春休み②
シャワーを浴びて、ランドリーバッグに洗濯物を詰め込む。
これで次来た時はクリーニングが完了している。
いたれりつくせり。
全て無料。
小一時間ほど仮眠を取り、溜池山王のビルから出る。
世間は丁度出社の時間。
折角だから朝の空気を感じながら少し歩こうかと思いたった矢先に、スマホに着信。
流石に、しばらく家を開けていたから母親が心配して掛けてきたかと思ったがそうではなく。
画面にはこの端末に唯一登録してある血縁関係に無い女性の名が。
「はい」
『22階まで上がってきて』
たった一言。
それだけ言って通話は切れた。
俺は振り返り、その電話の主、ハナの居る22階を見上げる。
もう少し、愛想とか無いものかね……。
小さく息を吐いて今しがた出てきたばかりの建物へと引き返す。
◆
「G playのアプリに案内が出てる件、読んだ?」
「まだ」
レアーの小さな会議室に連れ込まれるや否や有無を言わせぬ口調。
「読んで」
はいはい。
スマホ内のアプリを立ち上げる。
◆
【IDO公式サイト開設のお知らせ】
世界中でサービスを展開する前に、「G play」は昨年、日本でサービスを開始しました。
我々は「G play」の使い方のヒントや楽しむ方法など、正式なアプリケーションやさまざまなメディアを通じて、「G play」に関するトピックや最新情報を提供しています。
「G play」を楽しんでいる人に新しい情報を広める場として、私たちは "IDO"と協力して新しいサイトを開設しました。
新しいサイトには、我々や"IDO"からの情報のほか、ランキング、フォーラムなどが用意されています。
質問や自分の経験など、「G play」に関する全話題の情報共有や問題解決に役立つことを期待しています。
この公式ウェブサイトは誰もが意味のあるものにしたいと考えています。
「G play」を楽しんでいる皆様にも少しでもこの公式サイトがお役に立てれば幸いです。
皆の参加を待っています。
チーム G
◆
「難解すね」
頑張ったが、機械翻訳丸出しだ。
「意味は伝わるでしょ」
「公式サイトが出来た」
「IDO、つまりは国連お墨付きのね……何よ、その顔」
うさんくせぇ。
「取り敢えず、ログインして。
ここで」
「はい」
言われた通り、そのサイトへアクセスする。
モノトーンベースのシンプルなサイト。
アプリに記載のあったIDとパスワードを入力。
◆
ようこそ。Lychee様。
◆
画面にそう表示される。
既に、G playでの登録情報は取り込まれているのか。
「直ぐに個人設定を開いて」
言われた通り画面を探し、個人設定のページを開く。
「ランキング/名前表示の欄を"同じ組織のみ”に変更」
言われた通り、今は"全世界”となっているところのステータスを変更する。
「ログイン方法を"生体認証”に変更」
同じく。
指紋の確認ダイアログが開く。
画面の指示の通りに。
「取り敢えずはそれで良し。
他は好きに設定して良いわ」
「なんです? これ」
「全プレイヤーの情報が乗った公式サイト」
「全プレイヤーの?」
「ランキング、何になってる?」
自分のプロフィールを確認する。
「Bですね」
「やっぱりBか……」
ハナが苦虫を噛み潰した様な顔をする。
「低いんですか?」
「逆」
「え?」
「六段階で、上から三番目。
と言っても人数では二割に入る」
良いのか。
なら何でそんな顔をするのだろう。
「ウチに所属している調査員。
Sから順番にだろうけど、既に現実で何者かから接触があったことが確認されている」
「接触?」
「小説好きのアンタには想像付くかもしれないけど、目的は情報の横流し」
「そうなんですか?」
「自覚無いかも知れないけど、異世界に行って帰ってくる上位実力者。
その情報は各国喉から手が出るほど欲しいのよ」
「俺、モテモテなんすね」
「マフィア崩れの工作員に取り囲まれて強引に自白剤を流し込まれるとしても同じことが言える?」
睨みつけるハナに首を横に振る。
てか、最早国家機関なりが動いて居る事すら隠さなくなったか。
このCIAは。
「アンタの所に手が伸びる前には何とかするつもりだけど……気をつけなさい」
「……はい」
◆
つーか、今日、四月一日。
エイプリルフールじゃん。
ビルから少し歩いた所にある、弁慶橋という橋の上で散りかけの桜を眺めながらそれを思い出す。
各国工作員とか、どんな安っぽいフィクションだよ。
このまま少し歩こうか。
それとも、引き返して帰ろうか。
……帰ろう。
橋の途中で歩みを止め、踵を返す。
「あっ!」
そうすると、真後ろに居た人物と衝突する訳で。
「熱っつっ!」
「ああ! ごめんなさい!」
真後ろを歩いていた女性が持つコンビニのコーヒーが俺に全て掛かった。
熱いわ、服はビショビショだわ……。
取り敢えず濡れたズボンを引っ張り、肌から離す。
すると今度は急に冷たくなって来る。
「すいません! 本当に!」
目の前で女性がオロオロとする。
「えっと、どうしよう。クリーニング……着替え……でも」
「いえ……」
大丈夫です。
そう言おうとした。
ビルまで戻ればもう一セット着替えがある。
だから、本当に大丈夫なのだが。
「あの! 私の家、直ぐそこなんで、取り敢えずそこでシャワー浴びて下さい!」
そう言って俺の手を掴む。
そんな事を言われたら、断る訳に行かないじゃ無い。
しかし。
「ご心配には及びません。
彼は私が面倒を見ますので」
有無を言わせぬ強い口調で、繋いで居た俺達の手を無理やり引き剥がす女性が。
ハナだ。
何で?
