ新常識』『簡単!週末トリップ』『G play大特集号』……そんな文字が踊る。
会社帰りに、或いは、週末に、ふらっと異世界へ。
実際の所、命懸けであるその行為への誘惑は実に軽くメディアから発信されていた。
雑誌に限らず、テレビでも、ネットでも。
それに釣られる様に、G playの利用者数は増加しているらしい。
一億の実験体。
そう言い切ったハナの言葉通り、我先にと海へと飛び込む鼠の群れに様に思えてならなかった。
出来ることなら止めたいと、そう思いはするがだからと言って今のところ俺にそれを止める術は無い。
向こう、異世界にそれを止める答えがある。
と言うのは、何の根拠もない話。
だが、そうまでしてアメリカが欲しがる何か。
それは、向こうに行かない限りわからないのだ。
まあ、そんな物も、大した思惑も無くて、流されやすい国民性故の過剰なブームなのかもしれないが。
グラビアアイドルの安っぽい笑顔の横に『G play!究極攻略』などと書かれた雑誌を手に取り、恐らくは向こうになど行ったことのないであろう記者が書いた記事を斜め読みして直ぐに棚に戻す。
今日は、このまま帰ろう。
ペットボトル一本買ってコンビニから出た俺の前を、男女二人組が通りすぎる。
男は知らないが、女の方は見覚えがあった。
夏実杏。
クラスメイトで俺の前の席に座る金髪。
すぐに顔を伏せるが、気付かれてはいないだろう。
最も気付いたとしてもデートの最中に声をかける訳は無いか。
しかし、二人の歩く先は俺の帰り道であり……仕方無い。
引き返し、チャリでG playへと向かう。
幸いクーポンもあるし。
……しばらく来ないうちにちょっと雰囲気変わったか?
入り口付近に煙草を吸いながらたむろする若者達。
やや興奮した声で、何かを話し合っている。
いや、前からそう言う奴はいたけれど。
あまり見ない様にしてその横を通り抜ける。
……家で大人しくしていれば良かった。
◆
やや湿気を含んだひんやりとした空気。
前後に伸びる道。
およそ半月ぶりの帰還。
薄ぼんやりと浮かび上がる天井や壁面は、見渡す限り苔に覆われ緑一色に染まっている。
……滑るな。
足元に注意を払いながら、俺は僅かに流れる空気の風下へと歩きだす。
経験上、そちらに門がある確率が高い。
そう判断できるだけの時間をこちらで過ごして来たのだと、今更ながらに思う。
◆
……足跡?
苔に覆われた地面の一部がめくれ上がっていた。
人が歩いた跡。
それも最近。
しゃがみ込んで確認してみる。
それほど大きなサイズでは無いように思える。
少なくとも俺よりは。
という事は、子供か女性。
ガチムチという事は無さそうか。
だからと言って、味方だと安心できるわけではないのだけれど。
立ち上がり、再び歩き出す。
……背後から気配。
人ではない。
狐白雪を引き抜きながら振り返る。
「んなぁぁぁぁぁ!!」
悲鳴が出た。
回れ右をして全力で駆け出す。
「分かつ者!
断絶の境界ッ
三位の現身は……やがて微笑む
唱、拾参 現ノ呪 水鏡!
朧兎!
道を、塞げ!」
呼び出した盾にそう命じ、その場から全力で逃げる。
盾はそのうち勝手に戻ってくる。
今は、ただただ逃げるのみ。
あんなの、無理だ。
一メートル以上の……竈馬。
あの縞模様。
見ただけで寒気がする。
生理的に無理。
戦えるわけが無い!
◆
やや開けた空間に出た。
必死に走ってきた俺は、そこで立ち止まる。
水の音がする。
そして、人の気配。
迂闊だったな。
いや、竈馬は仕方無い。
だって、無理だもん。
どうやっても無理だもんよ!
気を取り直し、俺は洞窟の中の人の気配の方へ視線を向ける。
女が居た。
目が合うと、ニヤリと笑う。
注意を払いながらそちらに足を向ける。
襲い掛かってくるような気配はない。
「随分慌てて逃げてきたけど、大丈夫?」
岩により掛かるように座りながら、女は俺に声を掛けてきた。
「……多分」
朧兎がまだ戻らないのだからその間は追いかけては来れまい。
「それは?」
女は木の枝に赤い布を縛り付け、それを地面に突き立てていた。
「知らないの?
商売人の目印よ。
ひょっとしてひよっ子かしら?
その割にはいい格好していると思うけれど」
女は俺を上から下まで舐め回すように観察する。
商売人の証。
そういえば、トオルと言う男がそんな事を言っていたな。
赤い幟を目印にするとか。
その通りになった訳か。
「品物は?」
見た所、大して荷物もなさそうだけれど。
俺の問いに女は小さく鼻で笑う。
「名前は?」
「ライチ」
「知らない」
そりゃそうだろう。
初対面なのだから。
しかし、そう言う意味ではなかった様だ。
「可愛いひよっ子ちゃんに教えて上げようか。
商品は私」
そう言って歪に口角を上げる女。
一瞬意味が分からなかったが、それは、つまり売春と言う事か。
足を組んだ女の太腿が目に入る。
「ただ、ランキングの名売れにしか売らない。
まあ、どうしてもと言うなら考えるけど、高いわよ?」
ランキングってIDOのか。
そもそも公表して無いのだから、名が知れてる訳は無い。
ただ、どうしてそんな事をしているのだろうか。
いや、それより……布で覆われてはいるが強調する様に露わにしている胸の谷間が目に入る。
……買える……?
高いって幾らだろう。
手持ちで……価値がありそうな物……。
右手に痛みが走り、思考を中断させられる。
見ると刺青、朧兎が戻って来ていた。
と言う事は、あの竈馬がこっちに迫って居るという事。
そんな時にそんな事をして居る余裕は無いでは無いか!
「でかい虫が来る。
逃げよう」
「あっちに帰り道があるわ。
次に会う時は、もう少し名前を売っておいてね」
そう言った俺に女は手をヒラヒラとさせ、それっきり動く気配を見せず。
無理矢理にでも連れて逃げるか?
いや。
考えてみれば俺より長くここに留まっている訳だから、あんな虫、どうとでも出来るという事だろう。
見た目さえ問題なければ俺だって勝てるだろうし。
俺は素直に逃げる事にした。
門が見つかったのは、程なくして。
◆
あの女は何故あんな事をしていたのだろうか。
現実に戻りそんな事を考える。
そして、一つの仮説が思い浮かぶ。
喰う。
蟷螂、或いは、蜘蛛。
交尾の後にオスを食う虫の如くあの女も男の命、或いは力を奪い取って糧にしていたのでは無いだろうか。
そんな風に考えた所で真実は分からない。
ただ、もう一度会いたいとは思わなかった。