橋の上で、俺の取り合い!?
しかし、コーヒーを掛けた女は舌打ちをして足早に去って行く。
「さっき、気を付けろって言ったばかりよね?」
そう言いながらハナが睨みつける。
……え?
接触って、ああ言う事?
ピリピリした空気を醸し出すハナに付いてビルまで引き返す。
結局一人でシャワーを浴びてそのままテスラで送ってもらう事に。
外苑前から高速に乗って直ぐにハナが誰かに電話をかける。
それはそれは凄い剣幕で。
英語で相手に怒りをぶつけており。
その電話を切った勢いでフロントガラスに投げつけるのではと思うほどに。
その間、俺は助手席で小さくなって外を眺める。
何故か車は新宿方面へ向かう。
「アンタ、暫く自宅待機」
「は?」
「外に出たら何が寄って来るかわかんないから」
「いや、もう引っかからないですよ」
「次は、電車で痴漢冤罪をでっち上げられるわよ。
きっと」
「え?」
「そうなったら逃げれる?」
俺は首を横に振る。
「学校まで休めとは言わないわ。
ただ、アンタに何かあると不味いのよ。
だから暫く家で大人しく勉強してなさい。
今月の稼働は無しで良い」
「はあ。
あの、ハナさんが迎えに来て……いえ、何でも無いです」
言い終わる前に睨みつけられた。
美人の送迎は無理らしい。
車は中央道に入った。
「あの、レアーって何人くらい調査員いるんですか?」
「機密事項」
「レアーの本当の目的ってなんですか?」
「知らない」
「今後、全世界で展開するんですか?」
「G社に聞いて」
「ハナさんは向こうに行った事あるんですか?」
「無い。行くつもりも無い」
「ウチの母親って何者ですか?」
「直接聞きなさい」
「ハナさんて彼氏いるんですか?」
「居ると思うの?」
「わかんないです」
「居ないわよ。欲しいけど」
「どんな人がタイプなんですか?」
「今、助手席に座ってる様な人」
え……それって……!
「……イ! オイ、起きろ」
「え……?」
……夢かよ!
いつの間にか寝ていたらしい。
車は既に高速を下りていた。
……何処だ。ここ。
桜並木の下を走る。
「何処行くんですか?」
「オマエの家だろ」
「何処です? ここ」
「多摩川沿い」
何でこんな所走ってるんだろうか。
「何だ。桜が見たかった訳じゃ無いの?
わざわざ遠回りしてやったのに」
ハンドルを握りながらハナがつまらなそうに言った。
◆
何か動きがあったら連絡すると言い残しハナは帰って行った。
そしてそのまま十日が過ぎ、新学期が始まる。
クラス替えの発表で奇妙な名を目にする。
アナスタシヤ・ミシュレ
一年の時は居なかったから、留学生か?
しかも、俺と同じクラス。
俺の前。
出席番号順になったクラスの座席にその人物はおらず。
新たな級友と親交を深めようとざわつく教室で目の前の空席を見つめる。
ロシア系の女子。多分。
美人かな。
やがて、新しい担任がモデルの様な金髪碧眼の女の子を伴い教室へ。
クラス中が息を飲む。
まるで、隣の担任がマネージャーか何かの様だ。
担任に手振りで指示され、ゆっくりと俺の前の席まで来て、そして、俺にニコリと微笑んでからその席に座る。
ざわついた教室で一人ずつ自己紹介が始まる。
一年の時に同じクラスだったので知っている顔が三分の一程か。
俺の前の美人が立ち上がり自己紹介をする。
「アナスタシヤ・ミシュレ、デス。
G play、楽しむタメにロシアからキタ。
ヨロシク」
そう、わずかに片言で。
その後に続いた俺の自己紹介何て誰も聞いて居なかっただろう。
わざわざ留学してまでG playをやりに来たのか?
まさかな。
新学期。
俺の前に金髪が二人。
片方は天然。
もう一人はギャル。
これは、何かを暗示している。
な、訳は無いな。
放課後、あっという間にクラスの女子達に囲まれたアナスタシヤを横目に俺は帰路に着く。
アナスタシヤは俺がG playでそれなりの実力者だと知ったらどうするだろう。
……別に、ちょっと話すくらいなら守秘義務に抵触しないんだっけ?
せっかくだから……。
そう、せっかくだからお近づきに。
そんな事を家で考えて居ると、スマホに着信。
ハナだ。
「はい」
『協定が成立した』
「は?」
『この前の様に工作員が接触して来る事は無い。
当分は』
「て事は?」
『今まで通りに暮らして良い。
来月から40時間。
契約はそのまま」
「了解」
協定、か。
一体、誰がどんな話し合いをしたんだろうか。
次の日。
アナスタシヤは姿を見せなかった。
暫くの後、担任が国へ帰ったと、そう告げる。
この訳のわからない事件と共に俺の高二生活は幕を開ける。




